米国の刑務所では暴力が蔓延しているーー暴力の直接の被害に遭うか、そうでなくともほとんどが暴力を目の当たりにしている。“間接的”に暴力にさらされているだけでも、社会復帰後の生活に長期的な影響をもたらすことが研究で明らかになりつつある。暴力的な環境にさらされることで、出所時に犯罪者は更生しているどころか、再び犯罪行為を犯すリスクが高まっているおそれもある。人が矯正施設に期待するものとは真逆である。
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クリーブランド州立大学の犯罪学准教授メガン・ノヴィスキーらは、受刑者が服役中に暴力を目撃することの長期的影響について共同研究を実施し、2020年に発表した。オハイオ州にある19の州刑務所に服役していた元受刑者30名(男性25名、女性5名)にインタビュー調査を実施したところ、全員が服役中に暴力を振るわれたか、その現場を目撃していた。『Gladiator School: Returning Citizens’ Experiences with Secondary Violence Exposure in Prison(グラディエーター・スクール:刑務所内で二次暴力にさらされた元受刑者市民の体験)』と題した論文*1には、数多くの残酷な物語が綴られている。
*1「グラディエーター」はローマ時代の剣闘士を意味する。タイトルには、「闘士養成所」の意が込められている。
論文「Gladiator School: Returning Citizens’ Experiences with Secondary Violence Exposure in Prison」
刑務所内で刺された、骨を折られた、性的目的で人身売買されたといった話もでてくる。「床一面に広がった血を1時間拭き続けた」と、ある受刑者が語ったように、間接的に暴力にさらされた経験談も多く聞かれた。
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南京錠などが凶器とされ、受刑者が血を清掃させられるなど、今回の調査で報告された内容は、オレゴン州州刑務所の元服役者たちから聞いた話(米ポートランド発のストリートペーパー『ストリートルーツ』紙のポッドキャスト番組「Walled In」でも紹介された)とも重なる話ばかりだ。暴力の被害に遭った受刑者を突然他の施設に移送し、何もなかったことにするかのようなやり口も同じだった。刑務所内で暴力の現場を目撃したことが、社会復帰後の彼らの生活にどう影響するのか、『ストリート・ルーツ』がノヴィスキーに聞いた。
ー調査を通して、米国の刑務所の暴力の実態について新たに分かったことは?
ノヴィスキー: 刑務所内で暴力行為に遭遇する頻度は、世間が思う以上に多いのが実状です。過去の調査からも、収容中の死亡者数の約2%は殺人によるものだと分かっています。また、服役中に身体的または性的な暴力に遭うリスクも高いです。2015年に矯正当局に報告された性被害の申し立て件数は、約25,000件でした*2。
*2 うち、実証されたものは1,473件。収容者によるものが58%、職員によるものが42%。
参照:Sexual Victimization Reported by Adult Correctional Authorities, 2012-15
受刑者が暴力の横行は普通のこと、問題の解決策として有効かつ必要なものと考えるようになることが一番の懸念です。論文タイトルを「グラディエーター・スクール」としたのは、やるかやられるかの精神性を意味することと、服役中の体験を「戦争」や「戦闘地」と表現する人たちがいたからです。そのような環境が、社会復帰後の生活にどれほど影響があることか。
ー社会復帰後の生活への影響について、どのような声が聞かれましたか。
小売業の仕事に就いて間もない人がいましたが、「働いていても、自分のまわりに常に人がいることに不安を覚える」と言っていました。収容時の経験から、他の人がどこにいるかを把握せずにはいられないのです。小売店で働いていれば、そこら中にお客さんがいるのが普通ですから、常に不安感に苛まれているのです。常に緊張し、周囲を警戒している状態は、人付き合いに大きな影響が出るでしょう。
ー 受刑者らに血の処理をさせる、他の施設に移送するなどの方針は、受刑者にどんな影響をもたらすのでしょうか。
とても重要な点です。インタビュー調査でも、当事者たちがそうした経験による影響を認めていました。不安感が強まったという人、悪夢にうなされては落ち込むという人もいました。出所から1年以上経っても、精神的なダメージとなっているのです。今後、長期的に追跡する研究が行われれば、もっと詳しいことがわかるでしょう。
また印象的だったのは、多くの人が苦痛が大きすぎるからと記憶に蓋をし、考えることを避けていると語ったことです。それなのに、私には語ってくれたのですから、この研究への期待を示してくれていると捉えています。こうした機会でもない限り、彼らは記憶を自分の中にしまい込み、考えないようにしていたでしょう。
ー心に深い傷を負って出所し、トラウマから逃れられず、また犯罪に及ぶ人たちもいます。社会として何ができるのでしょうか。
これは本当に難しいですが、重要な問いです。まず第一に、社会として「受刑者たちも人間である」と認識することです。彼らも誰かの隣人であり、親であり、きょうだい、仲間です。有罪判決を受けたからといって、人間性まで奪われてはなりませんし、心に傷を負わせてはなりません。
第二に、刑務所内で発生している被害の実態について、しっかり認識する必要があります。人が暴力を受ける、暴力がはびこる環境に身を置くことが容認されるなど、刑務所以外にはないでしょう。暴力はあってはならない、刑務所にも一般社会と同じ基準が適用されるべきです。
そして、社会復帰する際に適切な精神的ケアを受けられるよう、刑事司法制度の改革を訴えていくことも、引き続き必要です。
ーこの論文から、どのような効果を期待していますか。
調査結果を踏まえ、矯正施設における暴力の実態について、さらに調査が進んでほしいと思います。暴力を“目撃する”ことの悪影響など、より広い視点でそのダメージを捉えていく必要があります。また、出所者が社会復帰する際にどのような壁にぶつかっているのか、刑務所収容が最後の手段とされているのかについても、理解が進めばと期待しています。
論文にある体験談を読んでいただけると分かると思いますが、このような環境は更正にも治療にも適していません。私たち犯罪学者たちが「犯罪誘発性(criminogenic)」と呼ぶ環境、つまり、受刑者が再び犯罪行為を犯すリスクを高めてしまっています。受刑者の人間性を奪うことになり、刑事司法制度への不信感を助長し、さらなる犯罪行為につながる可能性があります。
特に米国では、過度な刑務所収容や、刑期が長過ぎる点が問題視されています。今回の調査により、犯罪の解決策として刑務所に頼り過ぎている現状とその危険性に光を当てられたのではないかと考えています。
昨年末に発表したばかりの論文なので、まだ直接的な効果はありませんが、刑務所や刑事司法の改革について、全米レベルの議論が増えていることは実感しています。最近では、民営刑務所*3の利用を段階的に減らしていくことが課題になっています。このような重要な議論がさらに増えていくだろうと期待しています。
*3 米国では、全収容者の8%にあたる11万5,428名が民間刑務所に収容されている(2019年時点)。
参照:Private Prisons in the United States
メガン・ノヴィスキーのウェブサイト
https://www.meghananovisky.net
Photo courtesy of Meghan Novisky
犯罪学准教授メガン・ノヴィスキー
By Emily Green
Courtesy of Street Roots / INSP.ngo
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