昨今、「ヘルシー」「スリム」はますます奨励され、「過体重」「肥満」は改善すべきものとみられることが多い。しかし、こうした社会が押しつける価値観によって、偏見や差別に苦しんでいる人々がいる。理想の身体を追求しすぎることの弊害について、カナダのストリートペーパー『L’Itinéraire』がレポート。
俳優のカティア・レヴェック
自分の太った身体を使い社会のステレオタイプに抗う
今回『L’Itineraire』編集部は、「さまざまな体型の人が身体を気にしすぎている現代社会」を伝える写真作品を、モントリオールの写真家ジュリー・アータチョに依頼した。撮影後、彼女は「人種や年齢にかかわらず、人々が食べものや体型に悩まされる姿を表現した」と話した。 Photo by Julie Artacho
プラスサイズの人のためのブログ「Dix Octobre」で執筆するガブリエル・コラール Photo: Ulrick Wer
肥満恐怖症、逃す就職機会
医療の場面では安易な誤診も
こうした「肥満恐怖症(ファット・フォビア)」と呼ばれる現象は、さまざまな形で見られる。からかいであったり、横目で向けられる“太りすぎ”という視線であったり、親しい友人や家族、あるいは見知らぬ他人からの減量へのプレッシャーであったり――これが、多くの過体重の人々が共有する苦難である。「太っていることに対する恥がどれほどまでに深いものなのか、人は理解していません」と栄養士のリサ・ラトレッジは嘆く。「あらゆる場面で、悪意なく発せられる差別的言動が見られます。着るもので判断され、人前で何を食べるかで評価され、あるいは、もし普通の人と同じように海に行くことを決めたなら、そのことで咎められるわけです」
Svetlana Zritneva/ iStockphoto
のろま、まぬけ、ぐうたら、大食らい……過体重の人に向けられる非難の言葉は数限りない。「太っているのは、くだらない愉しみに溺れているからだろう、とみなされるのです」。コラールは溜息をつく。
肥満恐怖症は社会のさまざまな側面で影響を与えている。たとえば米国とフランスでは、過体重の人はそのことにより就職機会を逃す傾向にあるという調査結果が出ている。また、医療の場面でも問題が生じている。過体重の人が病院に行くと、体重を理由に身体的・心理的苦痛を誤って評価されることも多いのだ。コラールは、この種の誤診を被った人々の声を自身のブログで集めている。その中の一つ、12歳の少女が強烈な足の痛みにより何度か医者を受診した時のこと。そのたびに彼女は、運動をして体重を減らすことを勧められた。しかし、セカンドオピニオンを求めて別の医者にかかったところ、坐骨神経の近くにがん性の腫瘍が見つかったのだという。
コラールには、日々交わされる決まり文句の中でも、とりわけ許せないものがあるという。「私が一番許せない偏見は、太っているのは自分の選択の結果だとする考えです。それから、あなたは減量すべきだと伝えさえすれば、それでその人は減量する気になるだろうという考えです」。体重は減らそうとして減らせるものではないのだ。
太った身体は必ずしも病気でない
人の体重を決める要因は食事や運動以外のもの
ラトレッジも、そうした言葉は過酷な現実をあざ笑うようなものだと見ている。体型というのは当人が望んで決められるものではない。「人の体重を決める要因の多くは、食事や運動以外のものです」と彼女は説明する。「各人の病歴、ストレスや経済状況、あるいは居住地についても考慮に入れなければなりません。徒歩で歩き回れる場所に住む人ばかりではないわけですから」
さらに彼女によると、過体重の人にダイエットを続けなさいと伝えるのは、かえって逆効果になりかねない。「調査によると、肥満をスティグマ化することは、心理的にも身体的にも否定的な影響をもたらします。肥満を気にしている人が、自分の身体や自分の動く姿が人から笑われるのを避けようとして、ストレスからかえってたくさん食べたり、人目を避けるために運動を減らすのは、十分ありうることです」
UnitoneVector/ iStockphoto
「なぜ、太っていることがそれ自体で悪いことだという前提が働くのでしょうか?」。コラールは問う。彼女に言わせれば、太った人であれば減量を必要とするに違いないと考えることも、やめる必要がある。「私たちは過体重であることと病気とを、結びつけすぎなのです。ですが、太った身体が必ずしも病んだ身体だというわけではありません。太っていることは、単にそういう状態だというだけでしょう!」
ラトレッジもこれに賛同する。「私は普段から、身体の大きさはその人のライフスタイルや健康について示しているわけではないと、説明しています。私たちは『こういう体型の人は、こういう問題があるからに違いない』と考えてしまいますが、それは常に正しいわけではありません」
「肥満恐怖症」の語源は「太った人(ファット)」への「恐怖(フォビア)」という意味だ。世界保健機関(WHO)が「肥満の蔓延」を掲げ、私たちの身体がかつてないほどのプレッシャーへとさらされている現状において、過体重であることへの集団的恐怖が今後進展していくことは目に見えている。「太っているか、そうでないか。現在あらゆる人が、この二項対立に囚われた肥満恐怖症にかかっていますし、その被害者なのです」とコラールは自身のブログで述べている。
ブログやSNSで流行「クリーン・イーティング」
過度な食事制限で不健康に
肥満恐怖症は、理想の身体を極端な方法で追求しようとする現代の流行にも結びついている。インスタグラムなどのSNSを見れば、今日食べたヘルシーな食事(それはしばしば“クリーン・イーティング”と呼ばれる)やフィットネスの様子が写真とともに次から次へと現れる。こうした投稿をスクロールしていると、がんばれば自分の体型も改善できるのではないかと思えてきてしまう。結果的には「理想的な食生活」「完璧な身体」と自身の現状を比較し、自分を苦しめてしまうこともある。
23歳のブロガー、ジョーダン・ヤンガーは、栄養士の資格もないまま、ヴィーガン(※1)、ローフード(※2)、糖分・穀物・豆類抜きの食生活を提唱し、クリーン・イーティングの流行を広めた人物である。13年には野菜ジュースをベースにした菜食中心のプログラムを5日間で4万件以上売り上げた。しかし14年、健康的な食生活を送っていると信じていた彼女の髪は抜け始めた。健康への道だと若い女性に売り込んだ“クリーン”な食生活が、彼女を不健康にさせたのだ。生理は止まり、肌の色はオレンジ色を帯びていた――「摂取してよい唯一の炭水化物」と自分で決めた、サツマイモとニンジンを食べ続けた結果だった。
※1 卵や乳製品を含む動物性食品を一切摂取しない、完全菜食主義者
※2 野菜や果物を生のまま食べることで、植物の酵素や栄養素を効果的に摂取でき、健康や美容によいとする食事法
このような症状にもかかわらず、彼女は摂取する食品のレパートリーを広げられずにいた。医師の診断を受けた彼女は、ブログでこう綴った。「問題だという認識はありましたが、それはいわゆる拒食症、過食症といった分類には当てはまりませんでした。私は、健康的で純粋な、自然由来の食品に固執し、それ以外のものはすべて身体に害を及ぼす可能性があるという恐怖を抱えていました。そして、このような障害に『オルトレキシア』という名前があるのを知ったのです」
摂食障害「オルトレキシア」
健康食への固執が強迫観念に。身体の声を聞き、食べ物を選ぶ
オルトレキシアは、精神疾患の世界的な診断基準にはまだ名を連ねていないが、ここ5~10年の間で報告数が急増しており、健康食への固執を特徴とする神経症的行動であると定義されている。「もちろん健康的な食事を好む人が、みなオルトレキシアというわけではありません。しかし、この自制心が強迫観念に変わる時――食事について考え計画するのに余暇の95%を費やし、食事に対する姿勢が交友関係や健康にも悪影響を及ぼすようになる時――障害は現れているのかもしれません」と専門家は話す。
今日の社会では、プライベートでも仕事でも成功するためには痩せていて美しく健康的であるべきだと、多くの人がプレッシャーを感じている。「痩せてクリーンな食事を取るべきだという社会的圧力に抗って『運動したり減量したりしたくない』と言う人は、日常的に非難めいた評価をされることがある」とラトレッジは語る。「『私は理想の身体を得るのに大変な努力をしているのだから、あなただってそうするべきだ』と相手に対して考えるようになるケースもあります」
極端なやり方で、身体を守るよりも痛めてしまう健康管理。こうした食事制限や食に対する不安を解消するべく、今、自分のありのままの身体を受け入れるよう提唱する栄養士や専門家が増えている。「自分自身は信頼できない、食欲に身を任せてはいけないと、私たちは長らく聞かされてきました。ですが、身体は本来何がよいのかを知っていて、健康になる方へと導いてくれる。だから私は直感的に食べものを選ぶことを勧めているのです。患者には、身体の声を聞くように指導しています」
食べることは栄養摂取に限らず、喜びや癒やし、自然や大地とのつながりを感じられ、社交的な面もある。こうした側面を総合的に考え、特定の食品を悪とばかりみなすことをやめれば、私たちは食べものと真に健康的な関係を再構築できるのではないだろうか。理想の身体への執着とそれに伴う罪の意識から脱却し、その代わりに自尊心を育むことによってのみ、社会に蔓延する恐怖から逃れることができるだろう。
(Camille Teste / L’Itinéraire / INSP / 編集部)
※この記事は2019年04月01日発売の『ビッグイシュー日本版』 356号からの転載です。
THE BIG ISSUE JAPAN356号
https://www.bigissue.jp/backnumber/356/
ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
提携している国際ストリートペーパー(INSP)や『The Conversation』の記事を翻訳してお伝えしています。より多くの記事を翻訳してお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。