住宅政策という投資を、いま、始めよう(平山洋介)

(編集部より:「住宅政策のどこが問題か」などの著作がある、住宅政策の研究者、平山洋介さんに寄稿をいただきました。)

住宅政策という投資を、いま、始めよう

貧困が増えていて、これからさらに増える可能性がある。住む場所の不安定さが貧困を増やす重大な原因になっているし、そしてまた、居住が不安定なままでは貧困から抜けだせない。

ところが、日本では、貧困対策といえば、雇用と福祉の領域の施策ばかりである。所得さえあれば、それで必要なものを買えるし、住まいも確保できる、という暗黙の仮説があるように思われる。

だとしたら、それは、間違いである。雇用がみつかっても、不安定・低賃金の仕事では、適切な住まいは得られない。生活保護を受給すれば、住宅扶助がある。

しかし、保護受給が必要になるほど困窮しないと住居費を負担できない、というシステムは奇怪である。住宅を雇用・福祉の付属物としてしか扱わない政策は間違っている。

住宅それ自体を保障する独自の施策が必要である。雇用を失っても住む場所はある、だから、貧困状態にまでは落ちない、という仕組みをつくる点に住宅保障の意義がある。

戦後日本の住宅政策は、中間層の持家取得ばかりに支援を集中した。公的賃貸住宅は6%と少なく、住宅扶助を除けば公的家賃補助はほぼ皆無。この政策編成は、経済先進諸国のなかで、特異である。欧州では、社会的賃貸住宅が2割程度、家賃補助受給世帯も2割前後という国が多い。低所得者向け住宅対策が貧弱なアメリカでさえ家賃補助制度をもつ。

日本では、終戦からバブル破綻の頃まで、経済は成長し続け、中間層が拡大した。だから、政府は、たいていの世帯は家を買えると仮定し、持家促進に傾く政策を続けた。しかし、バブル破綻以来、経済の不安定さが増し、中間層は縮小し始めた。

これから、住まいに困窮し、そして貧困に陥る人がいっそう増える可能性がある。

第1に、「非正規第一世代」に注目する必要がある。前世紀末に労働市場の自由化が始まった。そのとき、非正規被用者が急増した。この第一世代の人たちが、加齢にともなって、雇用の不安定化に見舞われ、住居を確保できなくなる、といった事態の発生がありえる。

第2に、「無配偶者」の住宅困窮と貧困が拡大するおそれがある。日本は、あからさまに既婚有利の社会である。経済力の弱い人たちの未婚率が増え、未婚の人たちはさらに不利な経済状態に置かれる。離婚もまた増えている。

第3は、「高齢借家人」の増大である。高齢者の8割は持家に住んでいる。残りの2割のうち、何割かは公的借家に住んでいる。不安定なのは、民営借家の高齢者である。低所得者が多いうえに、住居費が高い。高齢者の民営借家率は低い。しかし、その絶対数が激増する。

住宅政策の再構築には、短期と長期の2種類の課題がある。

まず、「野宿」とか、「脱法ハウス」とか、「追い出し」とか、あってはならない問題状況は、ただちに解消しなければならない。次に、将来に向けて、社会的に利用可能な住宅ストックを蓄積していく必要がある。

雇用・福祉領域の施策と異なる住宅政策の独自性は、それが投資の役割をはたすという点である。欧州諸国の多くは、終戦から1960年代頃まで、社会的賃貸住宅を大量に建てた。そのストックが、いま、役に立っている。住宅建設に必要であった借入金の償還がすでに終わったので、「成熟」したストックの家賃は低い。

私物の住宅ばかりを建ててきた日本では、社会的なストックが異様に乏しい。このままで超高齢社会を迎えると、どういうことになるのか、想像してみるとよい。

将来の貧困増大をくいとめるために、住宅政策という投資を、いま、始める必要がある。社会的に使える「成熟」した住宅ストックこそは、人口・経済・政治の激動から人びとを守る最重要の基盤である。