電車に乗り合わせた見知らぬ人から突然、暴言を吐かれたらあなたはどう思うだろうか。きっと驚いて、しばらくは不快な思いをしてしまうだろう。しかし、この暴言が自分の意志とは関係なく出てしまう病気の症状だとしたら?実はこれは、“トゥレット症”の症状のひとつなのだ。


この記事は、2020年10月31日に開催されたオンラインイベント「トゥレット症候群ってなんだ? 当事者の経験をスポーツを通じて考える」のレポートです。
主催:NPO法人ダイバーシティサッカー協会


今回ゲストとして登壇したのは、ホームレス状態の方を中心としたフットサルチーム、「野武士ジャパン」で活動している、トゥレット症当事者の菊地涼太さんと、チック症当事者でありビッグイシュー販売者でもある吉富卓爾さんの2人。司会はNPO法人ダイバーシティサッカー協会とビッグイシュー基金のスタッフである川上翔が務めた。

小学生での発症。多感な時期に人目にさらされる病気

トゥレット症とは、複数の運動チック*1と1つ以上の音声チック*2が1年以上継続した小児期に発症する神経疾患(発達障害)のことを指す。

*1まばたきや首振り、顔や口をしかめるなどの不随意の動作性の症状
*2 「あ、あ」「ん」などの声や咳払いなどの不随意の音声の症状



トゥレット症_1
トゥレット当事者会ホームページより


菊地さんがチック症を発症したのは小学校4年生のとき。中学生のときにトゥレット症と診断され、20歳を過ぎた今もなお症状は続いている。

「小4のときに初めて、首を早く回すチック症状が出ました。『あ』という音声チックが始まったのは中1の夏。それが1年以上続いたので、トゥレット症という診断を受けました。小学生のときはからかわれたり、石を投げられたり。友達だと思っていた人がさーっといなくなってしまって、すごく辛い思いをしましたね。中学生になると、『あいつどうしたんだよ』とか、『きもい』とか、陰で言われていたこともありました」

一方の吉富さんにチック症状が出たのは、小学校2年生のとき。

「初めは首振りの症状が出て、それが小学校5年生くらいまでどんどんひどくなっていきました。腕を振ったり、嗚咽が出たり、窒息するような声を出してみたり。あとは、周りによく迷惑をかけてしまったのが、白目。意識が遠のいてるわけではないんだけど、どうしても白目になってしまう。心配した先生によく、保健室に行きなさいと言われてました」

当時の吉富さんをことさら悩ませたのは、母親からの理解が得られなかったこと。チック症の認知が低かった時代背景もあり、吉富さんの母は吉富さんが障害だと認めようとしなかった。

「僕が症状に気付いたのは、母からの指摘でしたが、首をふっている僕に対して母が言ったのは『ふざけるのはやめなさい』という言葉。家族は、だれも病気だとは思っていませんでした。あるとき父親が雑誌の記事でチック症のことを見て、もしかして、と気付いたのですが、母は『これは個性なのだ』と言い張って、なかなか病院には連れて行ってくれませんでした」

親戚の勧めで吉富さんが初めて病院で受診したのは、発症から実に6年が経った中学2年生のとき。周囲の理解があれば、吉富さんの少年期はもう少し違ったものになっていたかもしれない。

自分の意志では止めることができず、治療法も確立していない、トゥレット症

トゥレット症は、原因の解明が進んでいない病気だ。

大脳基底核、前頭葉、脳内神経回路、神経伝達物質の問題とも言われているが、詳しい事は未だわかっていない。薬物療法や脳深部刺激療法(DBS手術)などの治療法がいくつか存在しているが、万人に効くというわけではなく、100%完治する保障はないのが現状だ。

トゥレット症(チック症)を悪化させる要因(チックトリガー)として、生活環境やストレス、心理的要因、その他の疾患・障害などがあげられます。

アメリカ神経学会によると子供のトゥレット症有病率は0.4%~1.5%(平均値を取ると100人に約1人)、慢性チック症となると約2倍の0.9%~2.8%(平均値を取ると100人に約2人)、成人のトゥレット症有病率は明確なデータはないものの1000人に1人とも言われています。

チック症状は統計からすると悪化や改善を繰り返しながら10歳~12歳頃をピークに成人期初め頃までに消失または軽快すると言われています。

しかしながら大人になってからも症状が継続する場合もあり、またチック症状の重症度によっては日常生活に大きな支障をきたす為、周囲の理解が欠かせません。

出典:トゥレット症当事者会のホームページ

症状も自傷行為をともなう重いものから軽いものまでさまざまで進行具合にもばらつきがある。このばらつきが、トゥレット症への認知が広がりにくい要因のひとつとも言える。

ひどくなる汚言症、暴力の的に

菊地さんを中学2年から悩ませている症状が「汚言症」だ。自分の意志とは関係なく、公的にふさわしくないような卑猥な単語、人に対する冒涜的な言葉を発してしまうチック症状のことを言う。今でも認知は広まっていない。

そんな菊地さんに大きな事件が起きたのは、中学3年生のとき。

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「通学途中の電車で向いに座っていた男性に暴言を吐いてしまい、降り際に殴られました。一瞬何が起きたか理解できませんでしたが、自分の暴言がきっかけだから殴られてもしょうがないと。ただ、ここから電車に乗れなくなり、学校へは親の車で送迎をお願いしていたのですが、精神的にもだんだん辛くなり、家に閉じこもるようになりました。」

菊地さんはこの後2年ほど家にひきこもることになる。汚言症が出てしまうのではないかと思うと、社会に出ることが怖くなり、なかなか外に出られない。車内での暴言のようなことが起きてしまったあとでは、相手に対して説明するのも難しい。汚言症への認知が広がらないのはこのような背景がある。

菊地さんの体験がよくわかる、インタビュー動画はこちら



一方の吉富さんも、発症時から辛い思いをしてきた。

「首をまわすチック症状が出ていた小学生のときは、首をまわしたら殴るぞ、と言われて。自分の意志では止められないから、よく殴られていましたね。20歳過ぎたら良くなると言われていたが、軽くなっただけ。それでも地元にいたときは普通の人として接してくれる人が多かったのですが、都会に出たら変な人として扱われるようになって。派遣社員の寮に住んでいたときは、人より首を振ったりすると、てんかんじゃないかとか、病気なんじゃないかと言われたり、『ふざけるな』といきなり殴られたこともあります」

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2人とも、この病気が原因で暴力を受けたことがあると言う。さらに吉富さんは、一時期はホームレス状態を体験しているが、ホームレスになったきっかけの事件も、チック症が大きく関係していたと思われる。

「朝礼前に突然、何の理由もなく、今すぐ帰れ、お前のようなものはいらないと言われて、寮を出ることになってしまいました。それが神奈川県の金沢八景という場所だったのですが、行く当てもないので新宿までとぼとぼ歩いて行って。そこからホームレス生活が始まるわけです」

吉富さんはホームレス状態になったあと、たまたまビッグイシューの存在を知り、長年ビッグイシューの販売を続け、現在はアパート生活になっている。世の中がチック症について理解のある人ばかりであったら、吉冨さんは路上生活になっていただろうか?

必要なのは周囲の“温かい無視”。あとは自分の勇気ある一歩で世界は変わる

「周囲の人間がトゥレット症、チック症に対してできることは」という川上の質問に、

「もしチック症やトゥレット症の人を見かけたら、良い意味で無視してほしいなと思います。それを僕たちは“温かい無視”と呼んでいるんです。理解するかしないかは個人の自由だと思うのですが、奇異な目で見られるのは辛いこと。症状を見ても、そっとしておいてくれたらうれしいです。僕は初めて出会った人には全員に症状のことを説明しているのですが、それができない人もいるので」と菊池さん。

吉富さんも「はじめはびっくりするかもしれないが、そっとしておいてほしい」と言葉を重ねた。菊地さんの言う、“温かい無視”が社会に広がれば、症状はなくならなくても、当事者の心理的負担はずっと減るだろう。

当事者や当事者家族へのメッセージを聞かれると、2人は共通して「殻に閉じこもらず、楽しみを見つけること」と話してくれた。

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吉富さんは、高校時代からブルーハーツのコピーバンドやエアギターなど、夢中になることを探してきたと言う。

「チック症があるからと言って自分はだめなんだと思わないで、自分ができることにトライしてみる。もし自分で見つけられないなら、周りの人がその人の個性を見て、見つけてもいいと思う。選択肢を3つ4つ用意すれば、本人が興味を示してくれるのではないかと思います」

吉富さんはホームレスワールドカップ*3の出場経験を持っているが、プレイ中はボールに集中しているためかチック症がほとんど出ないと言う。もし症状が出ても、出場者はさまざまな背景を抱えているため、気にする人はほとんどいないのだ。

*3 毎年行われているホームレス経験者・当事者によるサッカーの世界大会。 https://homelessworldcup.org/


菊地さんもひきこもっていた時期に、友人が連れだしてくれた高尾山で、自分の人生に大きな影響を与える出会いがあったと言う。

「登山の途中で、たまたまビッグイシュー基金のスタッフの方がコーヒーの淹れ方に困っているところに遭遇して、友人が声をかけたんです。そこで意気投合して、僕の症状のことも含めてたくさん話しました。そうしたら『今度、野武士ジャパンの練習に来ない?』と誘ってくれて。参加するにはとても大きな勇気が要ったのですが、行ってみたら、すごく居心地が良くて、楽しくフットサルができました。一歩を踏み出す勇気を持ったら、世界が変わったんです」

その言葉を受け、川上は「自立というのは依存先を増やすことだと、東大の熊谷晋一郎准教授が言っている。自立はひとりで解決することではなくて、いろんな人に助けてもらったり、夢中になるものを見つけたり、居場所を見つけることなのかもしれない」と話した。

病気や障害がある人生とない人生を選べるとしたら、どちらを選ぶ?

また、イベント参加者から、「もし病気や障害がある人生とない人生を選べるとしたら、どちらを選びますか?」と質問されると、菊地さんは「難しい質問」と前置きしつつも、次のように答えた。

「もちろん症状はなくしたいし、障害のない人生を経験してみたい思いもあります。でも、症状があったからこそ、ビッグイシュー基金のスタッフ、野武士ジャパンのメンバー、川上さん、吉富さんなどさまざまな人と出会えたし、痛みを経験したことで、人の痛みや経験に共感して寄り添うことができるようになったと思う。自分としてはそちらのほうが大きなウェイトを占めているので、症状は残ったままでもいいのかなと思っています」

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2人はチック症やトゥレット症による辛い過去を持ちながらも、あたたかく他者への配慮に満ちた話し方をする。それは菊地さんが言うように、自分の痛みを通して他者へ寄り添っていること、そして2人がスポーツを通して、自分の人生を楽しんでいるからかもしれない。

多様なバックグランドを持つ人々が集い、共に汗を流す。その瞬間は、障害も貧困もない。吉富さんも、「みんな自分のチックのことなんて見てないしね。みんな見てるのは、ボール(笑)」と笑う。

野武士ジャパン、ダイバーシティサッカー協会では、ホームレス状態の方だけでなく、菊地さんのように社会で生きづらさを抱えた若者にも「自分らしくいられる場」を提供している。トゥレット症、チック症への認知を進めるのと同時に、このような活動への理解・参加、応援が広がれば、たとえチック症がなくなることはなくても、だれも障害について悩むことのない、生きやすい社会になっていくだろう。

ダイバーシティサッカー協会では、今後もさまざまなゲストとともに、あるテーマについて深堀りし、探り、潜るオンラインイベントを開催する予定。

次回イベントにもご注目いただきたい。

オンラインイベント「トゥレット症候群ってなんだ? 当事者の経験をスポーツを通じて考える」動画アーカイブ


NPO法人ダイバーシティサッカー協会
https://www.facebook.com/Diversity.soccer/

(Text:上野郁美) 参考サイト:


野武士ジャパン
https://www.nobushijapan.org/

※「トゥレット症」「トゥレット症候群」「トゥレット障害」などいろいろな診断名の表記があるが、米国精神医学会DSM-5によりトゥレット症とされたため、この記事では「トゥレット症」で統一しています。

*サムネイル写真:Photo-ac






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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。