ディオール・バルガスは、ラテン系アメリカ人のフェミニスト。メンタルヘルスの問題に精力的に取り組み、これまでに『Forbes』『Newsweek』『The Guardian』等の媒体に寄稿。ホワイトハウス主催「Champions of Change」(*)など数多くの受賞歴を持つ。

* オバマ政権下で実施されていた未来を切り拓く者たちをノミネートする取り組み。バルガスは「Disability Advocacy Across Generations」として選ばれた。

自らの実体験からメンタルヘルスの問題に熱心に取り組むようになったバルガス。有色人種コミュニティの人々が必要な支援を受けて心の健康を保てるよう勇気づけたい、さまざまな重圧に直面する有色人種の女性たちに「心の病と闘っているのは自分ひとりじゃない」ことを知ってもらいたいと考えている。




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Photo by Norman Jean Roy

2014年頃、彼女はこの問題について、より効果的に世に訴える方法を模索していた。彼女自身、子どもの頃から20代前後にかけて、何度も自殺を繰り返したことがあったからだ。

しかし、この問題についてインターネットで調べ始めた彼女が見つけたのは、白人(特に女性)の写真ばかり。悲しみに暮れ、打ちのめされた彼女たちの姿だった。

「その時、思ったんです。私も心の病を患っているけれど、いつもあんな風に打ちのめされてるわけじゃない。いつもそんな風だと思われたくないと」

「これが多くの人の現実なのでしょうが、ネット上の写真や記事には、私が属するラテン系アメリカ人コミュニティの人たちは見当たりませんでした」

心の病は「白人のもの」ではないことを示せる場を創りたい、そう思ったバルガスは、有色人種と精神疾患をテーマにした写真プロジェクト「People of Color and Mental Illness Photo Project」(参考)を立ち上げた。

最初に掲載したのはバルガス本人の写真。手にした紙には「私の名前はディオール・バルガスです。大鬱病性障害(*)を患っています」と書いて。

* 大鬱病性障害(Major Depressive Disorder): 鬱病性障害のうち、程度が重いもの。

すると、自分の名前と精神疾患名を書いた紙を手にした有色人種の写真が次々に投稿され始めた。

ー この写真プロジェクトは、有色人種コミュニティがメンタルヘルスへの「負の烙印」をハネつけるのに役に立つとお考えですか?

ええ、役に立つと思います。このプロジェクトによって、精神疾患を患った自身の経験と向き合い、自分と境遇が似ている人たちを知り、そこからつながりを見出せる、そんな機会を提供できていますから。

例えばこんなメッセージを書いた人がいたとしましょう。

「セラピストに診てもらったけど、私のアイデンティティや文化を理解してくれなかった。とても満足できる体験ではなく、また診てもらおうとはなりませんでした」

それを見て、「私にも同じ経験がある」と感じられる人がいる、そういうことです。

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©Pixabay

「自分一人じゃない」という感覚を、プロジェクト参加者だけでなく、このサイトを見た人にももたらしてくれる。さらには、このサイトを使って、オンラインで議論したり、友人や家族とこの問題について話し合うこともできます。

精神疾患は「白人のもの」と捉えられてきた嫌いがあり、有色人種の精神疾患についてはほとんど議論されることのなかったテーマだと思います。

ー 米国ではラテン系アメリカ人の10代の若者に自殺未遂率が高いといった統計結果(※)がありますが、なぜだと思いますか?

※ 米国の10代の中では(白人や黒人より)ラテン系アメリカ人が最も自殺率が高いという調査結果がある:参考

これには多くの要因が関わっていると思います。まず、ラテン系アメリカ人であるということは、ある種、文化の境界線を体験しているようなものです。つまり、非常に伝統を重んじ、文化的規範がしっかり存在し、コミュニティや家族を大切にする家庭で育つということです。そんな彼らが米国で暮らすことは(私の場合はニューヨークですが)、困難なことも多いのです。

米国は非常に個人主義の国です。自分のことは自分で責任を持ち、自力でやっていくべきと考えられています。米国に根付いているこの考え方は、有色人種のコミュニティや文化と相容れにくいものだと感じています。

特に、「家族ごと」が最優先されるラテン系アメリカ人コミュニティにおいては、自立心が入り込む余地などありません。何をするにも「家族」の文脈で考えられます。ですから、そうした2つの文化と対峙しながら、自分らしく自立した人間であろうとすることは、とても難しいのです。

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©Pixabay

さらに、ラテン系アメリカのコミュニティの女性には、極めて厳しい決まりごとが付いて回ります。文化的な考え・規範がのしかかってきます。上品で女性らしい立ち居振る舞いを求められ、外見についてもいろいろ言われ、自分を最大限よく見せようとしないと家族や育ちのせいにされる。ラテン系アメリカの女性たちが「自分らしくいられない」というのは、よくあることです。これは家族の関係性、特に母娘の関係性に影響します。

こうしたことが一人の人間の経験に大きな影響を及ぼす。女性たちはうんざりさせられ、落ち込み、惨めな気持ちになり、そこから逃げ出したいと思う。でも出口は見えない...だから自殺を試みる人が出てくるのだと思います。

ー 有色人種コミュニティの人々が精神疾患に関するサービスを受けるには、保険未加入であることや言葉の問題が障壁となります。それ以外にも原因はありますか?

保険に加入していないことは一つの要因ですが、たとえ保険がある人でクリニックの予約が取れたとしても、診察中にどういうことが起きると思いますか?

先ほど、セラピストを訪れても適切なケアを受けられなかった人の話をしましたが、セッションの時間を使って、患者が自分の文化についてセラピーに「教えてあげる」必要があるのです。本来それはセラピスト側がしなければならないことなのに。

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©Pixabay

特にアフリカ系アメリカ人の場合は「人種差別の意識」も大きな要因になります。専門家による診断が歪んだものとなりがちなのです。例えば、アフリカ系アメリカ人の男性は暴力的といった思い込みを持って診断をする等。医師が患者を診る上で、人種的な偏見が大きく影響してくることはあります。

さらに、社会的またはコミュニティや家族からの偏見もあります。「助けを求める」ということを「弱さ」とみられることが多いのです。自分の面倒も見きれないから助けが必要なんだ、セラピーを受けることは誰かに愚痴をこぼすようなものだろうと捉えられる。自力で解決できないのはその人が弱いからであって、そんなこと家庭の外に持ち出すべきではない、他人に話すべきではない...「セラピー」にはこうしたマイナスイメージがついてまわります。

在留資格なども関わってきます。多くの不法滞在者がいて、そうした人たちは、助けが必要な状況にあっても、強制送還されることを恐れます。このように、医師の診察を受ける以前に、助けを得られない要因がたくさんあるのです。

ー 女性は男性より鬱病になりやすいなど(※)、女性にまつわる気がかりな統計もあります。若い女性、とりわけ有色人種の若い女性をサポートする上で、どんなことができると思いますか?

※WHOのサイトによる:参考

私が考えているのは、家庭内暴力(DV)とそれが女性の健康に与える影響。社会的規範、女性に求められている振る舞い、こうあるべきという極めて狭い「枠組み」に束縛されてしまっていることについても思いを巡らしています。

女性やメンタルヘルスについての考え方を変えていかなければなりません。往々にして、女性はむげに扱われています。何を言っても、バカげてる、大げさすぎると一蹴される。そして女性たちは心を閉ざしてしまう。

「女は感情的だから」、「物事をマイナスに考え過ぎるから」と安易にカテゴライズされるようでは、自分の要望を尊重してもらえる、真剣に取り合ってもらえるとは到底感じられません。女性が自分の感情を表現できるよう、多様な形のサポートが求められていると思います。

※2018年9月、米オレゴン州ポートランドにて、「ジェンダー」の視点からメンタルヘルスの問題を考える会議「Grit and Grace Multicultural Women’s Health Conference」が開催され、バルガスも登壇した(今回の取材はその際に行われた)。登壇者が体験談を語るとともに、「双極性障害とともに生きる」「立ち退きがメンタルヘルスにもたらす影響」「メンタルヘルスにおけるホルモンの役割」等についてテーマ毎のディスカッションも実施された。

By Sarah Hansell
Courtesy of Street Roots / INSP.ngo


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