セルフィー(自撮り)で日常生活のログを残すことが一般的となってきた。ただし、神聖な場所での撮影やモラルに反するなど、非難の対象になる事例も起きている。では、スポーツジムではどうだろうか。近年、利用者がけがを負う危険性などを理由に、インフルエンサーたちの自撮りを認めない動きが世界各地のジムで広がっていることについて、ニューサウスウェールズ大学公衆衛生博士課程在籍中のサムエル・コーネルらが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介しよう。

SNS時代がもたらす自己アピールへの過度な執着
自分の姿かたちへの執着は、今に始まったことではない。「ナルシスト」という言葉の語源ともなっている有名なギリシア神話「ナルキッソス」は、自分のイメージにとらわれた青年の物語で、不道徳な行動についての教訓となっている。だが、現代社会ではナルシシズム(自己陶酔)が広く浸透し、ポジティブにとらえられる場面も多い。ソーシャルメディアが影響力を持つようになったのも、その一環であろう。そんな中、「インフルエンサー」を標榜するために危険を顧みない人も増えている。度が過ぎればケガや死に至るおそれもあり、公衆衛生上の問題と見る向きもある。人気観光スポットでは、安全や混雑の問題を解消すべく、自撮りを禁止するところも増えている。
自撮り反対に踏み切るジムが続出
とりわけ、スポーツジムでの自撮りはインフルエンサー文化と密接に結びついている。フィットネス系インフルエンサーを生み出したインスタグラムでも長い歴史があり、ジムでの自撮りを投稿するインフルエンサーたちは、大勢のフォロワーを獲得している。
そこで問題となるのが、エクササイズよりもコンテンツ制作を目的とした利用者の存在だ。メルボルンでスポーツジムを展開している会社では、「自己中心的な行動をしている」者たちを「容認できない」とし、エクササイズ風景の撮影を前提とした利用者にはメディアパスの購入(1時間1万数千円など)を義務づける措置を取り入れた。
他にも、転倒の危険があるからと三脚の使用を禁じるジムや、写真や動画撮影を一切禁止にするジムも出てきている。その理由としてよくあるのは、安全性やプライバシーの問題で、実際に、一般のジム利用者が本人の同意なしに他者の自撮り写真や動画に映り込み、それが投稿されて、誹謗中傷を受けるといった事例が起きているのだ。しかし、多くのジムが、インフルエンサーによるインスタグラム投稿の宣伝効果で有名になってきたのも事実なので、ジム内での自撮りやインフルエンサー活動を禁じることは、従来のやり方からの大きな「方向転換」でもある。過剰な自己顕示は健全でない、との認識が広まっているのだろう。
今日の世界では、プライベートの行動と“パフォーマンス的な”行動との境界線が曖昧になっている。後者の推進力となっているのがソーシャルメディアで、その浸透により、SNS投稿のために自分の人生を生きるマーケターのようになっている人も少なくない。比較にさらされやすいソーシャルメディアの使用により、とくに思春期の子どもや若者の心の健康への被害がさまざまな研究で報告されている。とくに若い女性や思春期男子のあいだで、摂食障害や身体醜形症が増えているのも深刻だ。ひどい場合には、ステロイドの使用やエクササイズ依存に陥るおそれもある。
ネット上での人気を利用して、自分の身体を使ってお金を稼ごうとするフィットネス系インフルエンサーたち。極端な例ではあるが、生肉をむさぼることから「レバーキング」の名で知られていたムキムキのインフルエンサーが、実はステロイドを使用していたことが発覚した。
健康に関して、有害な情報を減らし、適切なメッセージを増やしていくには、スポーツジムでのインフルエンサーの悪ノリを禁じることも前向きな一歩になるだろう。いま一度、インフルエンサーに自分の行動を見直させる。エクササイズは他の誰のためでもなく、「自分のため」であるという原点に立ち返る必要がある。
著者
Samuel Cornell
PhD Candidate – Social Media and Communication, School of Population Health, UNSW Sydney
Timothy Piatkowski
Lecturer in Psychology, Griffith University

※本記事は『The Conversation』掲載記事(2024年2月14日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
アイキャッチ画像:Bojan89/iStockphoto
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