ある朝、クリストフ・ロートハウプトが農場で使っている搾乳機のフィルターを交換していたところ、牛の乳腺炎の兆候である沈殿物に気付いた。とそのとき、「足の力が抜けて、その場で崩れ落ち、涙が止まらなくなりました。言葉にするのは難しいのですが、あのとき、“自分はもうこれ以上無理だ”となったのです」と、ポッドキャスト『Boden und Leben(土と生命)』の中で語っている。

今では8年前のそんな出来事を淡々と語れているが、当時はずっと自分の気持ちを隠そうとしていた。母親、祖母、妻、友人、知人の前では、とにかく強がっていた。男たるもの強くあらねばならない、どんな状況であれ愚痴をこぼさずやり遂げなければ、と思い込んでいた。「農業の世界ではいまだにそんなイメージを持っている人が多いと思います」
長年、重度のうつ症状に気付かないふりをし、ついに牛舎で心が崩壊。一時は自殺まで考えた。農夫である彼には3歳の息子もいた。「毎日、息子のあの愛らしい瞳に見つめられていなかったら、自分が何をしでかしていたか分かりません」と振り返る。思いとどまった彼は、一枚の名刺に書かれた番号に電話をかけた。少し前に、ヴュルツブルクにある農業家族カウンセリングサービスの番号を妻から聞いていたのだ。夜遅い時間だったが応答があり、実のある会話ができた。その後、目の前の状況にしっかり向き合おうと、家族に心の内を打ち明け、専門家のサポートを受けるに至った。

専門家のサポートの下、計画を立てた。どうすれば農場にとって、彼自身にとって、健全な形で物事を前に進められるだろうか? 熟慮の結果、酪農を諦めて耕作だけに専念すること、農業貿易関係のパートの仕事に就くことに決めた。父親から受け継いだ80ヘクタールに及ぶ農場は有機認証も受けている。この決断を母親と祖母に伝えると、すんなりとは理解してもらえなかった。「母はあなたの人生なんだから好きにすればいいと言ってくれたのですが、祖母は不機嫌な顔で、おじいちゃんやあなたのお父さんが築いてきたものを台無しにするつもりなのかと言いました」
罪悪感にさいなまれたが、自分の決断を貫いた。というのも、自分の父親も祖父も十分に長生きできなかったから。「父が亡くなったのは56歳、祖父はもっと早くに亡くなりました」。二人とも生涯働き続けていたし、今思うと、父親も重度のうつ病のようだった。「父の当時の様子と私自身の経験を踏まえると、かなり体調が優れなかったのだと思います。父もきっと必死だったのでしょう」
平均より20%も高い自殺率
クリストフの家族のケースには構造的な問題が見て取れる。一部のEU諸国では、農業分野の自殺率が全国平均より最大20%上回っていることが調査から分かっている。従業員の半数が週に48時間以上働くことが常態化し、ストレス、不安障害、燃え尽き、うつ病のリスク要因となっている。アイルランドでは農家の4人に1人が燃え尽き症候群にかかり、フランスでは2日に1人が命を絶っているとのデータもある。
その他のリスク要因として、家族内の対立、煩雑な行政手続き、ヨーロッパでは農業が最も危険な仕事の一つであるという事情がある。ロートハウプトもそれを身をもって体験してきた。朝6時には牛舎に出て、帰宅が夜9〜10時になることもあり、「子どもと過ごす時間がほとんどなかった」とこぼす。「冬は除雪作業チームに入っていたので、睡眠時間も2時間ほどでした」。さらに、極度の乾燥、湿気、季節の進みが早過ぎたり遅過ぎたりと、天候に大きく左右される。「その日の仕事が終わったとて、家畜や作物の心配事は尽きません」

経験を共有することが重要
いくつかの研究を基に、欧州委員会では農家のメンタルヘルスを喫緊の課題と認識している。ロートハウプトは自分と同じような状況に陥った人たちのために、支援グループを立ち上げた。従来型の自助グループというよりは、ただそれぞれの経験を分かち合うための場だ。「参加者は大体10人くらい。それぞれが自分の境遇を率直に話し、互いの状況を知る、それだけで肩の荷が軽くなるものなのです」
講演やインタビューにも積極的に応じ、農業分野におけるメンタルヘルス問題への意識向上に尽力している。「自分がうつ病を克服したことで、たくさんの学びがあり、感謝の気持ちを持てるようになりました。だからこそ他の人の力になりたいと思っています。少しでも不調を感じるなら、サポートを得ることをためらわないでほしいです」。
農家を取り巻く心の問題と支援体制の充実が急がれる。沈黙が農業分野の伝統であってはならない。「心を開いて話せる場が大切」とロートハウプトは何度も言った。
By Enna Mindo
Translated from German via Translators Without Borders
Courtesy of Trott-war / INSP.ngo
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