井上慎一さんが語る「時間を長く感じたり、短く感じたりする理由」

時間はつくれる。時間を遅くすることでヒトは生き延びてきた。

時間はいつどこで生まれたのだろう?
時間はたった一つのものだろうか?
そして、時間は誰のものだろう?
時間学を研究する井上慎一さん(山口大学時間学研究所)に、生命の時間の不思議について聞いた。

時間を長くする方法—自分の知らないこと、できないことをする

時と場合によって、人はその時間を長く感じたり短く感じたりする。また、年齢によっても感じる時間は違う、とよくいわれる。

10歳の人の1年はその人の人生の10分の1で、60歳の人の1年は60分の1だから、60歳の人の1年は短いのだという説明がある。

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また、子供の頃は短い時間しか自覚できないが、大人になると1年、2年先のことが予想できるので時間が短くなるという、時間に対する視野が違うという説もある。さらに、生理学的に運動能力が衰えるという説明もある。人が年をとると、同じことでも時間がかかるから、時間が短く感じられるというものだ。

だが、井上慎一さんが一番気に入っている解釈は、脳の中にある海馬と記憶の話である。記憶があってこそはじめて時間が感じられる、過去と今を比較してその間に時間を感じ、意識されるという説だ。

脳の海馬という場所は、記憶のあり場所といわれる所で、事故でそこを損傷すると人は記憶を失い、同時に時間を失う。直前の過去のことも覚えられないから、今という時しかなくなってしまうという。

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「海馬は、外界の世界の記憶を大脳皮質に振り分けるのですが、その振り分けの回数がそのまま、私たちが感じる時間に比例しているんですね。子供の頃には脳の記憶というのはまっさらですから、海馬を経由して記憶を蓄える回数が多い。年をとって経験を積んでくると、すでに脳の中に蓄えられているので、海馬を経由する回数が減ってくる。それで時間がだんだん短くなってくる、時間が短くなるということは成熟した証なのです」と井上さんは言う。

だから、もし長く生きたいと思ったら、海馬を働かせること。自分の知らないこと、できないことをやれば、時間は長くなる。例えば外国旅行に行ったときの1週間は、ぶらぶら1週間を自分の家で過ごした時間よりはるかに長く感じられる。

しかし、時間が長い方がいいのかというと、「それはわからないですね。例えば苦しい時間は長い。不幸が起こった年は長いと感じる。1年が短かったというのは、幸せな1年だったと思うことですよ。安穏に過ごせたということなのですから」

江戸時代、時間を守るという言葉はなかった

人間が最初につくった時計は紀元前3000年頃、エジプト人の手によって、太陽のつくる影で時間を知る「日時計」だった。同じ頃に中国人も「日時計」を作ったといわれている。機械式時計ができたのは1300年頃で、ヨーロッパの教会の工房で発明され、その後、時間は社会の共有物となっていった。

一方、日本では、江戸時代になっても、時計はなく、夜明けから日没までを六等分して時間を決めるという不定時法に従って人々は暮らしていた。当然のことながら、季節によって、また昼か夜かによって、時間の長さが違っていた。

「わずか百数十年前ですが、江戸時代には少なくとも、日本人の社会規範の中に時間を守るということはなかったはずですね。人を待たせてはいけない。でも時間を守るとは言わなかったんです」

そして時を経て現代、私たちの腕時計の時計が表す時間は、ニュートンの作り出した物理的時間である。

「私たちが常識にしている時間は、もともとは天体の運動から導かれた、絶対的な時間ですね。それが、共通の社会のルールになりうることから利用しているにすぎないのですよ。待ち合わせをするための道具として時計を使い、あるいは経済上の都合で人に賃金を払うときに使うために」

ところが、物理的時間に対して、もう一つ忘れてはならないのが私たちの体内にある生物的時間である。規則正しく動く天体の動きと、生物である人間の身体の中の動きは違っている。心臓から出ていった血液は1分かからずに戻ってくるが、半分以上の血液は静脈の方に溜められ、例えば走り出すやいなや20倍もの血液を流し始める。

また、ヒトが体内に持っている生物時計は、物理的時間よりも遅い。他の動物はだいたい24時間プラスマイナス10分ぐらいだが、ヒトは25〜26時間の生物時計を持っている。

ヒトだけがほっとけば、物理的時間に遅れていくような生物時計を持っています。おそらくは、ヒトというのは生物として1時間ぐらいはずれてもいい時間を持っていた。かつては、それで何も問題はなかったんですよ」

<後編「ヒトは成長の遅くなったサル?—人間が地球の繁栄を勝ち取った理由」へ続く>

(2006年12月15日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 第63号 [特集 鮮やかな時間をあなたのものに—時の贈り物]より)