「身体を洗うことは人間の尊厳」。10年のホームレス生活を経て、無料シャワー付きバス走らせる(ドイツ)

 元路上生活者のドミニク・ブローは自身が身体を洗えず苦しんだ経験から、友人たちと約2200万円を調達し、シャワー付きのバスを開発した。現在、ハンブルク市内をほぼ毎日走らせ、行政に代わって誰でも利用しやすい衛生施設を提供している。


※この記事は 2021-10-15 発売の『ビッグイシュー日本版』417号(SOLDOUT)からの転載です。

中古バス、シャワー3室に改造
土曜日は女性専用、下着も提供

 あと少しで高校卒業という10代のある日、ドミニク・ブローは家を追い出された。以後10年以上もの間、ドイツ・ハンブルクの路上で生活したブロー。「路上暮らしだった頃の一番の悩みは、身体を洗えないことでした」と当時を振り返る。

 「通りすがりの人たちが、苦々しい顔をして自分から離れていく時の何ともいえない気持ちは、経験したからこそわかるんです。そしてもう一つ、身体と心はつながっているんだと感じましたね。身体が汚れていると、自分の内面までが汚らわしいように思えてきてしまったのです」

 そう話すブローがいま精力的に取り組んでいる活動は、路上生活者が無料で使えるシャワー設備を提供することだ。「身体を清潔に保つことは人間の尊厳だ、と身をもって学んだのです」。ブローは友人たちとクラウドファンディングで16万8000ユーロ(約2200万円)を集め、2019年5月、不要となった路線バス車両をシャワー付きバスに改造した。車内は3つの防水個室に区切られ、それぞれにシャワー、トイレ、洗面台、充電やドライヤーに使えるコンセントが装備されている。

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バスには1250ℓの水タンク2つが接続でき、排水は市の下水道に直接流せるよう改造した Photos: Julia Schwendner

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バリアフリーのトイレ(GoBanyoのプレスキットより)

 個室の一つは、車椅子利用者も使えるバリアフリー仕様だ。入口にスロープがあり、洗面台は車椅子に合わせて高さが調整できる。さらに車体の前と横には8m×2・5mの日よけブースがあり、利用者は周囲の目を気にすることなくその下でのんびりしたり、冬には身体を温めて過ごすこともできる。

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日よけを使った休憩ブース(GoBanyoのプレスキットより)

 シャワーバスは19年12月からこれまでに631回稼働した。土日も含めハンブルク市内の4ヵ所を巡回し、利用者は一日20~30人ほど。訪れた人はタオルのほか新品の下着や靴下、Tシャツを受け取る。シャンプー類や歯磨きセット、ヘアカットや歯科検診の機会も提供している。ほとんどの人は不定期で来ることが多く、シャワーを浴びずにスタッフと話して帰る人もいるそうだ。

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走るシャワーバス(GoBanyoのプレスキットより)

 土曜日は女性専用で、生理用品や簡易な化粧品もそろっている。スタッフが尋ねる唯一の質問は「コーヒーにミルクと砂糖はいる?」だけだが、薬物依存やセックスワーカーとみられる女性も少なくなく、母と娘で来るケースもある。この日はバスの運転手も含め、スタッフも女性のみで運営するように努めているという。利用者がシャワー以上の支援を求めてきた場合は、市内の他の支援団体につなぐ。

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スタッフたち(GoBanyoのプレスキットより)

あと何台かの調達が最初の目標
国内外から問い合わせ多数

 88年生まれのブローは、路上暮らしをしていた当時、「もし将来よい暮らしができるようになったとしてもこの経験だけは決して忘れるまい」と心に決めていた。そしてある日、「自分の経験を世の中に還元する」という考えがひらめいたという。その後、自身の路上生活を記した本を出版したところ話題となり、本が売れた収益で非営利法人「GoBanyo(ゴー・バンユー)」を立ち上げた。

 「いま運営資金は寄付で賄っていますが、私たちは常に進歩し続けています。社会事業をベースにしたソーシャル・ビジネスを計画中で、(一般向けに)ボディーソープを販売して自己資金を生み出し、シャワー付きバスをあと何台か調達することが最初の目標です」。現在は、フェアトレード石鹸の販売収益で路上生活者にシャワーの機会を提供する米国の社会的企業「The Right to Shower」や地域の支援団体などから、財政・物品援助を受けている。

 シャワー付きバスのアイディアは世界中で関心を集め、各地に広まっている。今やブローのもとにはドイツ国内やヨーロッパのみならず、遠くは南アフリカやブラジルからも問い合わせが舞い込む。「私たちの知識が役立つなら、うれしいです。この問題が存在するかぎり、もっと手頃に、もっと簡単に使ってもらえる衛生設備の確保が必要です」とブロー。こう語る理由の一つに、ドイツでは路上生活者のための公的なシャワー施設がほとんどないという事情がある。ブローのシャワー付きバスは、行政に代わってその穴埋めをしているのだ。

 バスは人通りの多い地区にも出向き、広場の真ん中に停められたカラフルな車体が目を引く。「身体を洗うことは人間の尊厳」。そう描かれたペイントが、社会にこの問題の存在を訴えている。
(Andrea Rothfuß, Trott-war/INSP/編集部)

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