レンタルビデオ、オンデマンド動画など、技術の移り変わりの影響をモロに受けてきた映画館。
昭和2年創業の映画館豊岡劇場もそのひとつだった。
「豊劇」の愛称で周辺住民に親しまれていたこの映画館は、2012年3月末に85年の歴史に幕を閉じた。
しかし、その幕がふたたびあがる。
歴史と文化の継承に名乗りを上げたのは、豊岡市で育ち、北アイルランドで学んだ現代美術作家だった。
※兵庫県での起業、就業、ボランティアなどを総合的に支援する「生きがいしごとサポートセンター主催事業」の公開講座より、「映画館でつながるまちー豊岡で暮らすことを楽しむ場所を作る」で「CINEMACTION豊岡劇場」の代表である石橋秀彦氏が講演した内容をレポートします。
「豊劇新生プロジェクト」~最後の姿を残したい思いから~
兵庫県の日本海側、豊岡市にある映画館『豊岡劇場』は、昭和2年(1927)に芝居小屋として始まりました。社交ダンスの場、そして戦後は徐々に映画館へと変化し、昭和40年代に現在の姿に。常に大衆文化の場として、周辺の地域住民に愛され続けていました。しかし映画配給会社がフィルムからデジタル化への移行。豊劇は資金面の事情からデジタル映写機を導入することができず、2012年3月末に85年の歴史に幕を下ろしました。地元出身で、中学時代は、豊劇の影響で映画監督を夢見ていた石橋少年。
せめて最後の豊劇の姿を残したいとの思いから、閉館前の2週間の間、豊劇に通い、閉館する映画館の写真と動画を撮り、アーカイブを作成しました。そして閉館して1カ月ほど後に、オーナーに再開の話を持ちかけたんです。しばらくしてボランティアによる劇場の大掃除とビアガーデンのイベントの企画が持ち上がったのですが、しかしその後、不慮の事故で、オーナーが亡くなられ、計画は頓挫してしまいました。
地元有志による一日上映会を企画したところ、約200人が来場し、プロジェクトが再燃。
しかしその年の11月に石橋さんを中心とした地元の有志で「豊劇」の会場を使って、一日限りの上映会を開催。結果として、1日で約200人が来場、さらに、当日のアンケートでは周辺住民の豊劇にまつわる熱い気持ちが多数寄せられた。
これを機に「豊劇新生プロジェクト」が再燃し、事業計画を練り直すことに。
とはいえ豊岡市は東京23区強にあたる広さでありながら、人口が約8万人の都市。
この規模で映画館を経営・維持できるのか迷っていたところ、兵庫県立大学経営学部 西井進剛教授と出会う。西井教授のゼミの学生たちとコラボして、地域に根差した持続可能なモデルを探っていった。
そして豊劇を再生し、もう一度映画館として復活させるのは、総人口8万人の一地方都市として非常に厳しいと判断。そこで、石橋さんたちは、「ならば、”映画だけじゃない映画館”をやろう」と考えた。
「映画だけじゃない、映画館。」CINEMA+ACTION=CINEMACTION
CINEMA+ACTION=CINEMACTIONのプロジェクトのコンセプトはこうなった。「築約90年の映画館をリノベーションし、地域コミュニティの活動の場を提供。国内外のクリエイターが集まり交流と制作を行う、映画館を核とした活気ある「場」を創造することを目指す」
プロジェクトの目的
1、周辺地域の文化の担い手を後押しする
2、家や職場以外の第3の居場所づくり
3、クリエイター、作家の育成の機会をつくる
4、地域外、海外との交流を促進する
5、この地域で暮らす事を楽しむ場所をつくる
映画を上映するためには、映画上映システムのデジタル化だけでも約1千万円が必要。これは国の補助金である「中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業」などで賄い、他の費用は地元の金融機関から借り入れるなどしたが、それでも小ホールの座席を取り払い、フリースペースに改装するリノベーション費用も足りない。
そこで石橋さんは、2014年にクラウドファンディングに挑戦した。
「閉館した映画館に地域コミュニティと、全国のクリエイターの拠点をつくりたい!」
プロジェクトは、目標金額2,000,000円を上回る2,716,000円を集め、無事リノベーション工事が始まった。
(Before)
↓
(After)
(Before)
↓
(After)
映画館を再開したことで、地域住民は映画館で映画を見られるようになった。
もちろん、最初のコンセプトの通り、様々なイベントも開催している。
Q:現行の生活の中にある地域の建物や場の価値とは、どこにあるものなのでしょう?
石橋さん:「豊岡劇場は一度は閉館せざるを得なかった。ですが、豊岡劇場が復活できたのは、豊劇は市民にとって唯一の映画娯楽施設であり、同時に大切な街の文化施設であるからだと確信しています。」
「それはつまり、普段の市民の生活の一部にあるものこそ、そこに大切な価値があると示しているのではないでしょうか。」
Q:新しい「地方の可能性」を作り出すには?
石橋さん:「豊岡には小さな地方都市と同様、大学も大きな専門学校もありません。都会で高等教育を受けた若者は、自分のポテンシャルを最大に活かすには、情報の多い都会での生活を望みます。当然のことでしょう」
Q:ということは、地方での社会生活は彼らの可能性を否定してしまうのでしょうか?また地元に残った若者は、自分の可能性をフルに発揮できているのでしょうか
石橋さん:「地元に生まれ育った子供達は、これまでのように地元から都会へ出て行くための教育ではなく、自分の可能性を知り、自分の思いを実行できる場と、周辺の理解と支援が必要なのではないでしょうか。また一方で都会に出た若者が、自信を持って帰ってくる場所作りが必要なのではないでしょうか」
さらに石橋さんは、若手にどんどん企画を任せ、豊劇には新たな取り組みが生まれている。 ある若者は旧屋内駐車場スペースを使ってカフェを始め、ある若者はニューヨークやロンドンへ視察へ行き、海外の映画館・コミュニティ事例を吸収して豊劇に刺激をもたらしている。
豊劇第2幕の主役は誰なのだろう。
企業としては「実情は厳しい」との本音もありながら、多くの豊岡市民にとって「思い出」「体験」という財産をもたらしてくれる豊劇。
文化的価値を継承しながら、”映画だけではない映画館”として事業を承継している。地方都市にある地域コミュニティのいわば公共財として、共通の財産だからこそ成しえた復活劇だといえよう。そして、この映画館に関わる全ての人々が主役であり、その舞台となるのが、豊劇の新たな役目なのかもしれない。
「歴史は現在と過去の対話である」
イギリスの歴史家 エドワード・ハレット・カー(Edward Hallett Carr)が残した言葉だが、地域もまた同じではないだろうか。
「地域は現在と過去そして、未来との対話である」
移り行く時代の変化と共に、豊劇の進化を今後も見守りたい。
石橋秀彦 1969年生、兵庫県豊岡市出身 中学を卒業後、北アイルランドに留学 イギリスの大学・大学院にて現代美術を専攻 2002年、東京京橋の映画美学校で1年間ドキュメンタリー制作を学ぶ 2008年、N.アイルランド・フィルム・フェスティバル2008実行委員会メンバー 2011年10月、有限会社石橋設計代表取締役就任 主にアパート運営の不動産業、飲食店2店舗と映画館の運営 現在23期目、正社員6名、パート6名 2014年12月27日、CINEMACTION豊岡劇場代表就任 |
取材・記事協力:松井ヒロマサ
*映画とビッグイシュー
『ビッグイシュー日本版』は、優れたアートや映画の紹介にも力を入れています。海外のストリートペーパーでは、著名な俳優・女優が表紙を飾ったり、スペシャルインタビューに協力しています。国際ネットワークを持つビッグイシュー日本では、それらの翻訳記事を『ビッグイシュー日本版』でご紹介しています。また、ビッグイシュー日本編集部でも邦画を含む様々な優れた作品を独自に取材し、紹介しています。
特に、「豊劇」のような「地域住民の居場所・文化」を大切にしている映画館で上映される映画を取り上げていることも多々あります。
<豊劇での上映作品がビッグイシューに掲載されていた例>
『ドリーム』(10/28– 11/17)
→320号で主演女優のジャネール・モネイのスペシャルインタビュー。
https://www.bigissue.jp/backnumber/320/
『夜間もやってる保育園』(10/28– 11/10)
→321号で監督インタビュー。
https://www.bigissue.jp/backnumber/321/
『パターソン』(11/11– 11/24)
→317号で主演のアダム・ドライバーのスペシャルインタビュー。
https://www.bigissue.jp/backnumber/317/
映画に関するビッグイシューのバックナンバー
THE BIGISSUE JAPAN 279号
特集「シビック・エコノミー3」で、<観たい映画を観るために株主410人が出資し、市民が企画、運営する市民型映画館>として札幌のシアターキノをご紹介しています。
https://www.bigissue.jp/backnumber/279/
(シアターキノは、売店でビッグイシューの販売もしてくださっています。)
販売者不在地域では、映画館でビッグイシューの販売をしていただけます。
有名映画俳優・女優が表紙を飾ることも多いビッグイシューを片手に、映画上映の後、映画とビッグイシューの感想を語り合うイベントなどの開催も面白いかもしれません。皆様の地域の映画館でも、いかがでしょうか?
・映画館でのビッグイシュー販売
https://www.bigissue.jp/sell/in_your_shop/in_your_theater/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。
シアターキノの中島さんが登場する「ビッグイシューさっぽろ」10周年記念パーティイベントレポ http://bigissue-online.jp/archives/1067978680.html