原子力規制委員会が「新しい」検査制度を来年4月から導入しようとしている。括弧書きにしているのは、この制度が実は福島原発事故前の原子力安全・保安院の時代に導入が承認されたものだからだ。

当時、国内第1号の適用として、東北電力が東通原発(青森県)で導入を進めていたのが「定期検査間隔を13ヵ月から16ヵ月に延長すること」だった。しかし2011年の福島原発事故によって見送られた。承認された制度は導入されることなく、白紙撤回されたと思っていた。ところが、ゾンビのように復活してきた。







追加の安全対策に5兆3千億円超
資金回収のため運転時間を増やす?

「新」検査制度は、
①運転期間を最大24ヵ月まで延長できる、
②ヒビや不具合が見つかっても、この寿命を評価して次の定期検査まで壊れない場合には運転を継続できる、
③検査は事業者の検査とし国は検査しない(立ち会うだけ)
といった内容。傷が見つかれば原発を止めて修理するのが当たり前だったが、②のように必ずしも止めなくてもよいことになったのだ。規制の大幅緩和である。

報道によれば、事故後に導入された規制基準に適合するために電力各社は追加的な安全対策等に5兆3千億円の費用を必要としている。筆頭は東電と関電だ。ともに1兆円を超える。工期が延びたり、工法が計画と異なったりすれば、さらに高くなることになる。

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電力会社にとっては、「新」検査制度によって原発の運転時間が増え、原発を効率よく利用できることになり、投資した資金を回収しやすくなる。ゾンビ的復活は電力会社が強く求めた結果なのだろう。

隠ぺい・改ざんの事例多数なのに原子力規制庁は書類チェックのみ

安全の確保は大前提というが、電力各社の過去の所行を顧みると極めて疑わしい。02年には、東京電力が過去十数年にわたってトラブルを隠していたことが内部告発から明らかになった。ひび割れを報告しなかったり、発見日を改ざんしたりしていた。また、報告せずに補修し、その痕跡を隠す、あるいは格納容器の密閉性が基準を満たしていなかったので、応急対応で定期検査をすり抜けるなど、あきれるばかりの内容だった。

なかでも多い隠ぺい事例は、原子炉内部で燃料を取り囲むシュラウドという構造物に起きたひび割れ隠しだ。当時東電は17基の原発を持っていたが、このうち14基で隠ぺいが行われていた。改ざん・隠ぺいは他の電力会社でも同様で、04年、さらに07年にも発覚している。②はこれを契機に導入されたが、罰則を強化する一方で、すぐに停止・修理しなくてもよいように緩和したのだった。 

04年には美浜原発3号機(福井県)で、高温の蒸気が通っている配管が破断して蒸気が噴き出し、5人が死亡、6人が重火傷を負う事故が起きた。配管部分は1976年の運転開始以来28年間1度も検査されておらず、2回前の定期検査で点検漏れは判明したものの先送りされていた。それだけではない。死傷事故につながったのは、検査準備を原発の運転中に進めたからだ。それも定期検査期間を縮めて原発の設備利用率を高めるためだった。

事業者検査に任せてしまえば、運転中の検査や隠ぺい、事故などが増えるに違いない。見つかった損傷が次の検査まで耐えられるかの評価が正しく行われるとも言い切れない。原子力規制庁は書類が正しく記載され整理されているかを定期的にチェックすることになるが、書類検査だけでは不正は見抜けないだろう。

24ヵ月も連続して運転するためには、ウラン燃料もそれに対応できるように濃度を上げなければならない。これは高燃焼度燃料と呼ばれているが、燃料棒の鞘管にも亀裂が起きて放射能が漏れ出す危険が高まる。一般に、高燃焼度燃料は使用済み燃料の再処理を困難にする。トラブルがうまく回避できたとしても、使用済み核燃料は増え、政府の掲げる全量再処理政策はいっそう困難になり、長期貯蔵を余儀なくされることになる。
こんな検査制度の下で、40年を超えて60年も運転を続けられたらたまらない。原発の経済性を上げるためだけのこれらの方策は、新たな事故を待つようなものだ。

(伴 英幸)

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(2019年9月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 366号より)

伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけとして、脱原発の市民運動などにかかわる。89年脱原発法制定運動の事務局を担当し、90年より原子力資料情報室のスタッフとなる。著書『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)
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