蛇口をひねれば水が出る。当然のことのように思いがちだが、米国には水道代の支払いに苦しむ人が何百万といる。世帯収入が下位20%の層では手取り収入の12.4%が水道料金の支払いに充てられていることが2019年の調査で明らかとなった*1。コロナ禍でこの負担はさらに重くなっていると考えられる。とはいえ、誰を対象にどんな形で水道料金を減免すべきかは、なかなか難しい問題だ。ワシントン州立大学経済学准教授のジョセフ・クックによる『The Conversation』への寄稿記事を紹介する。
水道料金の値上がりが進む/iStock via Getty Images
*1 参照:A Snapshot of Water and Sewer Affordability in the United States, 2019
1981年以降、連邦政府は「低所得者向け光熱費補助プログラム(Low-Income Home Energy Assistance Program)」によって低所得世帯を援助してきた。しかし水道料金に関しては、コロナ対策の一環として、暫定的な「低所得者向け水道費補助プログラム(Low-Income Household Water Assistance Program)」を発表するまで、全国規模の補助プログラムは存在しなかった。
2021年11月に下院で可決された「ビルド・バック・ベター(よりよき再建)」法案には、低所得世帯の水道料金負担を緩和する目的で、2億2500万ドル(約260億円)の補助金が含まれた。経済学者として環境・自然資源の問題を専門とする筆者は、こうした動きを喜ばしく受けとめている。とはいえ、こうしたプログラムは地域レベルの取り組みなどを踏まえてしっかり設計しないと、思ったほどの効果が得られない可能性があるとも懸念している。
3つの問題点
筆者は、世界各地の水道料金減免プログラムを調査し、米国の主要都市(シアトル、フィラデルフィア、ボルチモアなど)で実施されている事例のデータベース化を進めてきた*2。こうした水道料金減免プログラムは何百と存在するが、その効果を損ないがちなものとして3つの問題点がある。
1点目は、公共事業者は減免プログラムの資金提供を自ら行わなければならない。そのため、“貧困ではない”顧客に高めの料金設定をし、その利益分を低所得の顧客の補助金にまわすという手法がよく取られている。(ただし、一部の州ではこのやり方を禁止し、ボランティアによる寄付での運営を義務づけている。)
2点目は、貧困層が多い地域では減免プログラムの利用希望者があまりに多いため、“貧困ではない”利用者への高め料金設定ではプログラムを運営しきれない。
3点目は、小規模で資金力の乏しい公共事業者では、独自の減免プログラムを設計し、実施していくだけのノウハウや運用キャパシティを持ち合わせていない。
こうした課題があるために、一部の政治家や政策専門家たちは連邦政府によるプログラム実施を強く訴えてきた。米国環境保護庁(Environmental Protection Agency)の国家水道水諮問委員会(National Drinking Water Advisory Council)は2003年から提言をしている。
*2 参照:Water and sewer customer assistance programs in the U.S.
チリの成功事例
世界銀行などがよく引き合いに出すのが、チリで30年前から実施されてきた国家プログラムで、筆者も米国はこれを参考にすべきと考える。
チリの国家プログラムでは、生活に不可欠な水量を得るのに、各世帯が所得の3%以上を支出しないようにすることを目指している。「生活に不可欠な水量」については専門家の間でも意見が割れるところだが、チリでは1ヶ月当たり15立方メートル(1万5千リットル)と定めている。
減免プログラムの対象となる顧客は3年ごとに市に申請する。登録されると、15立方メートル分の水道料金がただちに減免される(減免額は貧困レベルによる)。そして水道事業者は、減免した金額を毎月市に請求する。
15立方メートル以上の水を使用した場合は、どんな用途であれ正規料金が適用される。この仕組みは、人々は水道管の不具合を修理するなど、水を大切に使うモチベーションとなっている。補助金はすべて一般税収入から賄われ、(通常であれば水道料金を設定する)水道管理機関は減免プログラムの運営には関わらない。
1990年代後半に下水処理施設の大規模拡大に着手したチリは、その費用を確保するため、水道事業者が1998〜2015年にかけて水道料金を34〜142%値上げした。市民の所得の伸び率をしのぐ勢いでの値上げだったため、同時期の減免プログラムの補助金も54%増えた。結果的に、水道設備への投資と貧困世帯の保護を両立させられる方法を見出した。
課題とコスト試算
米国が同様の国家プログラムを作るとなれば、対象となるのは誰で、「生活に不可欠な水量」はどれくらいかが重要なポイントとなる。米国環境保護庁の試算では34立方メートル(およそ3万4千リットル)とされており、庭の水やり用がその3分の1を占めている。
一般家庭での水の利用状況については信頼性のある全国規模のデータはほぼ存在せず、低所得世帯が使う水量についての試算もないのが現状だ。国家減免プログラムの担当者たちは、水道料金の仕組みについてさらに情報を集め、データベース化し、国勢調査データと連動させて、各州で減免プログラムの対象となる世帯数を正確に見積もる必要がある。
チリのような国家プログラムを実施する場合のコストを見積もるため、ワシントン州立大学の筆者が率いるチームでは、2019年12月の水道料金のデータベースを作成した。人口10万人以上の都市すべて(各州から少なくとも2都市)を含め、小さな市や町の料金は推測値とした。
すると、貧困ライン以下の世帯に対して、毎月17立方メートル(1万7千リットル)分の水道料金を全額免除するプログラムを実施し、対象世帯の70%が申請した場合、年間およそ112億ドル(約1兆3千億円)かかることが分かった。全体では、1180万世帯が、毎月平均67ドル(約7700円)の補助金を受け取ると想定される*3。
*3 対象世帯数、プログラムを申請する世帯数、生活に不可欠な水量、減免額の割合に応じて、連邦政府の年間総額を算出できるツールを公開している。
参照:
Calculator for Nationwide Customer Assistance Programs
補助的栄養支援プログラム(SNAP)を用いた方法も
水道料金の助成策として、公共政策学者マニュエル・テオドロは別の方法を提案している。それは、低所得者向けに行われている「補助的栄養支援プログラム(Supplemental Nutrition Assistance Program:SNAP)」に組み込むというものだ*4。長い実績があり、よく知られたプログラムを活用するため、低所得層は新たな手続きをする必要がない。生活保護受給者に支給されるEBTカードで支払いができる業者リストに水道事業者を加えるだけで簡単に実施できるだろう。
この方法は、家賃に水道料金が組み込まれている賃貸住宅の居住者たちや、普段は井戸水を使い、水の処理やメンテナンスを自腹で行なっている農村部の住民たちにはとくにメリットがありそうだ。また、利用者が500人未満の小規模な水道システムにとっても、管理業務の負担軽減となるだろう。
*4 参照:Better federal water bill assistance with this one weird trick
SNAPの受給資格は、貧困ラインの所得の138%に設定されており、対象世帯の84%が利用していると見られている。この数字をもとに計算すると、毎月17立方メートルの水道料金を全額補助するプログラムを実施した場合、年間で170億ドル(約1兆9700億円)の費用がかかることになる。
しかし国内の水道料金は均一でないため、住んでいる地域によって、補助金の支払いが多すぎたり少なすぎたりするリスクがあり、それがこの方法の大きな難点であろう。
万人にとって適正な水道料金の実現に向けて
安全かつ手頃な価格で水道および下水処理サービスの利用は、国連の「安全な飲用水と衛生に対する人権(Human Right to Water and Sanitation)」にも明記されている。筆者の研究チームによる見積もりからも、水道料金減免プログラムの費用が決して法外とならないことが示されている。貧困世帯が水道料金の支払いができない状態が続くと、水道を止められるという屈辱的な目に遭い、健康を脅かされてしまう。
また米国は、水道インフラへの大規模な投資を行い、干ばつや気候変動対策を進める必要がある。そのためには、多くの地域で水道料金を値上げし、自治体ならびに一般市民が将来的な水不足を真剣に考え、水を大切に使い、適切な計画を立てて行動していくよう促していく必要があるというのが、経済学者の間でおおむね一致した見解だ。
著者
Joseph Cook
Associate Professor of Economic Sciences, Washington State University
※本記事は『The Conversation』掲載記事(2021年11月29日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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