気候変動が地球に壊滅的な影響をもたらすという事実をなかなか受け入れられない者たちがいる(第47代アメリカ大統領トランプ氏が最たる例だ)。悪影響を裏付ける科学的エビデンスはずいぶん前から出回っているにもかかわらず、化石燃料の使用増加、世界レベルでの気温上昇、破壊的な気象現象とを関連付けようとしない。時間的・地理的な因果関係をよく理解できていないのだろう。そしてもう一つ、この地球に大きな被害をもたらしている致命的な人間活動がある。違法薬物の生産、取引、消費だ。ヨーク大学准教授のイアン・ハミルトンが『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。
ー コカイン生産量が過去最高を記録。その背景には、ラテンアメリカでの生産増と、ヨーロッパ、アフリカ、アジアでの薬物使用および市場の拡大がある。
ー 合成ドラッグは人々や地域社会に大きな危害をもたらしている。特に、南西アジア、中東、南東ヨーロッパでのメタンフェタミンの取引増加、北米でのフェンタニル過剰摂取が深刻。
ー 一方で、アフガニスタンでの実質上の権力者によって課せられるオピウム生産禁止令が、農家の生活や収入に甚大な影響をもたらし、持続可能な人道的対応が必要。
(国連の『世界薬物報告書2024』より)
同報告書では、犯罪集団が不法取引を拡大するため「法の支配における不安定さや格差に付け込み」「繊細な生態系に被害を与えるとともに、人身売買など他のかたちの組織犯罪を持続させている」とも指摘している。
違法薬物は、その生産プロセスにおいても、社会的のみならず環境的にも悪影響を及ぼす。西洋諸国でのコカイン需要が急増し、その需要に応えるには土地の利用方法を変えるしかなく、南米ではコカ栽培のための森林伐採が進んでいる。コカをコカインに精製する際に必要となる有毒化学物質が近隣の土壌や水流を汚染するため、地元の人々がきれいな水や肥沃な土地を利用しづらくなる。こうした状況が覆らないことには、農業として土地を耕作することができず、生活用水も十分に確保できない。そして、毎年世界中で数十万もの人々が、違法薬物の使用の直接的または間接的な結果として命を落とす羽目になる。
筆者は、違法薬物の使用が供給と消費のほぼすべての段階にもたらしている人的被害を研究してきた。そして今、世界の薬物問題に関する考え方を大きく転換させる必要があるとの思いを強めている。薬物ーー自然由来のものも(増加傾向にある)合成的なものもーーが各国の法的・政治的組織を不安定化させ、コミュニティ全体を破壊し、何百万もの人命を失わせていることについては何年も前からエビデンスが提示されている。気候変動と同じで、薬物使用が人類にもたらす実存的脅威の認識がなぜ遅々として進まないのかーー。

生産者と使用者の切り離し
薬物問題はこの数十年間、「摂取」の観点から、ヨーロッパ、北米、オーストラリアを中心とする「欧米の問題」と見られていた。この認識を促した要因の一つが、1971年6月に米大統領リチャード・ニクソンが、薬物乱用は「アメリカ社会の公共の敵ナンバーワン」と言い切った「麻薬戦争」宣言にある。この欧米中心の捉え方をしてきたせいで、アフリカでの薬物問題に関するデータや情報まで注目されてこなかったなどの弊害が出ている。しかし、薬物問題とそれに伴う破壊は、もはや西欧諸国だけに限ったものではない。
違法薬物の使用は人口増に伴い、この10年で20%増加。約3億人が定期的に違法薬物を摂取していると推定され、人気トップ3は大麻(2億2800万人)、オピオイド(6000万人)、コカイン(2300万人)だ。国連報告書にも次のように述べられている。
「消費者が入手できる薬物の幅が拡大し、使用パターンはますます複雑化し、ほとんどの薬物市場で多薬物使用が一般的となっている。2022年、世界的には81人に1人(約6400万人)が物質使用障害に苦しめられていて、2018年より3%増えている。」
「薬物使用には有害な影響がいくつもある。世界的に最大の負担となっているのが、2019年以降、世界的に使用量が安定しているオピオイドに関するものだ」
多くの人は薬物がどのように生産・流通しているのかを十分に把握できていないが、実のところ、サプライチェーンを通じて世界中で悲惨な状況をもたらしている。気候変動と同じく、薬物も全人類に脅威をもたらしうるものなのだ。
コカインの生産も、製造プロセスの各段階で暴力や搾取と関連している。米国やヨーロッパでの需要増と並行して、農家や反抗的な密売人への殺しの脅迫も増えている。暴力団は薬物そのものだけでなく、性風俗業や現代版奴隷など人身取引に関わる供給・流通にも手を染めている。薬物を運ぶためのインフラやコネは、大陸や国境を超えて人間を移動させるのに使われるそれらと似ているのだから、理にかなっている。しかし、コカイン使用者の多くは、薬物流通時に起こる暴力についてーー故意か否かにかかわらずーー無関心である。

英国国家犯罪対策庁が指摘するように、「違法薬物の供給を減らすうえで、需要を減らすことは一つの重要な要因だ。娯楽薬物の使用を“犠牲者なき犯罪”と見ている人は多いが、現実は、欧米市場向けの違法薬物の生産は、暴力、脆弱な原住民の搾取、環境破壊などのかたちで、供給国に壊滅的な影響をもたらしている」
薬物生産と関わる問題は、一部ニュースで取り上げられるものもあるが、映画やテレビの中での暴力団の描かれ方によってそこまで目立たなくなっているところもある。薬物がもたらす影響力を懸念するとき、ヘロイン依存の路上生活者など身近なコミュニティーの人々に焦点が当てられがちだが、薬物が路上に達するまでにも犠牲者が発生していることを決して忘れてはならない。
By Ian Hamilton
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
サムネイル:Photo by Colin Davis
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