2016年にリリースされるや、大きな社会現象を起こした「ポケモンGO」。当初の爆発的な利用はおさまったものの、今でもヘビーユーザーがしっかりと使い続けている*。さらに昨今では、社会的に孤立している人々を救う上でもこのゲームが一役買っているという。ロイヤルメルボルン工科大学教授のラリッサ・ヒョースとカタルーニャ公開大学教授ジョルディ・ピエラ・ジメネスが、学術研究ウェブメディア『The Conversation』に寄稿した記事を紹介する。
*2019年6月Google Playゲームカテゴリの月間利用者数ランキングでは第2位(App Ape Lab)。
**
**
2016年7月初め、世界各地で奇妙な現象が起こった。バルセロナ、メルボルン、シンガポール、ニューヨークなどの街角に突如、スマートフォン片手に歩き回る人々があふれ出したのだ。
Image by natureaddict from Pixabay
彼らがプレイしていたのが拡張現実(AR)を利用したゲーム「ポケモンGO」。このゲームにより、デジタル情報と現実空間を重ねる「AR技術」が私たちにとって身近なものとなった。最盛期には、「ポケモンGO」に関するネット上の検索数がポルノ関連を上回るほどだった。
何事もひとたびブームが過ぎると、「今頃・・・」と思われがちだが、このゲームが本当に興味深い現象を起こしているのは、この後なのだ。
孫が引きこもりがちなおばあちゃんにポケモンGOを伝授
スペインのバダロナ*に住んでいる67歳の看護師ソフィアは、10年前に夫をがんで亡くした。深く落ち込み、なかなか立ち直れずにいた。そんな彼女を支えたのが娘や孫たちの存在だった。特に仲良くしていたのが7歳の孫ディエゴだ。二人は一緒にいろんな遊びをし、それぞれの世代の得意ワザを教え合ったりした。ソフィアに「ポケモンGO」を教えたのもディエゴだ。*バルセロナ中心部から10kmに位置する街。
一緒に町を歩き回りながら、ディエゴは身体の動きとデジタル空間がどう連動するのかをソフィアに見せた。ポケモンの捕まえ方も教えた。すると、ソフィアにとっては生まれてからずっと暮らしてきた町が、また違って見えてきたのだ。
Photo:David Grandmougin (Unsplash)
ほどなくしてソフィアは自分の「ポケモンGO」アカウントをつくり、ポケモンを捕まえたくて、いそいそと外を歩くようになった。スーパーや市場までのいつもの道のりが、ポケモンを探す“冒険”となり、ポケモンを捕まえたい一心でいつもと違うルートを歩くようにもなった。指先で動かすデジタル情報と周囲の環境が、精巧に重なり合っていった。
ノリのいい性格も手伝って孫ともさらに仲良しになり、異なる世代の人たちともつながれる手段を得た。ひところの勢いほどではなくなったと言われる「ポケモンGO」が、ソフィアの生活を明らかに豊かにした。おかげでソフィアは体調も良くなり、地域活動にも積極的に関わるように。孫のディエゴからすると、抜群にクールなおばあちゃんだ。
彼女のように、若い人のあいだではすっかり浸透し、「注目の的」ではなくなったテクノロジーが、高齢者の健康維持に楽しく役立ち、地域社会とつながっていける事例が増えているのだ。
スペイン・バダロナの町ではソーシャルワーカーが「ポケモンGO」を推奨
高齢になっても豊かな生活を送ってもらうには、「運動」と「社会参加」を促進していく必要がある。市が中心となって革新的かつ総合的な健康対策をすすめているバダロナ市ではなんと、ソーシャルワーカーが相談者に「ポケモンGO」の利用を勧めているという。Image by rottonara from Pixabay
「ポケモンGO」をプレイするには、他の人の協力が必要になることがある。例えば「レイドバトル*」に臨むには、プレイヤーたちが指定の場所で待ち合わせて、共に戦う必要があるのだ。
*他のトレーナーと一緒に「ボスポケモン」と呼ばれる強力なポケモンと戦う、協力プレイのこと。
未発表だが私たちが実施した調査では、メッセージアプリ「テレグラム」を用いて、レイドバトルの待ち合わせに関するデータを使用した。それによると、この町では2018年だけで6,000回以上のバトルがおこなわれ、計2万9,000人近くが参加、社会的なつながりを築いていた。
さらにソフィアの実体験から、「ゲーム」と「デジタル技術を用いた健康増進」について新しい考察が生まれた。ゲームで求められる操作性(スクリーンを触ることでポケモンをゲットする)が”動き”の認知力を助けることが分かったのだ。そのため、ソフィアのように視力が落ちてきた人にも向いていると言える。
デジタルゲームをプレイするために、触覚、聴覚、視覚を働かせて町を練り歩く。そして、世代を超えた交流も促進され、町のあり方が変わっていく。バダロナがその先例となっているのだ。
ゲームがあぶり出す「町の偏り」
「ポケモンGO」を戦略的にプレイしようとすると、身体を運かして社会に参加することを(自然に)促進してくれる。その反面、アプリとして町がデータ化されることで、“日常”に組み込まれている社会的・文化的・経済的な「偏り」をいっそう際立たせるところもある。アルゴリズム*によって、ポケモンGOが“重要でない”とみなす地域には「ポケストップ**」の数が少ないなど、地域格差が出てくるからだ。これは、社会的に排除されている人々が多い地域、町の中心部から遠く離れた場所にも同じことがいえる。
*問題を解くための数学的計算手順。プログラミング言語を使って記述されている。
**ポケモンを捕まえるための道具を手に入れられる場所。
とはいえ、バダロナで実施されている「豊かな老い対策」から学べることは多い。町歩きを促進するため新たなアプリを開発するのではなく、すでにあるものを楽しく活用しているのだから。このような行政による“都会的”な取り組みに注目すべきだろう。
Photo:Eduardo Woo(Flickr/Creative Commons)
ゲームの世界における「ひらめき」と「プレイ」を結びつけることで、デジタル世界にとどまらず、現実社会にも革新を起こす。人の幸せのために、テクノロジーと経験をどう組み合わせていけばよいのかについて、ヒントを与えてくれているようだ。
来るべき高齢化社会に向けた“幸せ”になるためのアプローチ、案外その鍵はゲームにあるのかもしれない。
By Larissa Hjorth and Jordi Piera Jimenez
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo
*ビッグイシュー・オンラインのサポーターになってくださいませんか?
ビッグイシューの活動の認知・理解を広めるためのWebメディア「ビッグイシュー・オンライン」。
上記の記事は提携している国際ストリートペーパーの記事です。もっとたくさん翻訳して皆さんにお伝えしたく、月々500円からの「オンラインサポーター」を募集しています。
ビッグイシュー・オンラインサポーターについて
過去記事を検索して読む
ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊350円の雑誌を売ると半分以上の180円が彼らの収入となります。