英国の電力需要が、2050年には現在の2倍以上に膨らむと予測されている*1。この気の遠くなるような値に対し、化石燃料以外の道を探る英国政府は、風力発電――最も安価な再生可能エネルギーのひとつ――に大きな期待をかけている。しかし、2021年8〜9月、風の少ない穏やかな天候が続いたため、風力発電の供給量は過去5年間の季節平均をおよそ6割も下回った。原子力発電所は停止され(計画的なものと非計画的なもの含め)*2、天然ガスが世界的な需要増から入手困難な状況となる中、配電事業者は石炭火力発電所を再稼働させ、エネルギー会社は価格を引き上げざるを得なかった。
*1 その主因は自動車の電化、熱供給の電化、製造や建設の産業界における需要増。
参照:The Sixth Carbon Budget(気候変動委員会: CCC)
*2英国では電力の20%を原発で賄っているが、その供給能力の約半分は2025年までに停止する予定。
参照:Nuclear Power in the United Kingdom
グラスゴーで開催されたCOP26(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議、2021年10月31日-11月12日)の議長国となった英国は、この会議を「科学とイノベーションにより気候変動の解決策を提供できる」ことを示す機会と位置づけてきた。すでに確立された洋上風力発電所などのエネルギー源が、今後の社会経済の脱炭素化と気候変動の抑制に大きな役割を果たしていくことは間違いない。しかし今年のように風が弱い天候が続いた場合、ネットゼロ*3の電力網で本当に安定した電力供給を保証できるのだろうか?
英国がこれまで真剣に対策をすすめてこなかったもう1つのクリーンエネルギー「潮流発電」がその解決策になるかもしれない。プリマス大学の潮流エネルギー特別研究員ダニ―・コールズが『The Conversation』の記事で主張している。
*3 温室効果ガスの排出を差し引きゼロにすること。カーボンニュートラルとも。
潮の流れを利用したクリーンエネルギー
多くの地域では1日に満潮と干潮がそれぞれ2回訪れる。潮の満ち引きは、月と太陽の引力と、地球の自転が関係して生じる現象だ。スコットランド北部のペントランド海峡では、複数の島によって海の幅が狭まっているので潮の流れが速い。この乱流の力を活かして電気を起こそうというのが「潮流発電」だ。
スコットランド北部のペントランド海峡
Roger McLassus, CC BY-SA
潮流発電に使うタービン(以下、潮流タービン)の仕組みは、風力発電のそれと(見た目も)よく似ている。風力タービンは、吹き付ける風によって飛行機の翼と同じ作用でブレードが揚力を得る。揚力によってブレードが回転すると、発電機が回転し、電気が発生する仕組みだ。潮流タービンはこれと同じことを潮の流れを利用して行う。これまで、潮流タービンの多くは海底に設置されてきたが、最近ではメンテナンスがしやすいよう、タービンを浮体構造物に接続するタイプも登場している。
規則正しい潮の満ち引きで、電力供給を予想しやすいのがメリット
潮は規則正しく満ち引きするので、潮流発電では明日、来週、来年、さらには10年後の発電量を予測できるのが他の再生可能エネルギーと大きく違う点だ。そのため、需要と供給のバランスを取ることも、他の発電が停止した場合の備えとして使うこともできるだろう。
筆者たちの最新の論文*4では、11.5ギガワットの潮流発電設備を潮の流れが最も強い場所に設置すれば、英国および英領チャネル諸島の年間電力需要の11%をまかなえることを証明した。これは、英国に設置されている洋上風力発電の総発電能力とほぼ匹敵する発電量だ。風力発電業界はこのレベルに達するまでに20年の年月を要した。将来の電力需要増を踏まえると、潮流タービンの設置を早急に増やすべきだろう。
*4 参照:A review of the UK and British Channel Islands practical tidal stream energy resource
潮流発電の課題と可能性
では、その潮流タービンの力を引き出すためには何が必要なのだろうか?
①自然環境に与える影響への懸念と現状の調査結果
潮流発電の設置がなかなか進んでいない理由の1つに、潮流タービンが自然環境に重大な危害を与えないことを証明しないことにはタービンの建設を進められないことがある。しかし、海洋生物がタービンのブレードに衝突するリスクを数値化するには、水中での難しいモニタリング作業が必要となり、簡単ではない。
スコットランドで導入前の1.5メガワットの潮流タービン
Arild Lilleboe/Shutterstock
最近では、ペントランド海峡の潮流タービン付近の海洋哺乳類を451日間観察した調査が発表され、小型のイルカがタービンに近づいた344回のうち、回転翼部を通過したケースは一度もなく、ほとんどの場合はタービンから十分な距離をとって泳いでいたことを明らかにした。
また科学者の中には、大型の水中タービン設備が、海底部と海面部の水の混ざり具合に影響を与え、海洋生態系に重要な栄養素の循環を妨げるのではないかと懸念する声もある。しかし、気候変動による影響と比べると、潮流タービンがもたらす影響は桁違いに小さくなるはずだとする研究も多くある。
②設置コストの問題とその乗り越え方
ただ、潮流発電は設置コストが非常に高いのが難点だ。風力発電や太陽光発電もかつては高額だったが、政府の投資によってかなりコストは下がってきた。政府投資により発電設備を設置できれば、その後は経験の蓄積によって運用コストを下げていくことができるのだ。
スコットランドのオークニー諸島で試験中の潮流タービン
Steve Morgan/Alamy Stock Photo
英国では2015年より再生エネルギー支援スキームが導入され、オークションによって価格競争力のある再生エネルギー電力導入を促進している。潮流発電プロジェクトが政府の資金援助を申請するにも、できるだけ安価な技術を用いることが条件となっている。そういう意味では、浮体式洋上風力発電も同様のジレンマに直面するはずだが、政府は風力発電には別の財源を確保し、市場参入とコスト削減のルートを確保している。しかし潮流発電への財政支援は、その1%にも満たない。そんなわずかな支援しか受けていないにもかかわらず、最初に設置された8メガワットの潮流発電は、発電コストの25%削減を達成できている。
2021年12月に入札開始される第4回オークション(結果は2022年春頃に発表予定)には3件の潮流発電プロジェクトが入札資格を有している。これら3件の合計発電能力は124メガワットとなり、設置が実現すれば、発電コストを約40%削減でき、他の発電(ガスタービン・コンバインドサイクル発電やバイオマス発電)に対抗できるようになると筆者たちは試算している。しかし、それでもまだ洋上風力発電能力の1%に過ぎない。潮流発電が持つ潜在能力11.5ギガワットのたった1%だ。今後、さらにコストを大幅に下げていけるだろう。
COP26で提示した「科学とイノベーション」という素晴らしいメッセージを行動に移すためにも、英政府には必要な資金を投じて、潮流発電の潜在力を引き出してもらいたい。
<オンライン編集部補足>
2021年11月24日、英政府は潮流発電システムに年間2000万ポンド(約30億円)と過去最大の投資を行うことを発表した。再生可能エネルギーの多様化と雇用創出につながると期待されている。
参照:UK government announces biggest investment into Britain’s tidal power
日本では、長崎県五島市で日本初の大型潮流発電機(海底設置型)の実証実験を行っている。https://www.city.goto.nagasaki.jp/energy/index.html
著者
Danny Coles
Research Fellow in Tidal Stream Energy, University of Plymouth
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年11月9日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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