大阪・十三(じゅうそう)にある「第七藝術劇場」は、ドキュメンタリー映画の上映に力を入れるミニシアター、通称“ナナゲイ”として知られている。ここは戦後すぐの時期から映画館が存在していた場所で、経営者や館名の変更を経て、「第七藝術劇場」の名前になったのは1993年だ。
その後、経営悪化により一度は閉館するが、「十三の映画館の灯を守ろう」と地元商店街などが出資し、2002年に現在の体制で再開。現在は、小坂誠さんが支配人として番組編成を担っている。

大学を休学して始めたミニシアターでの仕事
滋賀県出身で、大学院で社会学を学んでいた小坂さん。「将来は、何か文化にかかわることをしたい」と考えていたところ、「第七藝術劇場」と同じビルにあった「シアターセブン」(当時は別法人)の求人があるのを見つけ、“とりあえず”応募。すると「すぐ来てくれ」とオファーされたため、いったん休学して働き始めたのがきっかけだという。
以来、映画館に来るお客さんやお問い合わせの対応をはじめ、多忙な日々を過ごして来た。
「昔の映写技師が必要だったころはともかく、今の映画館のスタッフって、上映中はけっこう暇なのでは?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、意外に忙しいです。窓口でチケットを売ったり電話応対したりとかはもちろんですけど、上映中にそれ以外のことをやっています。次の上映作品を選んだり、配給会社から勧められた作品を上映するかどうか決めるために視聴したり、チラシを印刷して様々なところにご案内を送ったり、館内掲示を用意したり。舞台挨拶があるときはその日程調整とか。一本の映画を上映するために、いろんな準備をしています」

入社して数年経ったころ、小坂さんが入社した「シアターセブン」の経営会社が「第七藝術劇場」の経営会社と同じになり、「第七藝術劇場」の運営にもかかわるようになった。現在の小坂さんは、上映作品の選定、番組編成、監督や配給会社との調整、宣伝やスケジュール管理まで、なんでもこなす「第七藝術劇場」の支配人だ。
映画を選ぶ基準は、“新たな扉を開きそうなもの”
「ナナゲイでやってる映画なら、きっといい作品だ」と他の劇場や自主上映会の映画セレクトにも影響するであろう劇場で、小坂さんは上映する映画をどうやって選んでいるのだろうか。
「他の劇場でやっているのを見ていいな、と思うものもありますし、配給会社からぜひ上映してほしいと言われることもあるので、総合的な判断にはなりますが」と前置きしつつ、新作の映画を見て判断する際に重視しているのは、ジャンルを問わず「新たな扉を開きそうなもの」だという。
「例えばドキュメンタリーといってもいろいろあるのですが、出てくる有名人のファンや身内しか見ない・楽しめないような、“閉じてる作品”は、ここでかけるのにはあまり向いていないのではと思います。ファンじゃない人が見ても、自分ごととして捉えられるような、実際の社会と何かリンクする作品や、人に勧めたくなるような“広がり”のある作品を選んでいますね。」

個人的な好みは「スカッと終わる映画よりも、違和感や怒りやモヤモヤが残るもの、良くも悪くも自分の生活を見直すきっかけになったりするような映画のほうが好きです。“こんなこと知ってしまって、明日からこれまでと同じように生きていっていいのか…?”という感じるような…」とのこと。
「大きなシネコンであれば、そんなヒットが見込めないような映画はとても上映できないでしょうし、多くの人の仕事や生活の疲れを癒すという役割もあるでしょう。でも、“メイン”がそういう作品を上映するなら、僕はそうじゃないものをやりたい。ミニシアターは、規模が小さいからこそ、メインではやらないような映画でも上映できるのだと思っています。それで、素晴らしい作品に出会えた時は、“早くお客さんにも見てほしい”、“いつからやろう、宣伝は…”、って、わくわくが始まる。その時がこの仕事をしていて一番楽しい時です」
「映画ファン以外」も来やすい場所に
第七藝術劇場では、ドキュメンタリー作品を中心としながらも、来場者を「映画ファン」に限定しているわけではない。お客さんの層も、映画ごとにかなり変わるという。
「映画好き、映画ファンだけに入り口を限定していると、これからどんどん先細りしてしまう」と、映画のセレクトを工夫するだけでなく、監督や俳優を招いての舞台挨拶などのイベントにも力を入れている。さらに、地域の書店がセレクトする古本販売コーナーもある。
「もともとは月替わりでいろんなアーティストなどに出店してもらっていたんですけど、十三の東口の方にある海月文庫さんセレクトの古本は、思いのほか好評で、この場所に定着しました。映画と直接関係ない内容の本でも、思っていたより売れていきます。」
さらに館内の奥の方には、地域のまちづくりNPOがコーディネートする、月替わりの地元アーティストを中心とした展示スペースもある。

さらに、2024年の春ごろから『ビッグイシュー日本版』も扱っている。ビッグイシュー販売者である山田さんが月に1度料理を作っている「風まかせ」の店主の仲介で、委託販売が始まった。
表紙に惹かれて手に取る人が多いそうで、音楽家・坂本龍一さんの追悼特集号(478号)は完売し、追加発注を繰り返して30冊近く売れたという。

「入口を広げることで、映画を観に来た人が思ってもみなかった出会いをすることもありますし、逆に映画を観るつもりのない人がこの劇場に訪れるきっかけにもなります。いずれにも共通しているのは、“自分の知らない新しい世界と出会いたい”という方なのではないかなと感じています」
配信との“競合”ではなく、“分担”としての映画館
現在、たくさんの映画が配信でも観られるようになった。映画館にとっては競合のようにも見えるが、小坂さんは競合とは捉えていないと言う。
「僕自身、大学時代はレンタルビデオ店の近くに住んでいたので、当時レンタルでビデオを見まくった身としては、配信という形態を競合とは考えていないです。コロナ禍以降、外出できなくて配信で映画を見る人が増えたにもかかわらず、コロナ明けには映画館の来場者数が持ち直したんですよ。だから、配信のおかげで、映画文化が広がるのかなとも思っています」
「予定を合わせて、電車に乗って、決められた時間通りに映画館に来るって、いまの時代にはありえないほど圧倒的に面倒くさい体験です。だけど、あえてそれを選んで来る人たちがいる。毎日映画を上映している場所があって、知らない人たちと同じ空間で同じ映像をじっと観るという経験。この不思議な体験は、配信では得られないものだと思います」

「第七藝術劇場」
〒532-0024大阪府大阪市淀川区十三本町1丁目7−27
https://www.nanagei.com/
『ビッグイシュー日本版』委託販売
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『ビッグイシュー日本版』478号
https://www.bigissue.jp/backnumber/478/
ビッグイシューの委託販売制度
より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、カフェやフェアトレードショップ等、ビッグイシューの活動に共感いただいた場所で委託販売を行っています。
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