「警察は麻薬や売春を取り締まらなくてもいい」!?/厳しい取り締まりより、問題の発生源に社会で向き合うべきー米国社会学教授の提言

 警察による残忍行為や抑圧は今に始まったことではなく、この問題に対して社会正義を求める運動ははるか以前から起きている。警察組織が果たす役割も、その発足時から比べると徐々に発展してきた。今そのあり方を変革するには、「システム全体の根底からの見直し」を主張する人たちがいる。

果たして、「警察による取り締まり」そのものを廃止するという判断は、答えとなりうるのだろうか。取り締まりの代わりに、現在非合法とされている行為(麻薬や売春など)の合法化を進める、修復的司法*1 やハームリダクション*2を取り入れていくことは現実的な選択肢となりうるのだろうか。


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ニューヨーク拠点の社会学教授アレックス・ヴィターレは、それが可能と考えている。この問題に深く切り込んだ著書『The End of Policing(仮題: 警察活動の終焉、未邦訳)』(2017年10月出版)もある彼に、ポートランドのストリート紙『Street Roots』が話を聞いた。

*1 事件の当事者が一堂に会し、事件によって引き起こされた害悪の解決を共に解決しようとする市民主導型のプロセス。一般的には、被害者と加害者が第三者の仲介で直接顔を合わせ、事件にまつわる体験や心境を伝え合い、罪の償い方などを話し合う。

*2 薬物等の使用者に対し処罰ではなく支援を行うことで、健康・社会・経済上の悪影響を減らそうとする公衆衛生上の政策。欧州、豪、カナダなど世界80以上の国や地域で実施され効果を上げている。

警察の手に委ねられる問題は増える一方

他の都市と同様に、ポートランド市当局も地元警察とのあいだに多くの難題を抱えている。ホームレス問題や精神疾患者への対応、警察官による残忍行為や人種差別等、ポートランド警察局にはひっきりなしに苦情が寄せられている。

「しかし本来、警察官はこの種の社会問題に対処する必要などないのです」というのがヴィターレの見解だ。「警察官が対処する分野があまりにも広がり過ぎていることが昨今の問題だと思います。“警察官任せ” になっている社会問題は増える一方ですから」

「機能不全に陥る学校、大量の路上生活者、精神保健施設の削減……警察はこれらの“後始末”をさせられています。こんな状況は、地域にとっても警察にとっても好ましくありません」

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通りにたくさんいる路上生活者(ポートランド・2018/西川由紀子撮影)

2017年にポートランド市で逮捕された人の52%は路上生活者だった(州の地方紙『オレゴニアン(The Oregonian )』による数字)。路上生活者は市の人口の3%にも満たないことを踏まえると、これはあまりにも偏った数字である。しかも警察は “社会を変革する手だて” を持っているわけではない。逮捕したところで誰にとっても良い影響をもたらさない、とヴィターレは言う。

「警察がどんなことをしようと、問題を大幅に減らすことにはなっていません。警察は(生活の安定に必要な)雇用や住宅、支援サービスなどとつながっていないので、その場限りの処理をするだけです。

そのあたりの仕組みが整わない限り、警察にとっても住民や企業にとっても、不幸な状況が続くでしょう。そればかりか、警察の取り締まり基準がエスカレートする恐れもあり、そうなると市当局にとってはさらなる代償を払うことになりかねません」

何でもかんでも警察まかせはNO!

ホームレス問題以上に警察が非難を受けているのが「公務中の人種差別」だ。明るみになるものもあれば、ならないものもある。人種差別的な “体質” が警察組織の中で受け継がれてきたことも一因ではあるが、むしろ問題は地域の側にある、とヴィターレは見ている。

「警察活動には“文化的” な問題がありますし、そもそも治安維持とは保守的なものです。しかし貧困地域における諸問題の解決に警察を用いるという判断そのものが人種的不平等を生み出しています」

警察の人種差別的な対処方針は、必ずしも個々の警察官の偏見から来るものではなく、我々の文化の中に存在するものだとも。

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「富裕層が住むエリアでは、薬物を所持する若者がいても、誰も警察に通報したりしません。そんなことをして刑事司法に委ねても、何ひとつプラスにならないことを地域の人たちは分かっています。でも貧困エリアでは、あらゆる面倒事を警察に丸投げしてしまっています」

警察官に差別や偏見をなくす「アンチバイアス教育」を提供することで、現場対応は若干改善されるかもしれないが、長年にもわたって続いてきた「格差」と「国家の政治勢力」までは修正できない、とヴィターレは主張する。

「麻薬との闘いは、その始まりからして人種差別と深く関わっており*、“治安維持” や “公衆衛生” のためというのは単なる口実です。そもそもが正当性を欠いた取り組みなので、麻薬取締官に人権教育をしたところで是正できるものではありません」

*とりわけニクソン政権以降は、黒人や左派への締め付けを正当化し、白人保守層や移民排斥主義層の票を取り込むために政治利用されてきた(著書参照)。

警察の役割を刷新するには海外事例に学ぶべき、とヴィターレは考える。

ポルトガルでは麻薬の大半が合法化。ニュージーランド、ブラジル、オーストラリアの一部では売春が合法化された。英国をはじめとするいくつかの国々では、精神疾患者が公の場で問題を起こした場合に、警察ではなく社会団体が対応する取り組みが進められている。「英国には、緊急時に対応する精神保健の専門家チームがあり、地域の精神保健サービスも充実している」とヴィターレは説明する。警察はこの種の任務に関わるべきでないという彼の考えに沿う施策だ。

「警察の軍隊化」への分かれ道

市民と警察との衝突が起きるたび、メディアでは「警察の軍隊化」というフレーズが注目を集める*。しかし、「警察の軍隊化」は単なる“物理的な衝突”の範中を超え、今や警察の“戦略” になっているとヴィターレは言う。

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*ポートランドでも2018年の政治デモで警察官に怪我を負わされた3人の市民が、市当局は警察官に不必要に暴力的な作戦を使わせたと、ポートランド市と警察局を相手取って訴訟を起こしたばかりである。


「コンピュータープログラム自体は本来軍事的なものではありません。ですが、それをギャングとの闘いに使えば軍事的なものになります。

若者の暴力はあちこちで深刻ですが、それらを力で抑え込み、処罰することで解決しようとするのか。それとも地域の調停制度や、クレディブル・メッセンジャー*4、キュア・バイオレンス*5 といった平和的な方法を選ぶのか。要は警察の考え方次第ですから」

*4 クレディブル・メッセンジャー:過去に非行から立ち直った経験を持ち、その後研修を受けて、問題を抱える青少年のメンターとして活動する元当事者。再犯リスクの高い若者の更生を支援するプログラムとして全米各地で実施され効果を上げている。(https://cmjcenter.org/approach/)

*5 キュア・バイオレンス:暴力を、予防や治療のできる感染症としてとらえ、疾病管理の手法を用いて暴力の蔓延を食い止めるプログラム。https://cvg.org/

しかし多くの場合、“軍隊化した警察” による暴力はそもそも期待されていなかった役割を警察が担ってしまったがために起こっており、その様子はSNSやニュース報道を通じてあっという間に拡散される。

「ジャーナリズムは、衝撃的な映像で知られることになった事件や、警察との衝突で死者が出た事件など、(警察の)権力乱用を明るみにする上でそれなりの役割を果たしてきましたが、その一方で、行き過ぎた取り締まりや大量の逮捕・収監など、より本質的な問題には十分に対応できていません」とヴィターレは言う。

メディアが持つべき批判精神が機能しておらず

最近のメディアは問題の核心に切り込んだためしがない、とも。警察活動は地元密着型の活動であるため、警察活動に関するマスコミ報道の多くはローカルネタが多い。そして米国では、主要メディアの地方局は市の権力構造と一体化していると。

「メディアは、小売チェーンの大企業などに広告枠を売ることで収入を得ており、ビジネスの成長や投資を推進するいわば共同体の一員。メディアはこの立場から、警察が果たすべき役割を理解しているのです。彼らが警察に望むもの、それは“厳しい治安維持” と “取り締まり” 。消費、投資、不動産にとっての安全な環境をつくり出すことが何よりの関心事なのですから」

「そのためにメディアが持つべき批判精神が損なわれ、警察にまつわる問題を偏狭かつエリート的視点で捉えるようになっています」

些末で手続き論的な解決策にあえて焦点をあてることで、本質的な問題の議論を避けていると嘆くヴィターレ。例えば、ホームレス問題への対策としてはジェントリフィケーション* を取り上げるべきなのに、警官をもっと訓練すべきといった議論でお茶を濁していると。「そもそもホームレス問題への対応など、警察がやるべき仕事ではないのに」

*6 ジェントリフィケーション:主に低所得層の居住地域であった都心部が再開発され、より富裕な層の居住地域へと変化する現象。元々の住民が立ち退きを余儀なくされることから、米国におけるホームレス問題の原因の一つとされている。

警察の本来の役割を再考せよ

ではポートランド市の場合はどうだろう。ヴィターレがポートランド市で今後の争点になると見ている問題は2つ、「ホームレス問題」と「若者の銃暴力の問題」だ。

「何も、警察官と路上生活者が遭遇するたびに逮捕や暴力が起きているわけではありません。多くの場合、路上生活者を特定のエリアにとどめておくことで対応していますし、他の都市でも同じです。しかしその一方で、夥しい数の路上生活者が逮捕され、テントが強制撤去されているのも事実」

暴力全般、とりわけ若者の銃暴力の問題については「ポートランド市には以前ギャング弾圧部隊というものがありました。政治的反発も強く、いったんは解散されたのですが、実際には“銃規制部隊” と名前を変えて存続していたのです。しかもやり方はギャング弾圧とほぼ同じ。これは非常に大きな問題につながると見ています。逮捕・収監することで問題を収めようとしても受刑者が増えるだけ、地域の状況改善にはつながりません」

警察とは本来何をするべき組織だったのかを真剣に考える時がきている。警察の力が社会をコントロールするための政治の道具であってよいはずがない。代替策(合法化、修復的司法、ハームリダクション)を取り入れることは、警察官と地域住民の双方を救うことになる、とヴィターレは強く信じている。

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アレックス・ヴィターレ [Credit: Dave Sanders]

By Casey Miller
Courtesy of Street Roots / INSP.ngo

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アレックス・ヴィターレ [Credit: Dave Sanders]

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