驚くべきことに、アメリカのような先進国に住む人々でも、十分な量の食料をいつも手に入れられるわけではないらしい。事実、米国農務省(USDA)の試算では、4,200万人ものアメリカ人が食料不安(food insecurity)を抱えているという。フィラデルフィアのストリートペーパー『ワン・ステップ・アウェイ』が、この問題の実態を調査した。

編集部注:アメリカの人口は約3億2000万人、食料不安を抱えているのは約7.6%にあたる。


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ペンシルバニア州では160万人が食料不安に直面

全米で食糧支援を展開するNPO「フィーディング・アメリカ(Feeding America)」のプロジェクト「Map the Meal Gap 2017」によると、ペンシルバニア州では160万人以上の住民が「食料不安(food insecurity)」に直面しているという。米国農務省の定義では「健康で活動的な生活を維持するための十分な食料を手にすることができない」とされる状態だ。

米国農務省が「食料不安」という用語を使い始めたのは2006年のこと。その意図は、十分な食料を常時入手または購入することができない状態と「飢餓」状態とを区別することにあった。ちなみに「飢餓」とは「食料や特定の栄養素が差し迫って必要な状態」と定義されている(『メリアムウェブスター英語辞書』)。

米国農務省の試算によると、アメリカ国内で年間4,200万もの人々がこの食料不安の危機にあり、うち1,300万人は児童だ。つまり8人に1人、子どもの6人に1人が、十分な量の食料を持続的に入手できない状況で生活していることとなる。

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食料不安はアメリカのどの地域でも起きているが、「フィーディング・アメリカ」の調査結果では、地理的要因や都市の発展度合いによって異なることが示された(*)。食料不安にある人口の割合が最も高いのは南部で16.1%。次いで西部が13.7%、中西部が12.1%、北東部が11.8%であった。

*参考(英語):http://map.feedingamerica.org/

連邦政府による食料支援プログラム(Supplemental Nutrition Assistance Program 等)は4,300万人を対象に「飢え」に対する最初の防衛策となっている。しかし、受給資格が「収入」で判断されるため、実際に食料不安にある人たち全員が支援を受けられるわけではない。同じく「フィーディング・アメリカ」の試算によると、食料不安にある個人の26%が「収入が基準値を上回る」という理由で公的支援の多くを受けられないでいるそうだ。そして、食料不安にある児童の20%が、こうした支援を受けられない家庭で暮らしている。

州内でも最も深刻なのはフィラデルフィア郡

ペンシルバニア州のなかでも事態が深刻なのはフィラデルフィア郡だ。人口の21%、人数にして325,940人、ざっと住民の4人に1人が食料不安を感じている。フィラデルフィア郡は、「フィーディング・アメリカ」が発表している「アメリカで最も食料が不足している10郡」にもランクインしている(*1)。

*1 他にランクインしているのはロサンゼルス郡(カリフォルニア州)、ニューヨーク郡(ニューヨーク州)、ハリス郡(テキサス州)、クック郡(イリノイ州)、マリコパ郡(アリゾナ州)、ダラス郡(テキサス州)、サンディエゴ郡(カリフォルニア州)、ウェイン郡(ミシガン州)、タラント郡(テキサス州)。

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2005年、ドレクセル大学 (フィラデルフィア本部)の「ハンガー・フリー・コミュニティセンター」は、4歳未満の幼児の健康状態をモニターする小児科医ならびに公衆衛生研究者のネットワーク「チルドレン・ヘルスウォッチ」を立ち上げた。食料不安や貧しい暮らしを送る幼児の成長に関し、最新かつ広範囲な情報を提供している。

対象5都市に含まれるフィラデルフィア市は、セントクリストファーズ病院(ノースフィラデルフィア)に拠点を置き、これまでに1万人以上の医療従事者にインタビューを実施している。2016年には、4世帯につき1世帯が食料不安に苦しみ、子どもがいる世帯では8世帯につき1世帯が食料不安にあることを突き止めた。つまり、この10年で食料不安に直面している世帯数が2倍近く、食料不安に直面している子どもの数は3倍に膨れ上がったことが明らかとなった。

食料だけでなくエネルギーや住宅にも不安状態が波及

こうした子どもたちは健康診断で「不良」「可」と診断され、認知発達又は行動や情緒に問題がある可能性が高くなることも調査から明らかになっている。

また、3世帯につき1世帯が「エネルギー不安」にあることも報告されている。これは、健康的かつ安全な生活に欠かせない十分な暖房や電気を継続的に利用できない状況を意味する。エネルギーを確保できなければ、食料を冷蔵庫に保存することも、コンロや電子レンジで温めることもできない。

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さらに、3世帯につき1世帯以上がなんらかの「住宅不安」を経験しており、大人数がぎゅうぎゅう詰めで暮らしているケースや、(住まいを追われて)一年に何度も引越しをしなければならないケースもあった。低水準の住宅環境で生活している子どもたちは、鉛中毒やアレルギーになる可能性が高く、その結果、健康を害し、医者にかかることで仕事や学校に行けず、予期せぬ出費がかさむ事態になりやすい。

給食がない時期には空腹で過ごす子どもが急増

ペンシルバニア州教育省の2016年〜2017年の報告によると、フィラデルフィア郡にある306の学校のうち273校では、生徒全員が「無料給食プログラム」に登録している。フィラデルフィア郡全体で見ると、96.7パーセントの学生(未就園児から12年生まで18万人以上)が「無料または減額給食プログラム」を受けていることとなる。

フィラデルフィアの非営利フードバンク組織「Philabundance」は、夏休み中など学校がない期間には、7人中 6人の子どもが空腹で過ごしている可能性があると試算している。政府プログラム(*2)でも低所得層への食料支援を行なっているが、十分ではない。食べものに関する悩み相談ラインを開設する団体も増えているが、依然として地域全体に食料不安が広がり、子どもの成長に悪影響が出ていることを調査データは示す。

*2「National School Lunch Program」「Special Supplemental Nutrition Program for Woman, Infants & Children」「Supplemental Nutrition Assistance Program」等がある。

大学主導の試み:新課金方式のカフェとドキュメンタリー写真プロジェクト

先日、フィラデルフィアのランカスターアベニュー38番地に非営利のカフェ「EAT Cafe (Everyone At the Table)」がオープンした(*)。このカフェは、先述のドレクセル大学「ハンガー・フリー・コミュニティセンター」が地域のNPO組織とコラボして立ち上げたもので、支払い可能額だけ払う「Pay what you can」課金方式を導入している。(営業時間:水〜金曜の17:30-21:00 )

*参考(英語)https://www.eatcafe.org

「ハンガー・フリー・コミュニティセンター」では2008年より、食料不足や困窮状態にある家族の実生活を困窮者自らがドキュメント写真に残す「Witness to Hunger」プロジェクトを実施している(*)。写真展の開催や、政治家らに現場の状況を訴える素材としている。

*参考 (英語):https://www.centerforhungerfreecommunities.org/our-programs/witnesses-hunger

そして、問題解決に向け下記4つの方法を提案している。
1. 政府、法人団体、市民を巻き込み、飢えをなくすための包括的な国家プランを立てる。

2. 雇用主に生活に足る賃金の支払い及び世帯志向の労働方針を定めるよう促す。

3. 政府支援プログラムの改革を提唱し、市民をクリフ効果(*3)から救う。各世帯の真の自立を促す。

*3 総資産や収入が変化して閾値に抵触することで生じる急激な変化のこと。

4. 市民が安全に支援を求められるよう、社会福祉部門を説明責任を全うできる尊厳ある組織へと醸成させる。

学費の高騰に食料不安、アメリカの大学教育にまつわる憂慮すべき状況

授業料、下宿代、教科書代、食費。現役大学生や大学進学志望者たちに尋ねると分かるが、これらは彼らの生活から切り離せない。卒業証書というたった一枚の紙を手にするための最低必須要件だ。

しかし、授業料が上がるにつれ、この一枚の紙がますます高価かつ入手困難なものになっている。授業料の高騰と州政府の無策、学生ローンによる借金苦などで、大学が多くのアメリカ人にとって手が届かないものになっている。

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大学の教育問題を専門に扱う「高等教育政策研究所(Institute for Higher Education Policy、IHEP)」が2017年3月に発表した報告によると、低・中間所得層が学費を支払える大学はアメリカ国内の全大学のうち1〜5%程度にとどまる。

連邦政府による「ペル奨学金(*4)」も、以前はコミュニティ・カレッジ(2年制大学)にかかる全費用を支給していたが、現在のカバー率は約60パーセントに下がった。

*4 ペル奨学金は特定の状況 (早期退学、休学など就学状況の変更、他の奨学金や補助金をもらっている場合など)を除いて返済義務がない。受給額は年度により変動するが、2017〜18年の最大支給額は5,920ドル(約65万円)だった。

とはいえ、学生は教育を受けることを熱望しているし、もちろんそうあるべきだ。ジョージタウン大学の「教育・労働力センター(Center on Education and the Workforce)」が2013年に実施した研究によると、今後10年で生まれる5,500万の仕事のうち65パーセントは、なにかしらの高等教育や訓練を必要とするのだから。

数々の困難を乗り越えて大学入学を果たしたとしても、半数以上(56パーセント)の学生が食料不安を抱えていることが、ウィスコンシンホープ研究所の調査(コミュニティカレッジ70校、3万3000人の学生が対象)で明らかになった。

ニューヨーク市立大学が2010〜11年に行った調査でも、対象学生の40パーセントが、直近12ヶ月間を食料不足状態で過ごしたことがわかった。2012年と14年、カルフォルニア大学は学長ジャネット・ナポリターノの指示のもと、学内の15万人の学部生を調査。結果、26パーセントの学生が「節約」のために食事を抜いていることが分かった。

このように「食料不安」は多くの大学キャンパスに広がっている。にも関わらず、最近までほぼ議論されることがなかった。

2017年3月20日、米国会計検査院(United States Government Accountability Office)は、高等教育の現場における食料不足に関し、連邦政府による見直しを実施することを発表した。これまでにも、中学生・高校生の栄養状態や認知発達の研究はあったが、高等教育は見落とされがちだったのだ。

さらに気掛かりなのは、コミュニティカレッジの学生の半数が不安定な生活環境にあること。35パーセントの学生が家賃を払えず不安である、14パーセントの学生がホームレス同然の状態にあると回答している。

最後に、高等教育政策研究所(Institute for Higher Education Policy、IHEP)による大学費用問題を解決するための5つの政策介入をまとめる。

1. 連邦政府は「ペル奨学金」の保護・拡充に努める。

2. 州政府は公立大学や必要性に基づいた(Need-based)支援プログラムへの直接投資を拡充する。

3. 大学は予算編成をおこない、学生への支出を優先させる。

4. 財政に余裕がある大学は(寄付ないしは組織としての利益で)苦学生への学費引き下げをおこなう。

5. 学生が状況に応じた無理のない選択ができるよう、議会は消費者へ情報伝達とその透明性を向上させる法案を成立させる。


By Emily Taylor
Courtesy of One Step Away / INSP.ngo

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