新型コロナウイルスの流行で「ワクチンの本格展開」が待たれる昨今だが、有効なワクチンの誕生・流通が実現するまでには、適切な研究・開発・万全の試験、費用や入手のしやすさの問題、政府および公共機関の信頼回復、反ワクチン陰謀説の誤りを暴く必要性...まだまだ険しい道のりが待っている。オックスフォード大学の調査専門家サマンサ・バンダースロットが、過去のパンデミックからの学びについて解説する。

Image by Arek Socha from Pixabay
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新型コロナウイルスのワクチン開発に関するメディア報道をチェックしている人なら、依然さまざまなリスクがあることをご存知だろう。歴史を振り返っても、ワクチン開発にこれほど注目が集まるのは、おそらく20世紀半ばのポリオ流行時*1 以来ではないだろうか。

*1 ポリオウイルスが原因で麻痺などを起こす病気で、5歳未満の子どもが感染しやすい。1950年代まではしばしば世界各地で流行。その後、 不活化ワクチンに次いで生ポリオワクチンが開発され、定期接種されることにより多くの国で患者が激減していった。

現在、新型コロナウイルスの感染対策として大規模集会や移動が制限され、社会に大きなひずみをもたらしているが、1950年代のポリオ流行時も、幼い子どもを持つ親にとってはまさに恐怖で、ポリオウイルスが壁の隙間をぬって侵入してくることを恐れ、夏のあいだ窓を締め、息苦しいくらい蒸し暑い室内に子どもたちを隔離したものだった。

1955年、米国でポリオワクチンの開発が成功し、世界中が歓喜した。何百万人もの市民から集まったワクチン開発資金の寄付、政治家たちの多大な尽力、公と民間の科学部門の協力が実を結んだのだから。開発を主導したのは医学者ジョナス・ソーク。史上最大規模の治験には、米国全土の子どもたちが参加した。

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Photo by National Cancer Institute on Unsplash

ワクチン接種で感染した恐怖の「カッター事件」

しかし、ワクチンが世に出てからも事故やトラブルは起きた。大変ショッキングな出来事の一つ「カッター事件」では、カリフォルニアの製薬企業カッター社が製造したワクチンに生きたポリオウイルスが混じっていたため、接種した20万人超の子どものうち7万人がポリオに感染、うち200名が麻痺症状をきたし、10名が死亡したのだ*2。

*2 参照:『The Cutter Incident: How America’s First Polio Vaccine Led to the Growing Vaccine Crisis』by Paul A. Offit

この事態を受け、米国では薬品の安全性を保証する規制が大幅に強化された一方、製薬会社がワクチン開発に二の足を踏まないよう、製薬会社を訴訟から守るための新たな法律も成立した。当然のことながら、事件後はワクチン接種を躊躇する動きが広まった。

当初、予防接種は“直接的な疫病対策のツール”で、感染が広がっているあいだに接種するものと考えられていた。その後、健康に関する教育やキャンペーン、予防接種への資金援助、各政党が方針を超えた支援を行ったおかげで、「ワクチンの予防接種」が世界的に公衆衛生の柱となっていった。今でこそ、子どもたちが一定の時期に予防接種を受けることが一般的となっているが、そこに至るまでには長い時間を要したのだ。

そして1980年に地球上から天然痘が根絶*3 されて以降、ワクチン接種に対する人々の期待や希望がさらに高まったのは当然のことだった。

*3 1967年、WHOが天然痘根絶に向けた強化計画を開始。世界的に予防接種と観察が広まり、1977年のソマリアでの発症ケースが最後。1980年、WHOが天然痘の根絶宣言を出し、公衆衛生の歴史における最大の快挙として知られている。

エイズワクチン開発を阻んできたもの

20世紀における次なる大きな感染病、「エイズ(AIDS:後天性免疫不全症候群)」が発生したときも、当然、ワクチン接種に注目が集まった。1984年、科学者たちがエイズの原因はヒト免疫不全ウイルス(HIV)にあると突き止めるやいなや、当時の米国保健福祉長官マーガレット・ヘックラーは「2年以内にワクチンができる」と発表した。

しかしあいにく、HIV感染症に関するさまざまな側面がワクチン開発を困難にしており、2020年の今日になってもエイズワクチンの開発は成功していない。今のところ、エイズの治療手段として最も効果があるとされているのは、「抗レトロウイルス薬」というエイズウイルスの複製過程におけるさまざまなステップを阻む薬を組み合わせたものだ。

また、エイズという病気に対する偏見も、感染症が拡大する原因となった。エイズの発生当初、公衆衛生当局は、血液や精液と具体例を示さず、体液によって感染するとあいまいな言い方をしたため、“接触しただけで感染する病”という誤解を生んでしまったのだ。

ワクチンに対する政治家の動きを注視せよ

そして現在の新型コロナウイルス。多くの人がコロナ禍以前の「日常」に戻ることを望んでおり、そのために最も信頼できる方法がワクチンである。しかし一般の人々はワクチン誕生を強く望むと同時に、ワクチン開発スピードへの懸念、新しいワクチンに対する警戒心、製薬会社・政府・いわゆる“医療企業” への不信感とのあいだで揺れ動いている。

英国では、新型コロナウイルスが拡大する中で、地域の支援活動も盛んに行われている。年配の人や自己隔離で外出できない人たちに食料品や薬を届ける動きが次々と立ち上がり、政府からの注意喚起に耳を傾けようと呼びかける人たち、治験に積極的に加わろうとする意思も見られる。

だが、ワクチン開発に政治が占める位置は大きく、政治家たちが「ワクチン」をダシにして支持率アップを目論む、選挙時に票を集めようとする可能性も否定できない。人々のワクチンの受け止め方はうつろいやすい。リーダーたちがあからさまに政治的思惑から自国のワクチン政策を推進したなら、途端に国民の信頼を失い、厳しい目が向けられるだろう。ポリオワクチンのとき同様、世界が注視している。

By Samantha Vanderslott (research lecturer at the University of Oxford)
Courtesy of The Conversation / INSP.ngo


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