街のSafer Space「はなそう」は、医師が医療行為を行わない、ただ「話をする」場

茨城県水戸市南町のスクランブル交差点の角に、その場所はある。大きなガラス張りの建物は、一見するとカフェにも、美容院にも、アートギャラリーのようにも見えるが、そのような看板は出ておらず、「はなそう」の文字とロゴが見えるだけだ。一体ここは、どういう場所なのか。「はなそう」の所長、関 義元さんに話を聞いた。

スクランブル交差点に面する「はなそう」

医療行為を行わない、ただ「話をする」場

「はなそう」は、小学生からお年寄りまで幅広い年齢層が訪れ、「話をする」場所だ。相談に乗るのは医師や公認心理師だが、医療機関ではない。「こんな症状があるが、どこの病院に行ったらいいかわからない」「他の病院の医療や薬でわからないことがある」といった医療についての相談はもちろん、家族のこと、モヤモヤすること、つらいことなど、相談したいこと、話したいことがあれば何でもいい。医師や公認心理師が一対一で約50分間じっくりと来所者の話を聴く。必要に応じて助言はするが、医療行為は行わず、処方箋や紹介状の作成もない。初回は無料で2回目からは有料(18歳以下は割引)だが、多くの人は初回のみの利用だという。なぜこれでやっていけるのか。

中に入ると、あたたかく、やわらかな印象。現在は1カ月くらい先まで予約が埋まっているという。 

産業医の収益をほとんどこの場の運営に充てる

関さんは、2021年に立ち上げた合同会社として産業医活動と「はなそう」を運営している。
「はなそう」は、やればやるほど赤字の事業だそうで、産業医活動(企業と直接契約をし、契約した会社の社員の心と体の健康を守る)で得た収入を、ほとんど「はなそう」の人件費や家賃などの維持費に充てているという。なぜわざわざ採算の取れないとわかっている事業を始め、続けているのだろう。

人間性が失われがちな医療現場

自治医大卒の関さんは、地域の公立病院で総合診療科、救急科の責任者や指導医を務めつつ、災害時には統括DMAT(=Disaster Medical Assistance Team、災害派遣医療チームの責任者)や救護班として従事するなど、20年近く責任の重い膨大な業務にあたってきた。

「病院は、“診断して治療”する場所ではあるのですが、患者さんを受け入れるほどに緊迫し、人間性が失われやすい場所だとも感じていました。」と関さんは振り返る。

忙しい医療の現場では、ただでさえ余裕はない。そこにアルコール依存や薬物依存、精神疾患などがある患者も運ばれてくると、「自己責任」「忙しい我々に何を迷惑かけてるんだ」と言わんばかりの態度になる医師も少なくない。指導医だった関さんはそんな若手医師たちに「(患者に対して)“明日は我が身”、の気持ちが持てないなら、もう医師をやめなさい」と厳しく指導してきた。

所長の関さん。大学時代にはゼミでノーマライゼーション(障害のある人たちなど社会的マイノリティの人々に、多数派の市民と同じような生活や権利が保障されるよう、環境を整備すること)を学び、「障害のある人が努力するのではなく、社会が変わる努力をするべきでは」と感じていたという。

ギスギスしたコミュニケーションを改善するキーは、「親密さ」

特に余裕がない救急現場のギスギスした雰囲気を緩和するため、県内最大の精神科「茨城県立こころの医療センター」で行われる「こころとからだの事例検討会」の代表世話人も務めていた。これは救急隊や精神科、身体科(精神科以外の診療科)はもちろん、警察や行政などの関係者が何十人も集まり、事例をもとにお互いの事情や情報をシェアする会だ。こういった研修や症例検討会というと、何らかの正解を求めることが多いが、関さんは結論を出したり提言をしたりはせず、司会者として意見を言いやすい雰囲気づくりを心がけていた。精神疾患と身体疾患を合併した患者への対応のように “答えのない問題”について、対話し、ともに考える機会を持つことで、より良い連携を図ることを目的としていたからだ。

「“親密さ”が、コミュニケーションを改善する一番の手。親密になる仕掛けをどうやって作っていくか、それを考えていました。この時の経験が、割と今に繋がっているかもしれませんね。」と関さんは話す。

「病院に行くほどではない悩み」を抱えた人が多い

しかし経験を積み、立場が上がれば上がるほど、コストや効率といった「人間的でない」観点が重視されていくようになっていく。次第に心と体がついていかなくなり、2020年に退職。直後にパンデミックになったこともあり、1年ほどは県クラスター対策班としての活動や、保健所のサポート、自治体でのワクチン接種のほか、健康診断などに従事した。

「病院外の場所で様々な人と話をするうちに、世の中には『病院に行ったら“なんで病院来たんですか?”って言われるぐらいの悩みの人』が、思ったより多いと感じるようになりました。そして、自分と話すだけでけっこう喜んだり、助かったりする人がいる。ならば、ただ話をする場所を作ってみたいと考えるようになっていったんです。」

そうして合同会社を設立し産業医活動を始め、2022年に「はなそう」を開設した。

リラックスして話せそうな小上がりスタイルの和室は、相談スペースの一つ。座布団はここに来た人が作ってくれたのだそう。

「人間的な対話がしたい」

「はなそう」では、初回の来所者に名前・連絡先と悩みごとを記入してもらうものの、「本当のことを書きたくないなら、ウソでもいい」という。そして、関さんたちはメモすら取らず、ひたすら相手の話をじっくり聞く。

「医療機関や支援の現場では、当事者が秘密にしたいことも含めて、支援者があらゆる社会資源と情報連携するので、その人のプライバシーが丸裸の状態になってしまうことがよくあります。医療や支援に必要なこととはいえ、自分はそのやり方ではない方法を取りたくなって。この場では、自分と相手の一対一の人間らしい対話、秘密は守るという形を取っています。」

「その分、専門家を挟んだりもしないため、自分が詳しくないジャンルの悩みごとの当事者とも直接話すことになります。その時は“それって何ですか?”、“そのことについて詳しくなるにはどんな本を読めばいいですか?”とこちらが聞くこともあります。 それが僕にとっては社会を知ることであり、生きる意味にもつながっているかもしれません。」

「半分パブリックな場所を作りたい」

「はなそう」は、一対一の相談が中心のため、誰でも気軽に入れる設えではないものの、「何をしているのかは知ってもらいたい、気になる人に気軽に来られる機会を設けたい」と毎月、「みんなではなそう」というワークショップを開催している。

「はなそう」を施工した工務店からもらったカンナ屑でつくるリースづくり、ZINE(雑誌)づくり、編み物、司書さんとブッカー体験(図書に保護用の素材の透明のフィルムを貼る)など、みんなで手を動かすことで、話が苦手な人もその場で過ごす体験によって気持ちが楽になる人もいるという。

オリジナルZINEづくり体験の様子

このようなワークショップのほか、「はなそう」の前のスクランブル交差点で信号待ちをする人のために誰でも座れるベンチを設けたり、365日24時間使えるAED*を「はなそう」の前に設置したり、バリアフリートイレや授乳室を開放したりと、他の人が使えるものがあちこちにあしらわれている。関さんいわく「半分パブリックな場所を作りたかった」のだそうだ。
*AED(Automated External Defibrillator, AED)止まってしまった心臓に対して、電気ショックを与え、正常なリズムに戻すための医療機器

「アート」と「所有しないこと」

きっかけは、学生時代に出会った、大学書房の元社長・金田英雄氏かな…と思い返す。金田氏は自治医科大の地下にアートと音楽と絶品の讃岐うどんを楽しめるスペース「アート・イン・ホスピタル」を寄贈した人物だ。そこでは“レジェンド”とも呼ばれるベーゼンドルファーのピアノを自由に弾けるほか、陶芸作品や写真などのアートがあふれる――そんな話を金田氏に聞いて、「自分がいいと思う場所が欲しいなら、自分で作り出さなきゃいけない。でもそれでいて、自分で所有しない形(=半分パブリック)のほうが面白くなるのでは…という感覚があったんです」と話した。

やさしい色や曲線があしらわれたやわらかな雰囲気の内装はNPO法人チア・アートがデザイン。「はなそう」とアートディレクション契約を結び、月に1度、来る人が安心できる空間や企画について話し合い続けているそう。

処方箋は出さないが・・・

そんな「はなそう」では、相談者に処方箋を出すことはないが、来所者の相談内容や必要に応じて“こんなのもいいかもしれませんね”と書籍などを紹介することがある。

「はなそう」には、様々な書籍が配架されている。歩いて5分ほどの県立図書館に行ってみては?と案内することもある。

その一つに、『ビッグイシュー日本版』がある。知人に紹介された、東京・田端にあるユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」*の軒下販売会でビッグイシューと出会ったのがきっかけだ。
*「シネマ・チュプキ・タバタ」:https://bigissue-online.jp/archives/12590

「それまで、路上に立って何かを掲げている人は、目を合わせてはいけないのかな、なんて思っていたんですが、ビッグイシューは、扱っているテーマが毎回自分の関心にピッタリで、のめり込みました。表紙もいいし、そして何より、相談事業をしている人間にとっては、“ホームレス人生相談”*の鉄板の優しさや流れにも惹かれます。すぐにここでも扱いたいと2024年の秋から販売するようになりました。出張などで大きな駅を利用するたびに販売者さんはいないかな、と探しています。」と笑う。

*読者の相談にホームレス当事者と料理研究家の枝元なほみさんが回答するビッグイシューの人気連載。

ビッグイシューを試し読みできるほか、販売もしている。

関さんは書籍を紹介するだけではなく、相手に合わせて信頼できる場やコミュニティを案内することもあれば、じっと相手が話すのをひたすら待つ「言葉によらない時間」を提供することもある。
そんな“人間らしい”応対に、「そういうふうに人と関わってもらったのは生まれて初めてです」と喜ぶ人も多いそうだ。

他の場所よりも“Safer Space” を目指して

この場所について、関さんは「ここは、“Safer Space”です」と表現する。この“Safer Space”という言葉は筑波でビッグイシューを扱っているブックカフェ“サッフォー”で販売していたZINEで読んで気に入った言葉だそうで、「Safe(安全)じゃないかもしれないけど、少なくともここでは差別なく話を聞きます。『やけに話を聞いてくれると思ったら何かの勧誘だった』ということもない。中立的で、離れたくなったら離れられる、外の世界よりはSafer(より安全)な場所」なのだそうだ。


オープンして3年目の「はなそう」。これからについて関さんは、「“ゆるめな場所”を積極的につくっていきたいなと。よりユニバーサルな場所にしていくことで、今はアクセスできていない障害のある人とか、小さい子どもがいる人とかにも気軽に来てもらえるような場にもなればと思っています」と話してくれた。

「はなそう」のロゴ。「はなそう」は「話そう」だけではなく、いろいろなものを手「放そう!」、hana+sow(花+種をまく)という意味もこめているとのこと。

はなそう
〒310-0021 茨城県水戸市南町1丁目4番22号 シンヤ寒梅館1階101
OPEN:水曜日〜土曜日/10:00〜18:00
https://hanasow.com/

写真:「はなそう」提供

ビッグイシューの委託販売制度

より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、カフェやフェアトレードショップ等、ビッグイシューの活動に共感いただいた場所で委託販売を行っています。

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