寂しさをまぎらわすためにペットを飼う高齢者は多いが、「最後まで愛情を持って世話ができるのか」「多頭飼育が崩壊してしまうと地域の負担が大きくなる」など、高齢者がペットを飼い始めることに反対する人も多い。一方で、高齢者がペットを飼うことにはメリットがあり、社会的サポートをすべきだという主張もある。「高齢者のウェルビーイング(well-being)」を研究テーマとするカナダ・クイーンズ大学の非常勤准教授L.F.カーヴァーによる記事を紹介する。
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カナダでは「高齢化」に関する全国調査「Canadian Longitudinal Study on Aging (CLSA) 」が実施されており、調査開始時に45歳から85歳のカナダ人5万人以上を20年以上にわたって追跡調査している。その調査データを分析したところ、高齢者(65歳以上)の3分の1以上がペットを飼っており、(ペットがいることで)社会との関わり度合いや生活の満足度が高まる人たちが多いことが明らかとなった*1。
*1 参照:『Pets, Social Participation, and Aging-in-Place: Findings from the Canadian Longitudinal Study on Aging』(2018.4)
人とペットとの関係性は健康面に大きく影響する/Shutterstock photo
筆者の研究テーマは「社会的公正と高齢化」で、特に「人と動物との絆」に関心を持っている。最近では、エイジング・イン・プレイス(詳細後述)や地域サポートに関する政府向け報告書を共著でまとめた。その一環で、ペットに関する地域支援について調査したが、カナダ国内にはペットを飼っている高齢者への公的支援は皆無だった。人と動物との関係性はますますクローズアップされているというのに......。所詮ペットのこと、大した問題ではないと思われるかもしれないが、ペットとの関係性は人間の心身に驚くほど影響することが分かっているのだ。人とペットの絆を守ることは、長い目で見れば医療費の削減にもつながりうるのだ。ペットにかかる費用のやりくりに困っている人たちへの公的支援があってもよいのではないだろうか。
住み慣れた場所で大切なペットとともに老いる環境を守る必要性
「エイジング・イン・プレイス(Aging in Place)」とは、米国疾病予防管理センター(CDC)では「年齢、収入、能力にかかわらず、自宅や地域社会で安全かつ自立して心地よく暮らせる能力」と定義している。エイジング・イン・プレイスを確保できれば、慣れ親しんだ場所を離れることによる心身の不調に見舞われることがない。さらには、うつ病のリスクが減り、自分らしさをキープしたまま、家族や友人、地域の人たちとつながりを持ち続けることができるだろうと。今の時代、ペットは大切な家族の一員で、多くの高齢者にとっては特にその思いは強いのではないだろうか。ペットを飼うことで仲間意識を持てる相手ができ、より健康に過ごせることは、さまざまな研究が示しているとおりだ。ドイツとオーストラリアでの長期的な調査*2によると、常にペットを飼っている人はそうでない人よりもはるかに健康的で、病院の受診回数は年間で約15%低かった。また、心血管疾患のリスクが低くなる、血圧やコレステロールも低めになることを示した研究もある。
*2「Pets and Human Health in Germany and Australia: National Longitudinal Results」(2007)
高齢者の多くにとってペットは大切な家族/Shutterstock
「ペットと近所の人との関わり」について、4都市(豪パース、米サンディエゴ、ポートランド、ナッシュビル)の住民約2,700人を対象とした調査*3では、ペット所有者は近所の人たちとコミュニケーションを取り合う可能性が高く、ペットを介して知り合った人を“友人”と捉えている率が高かった。そうしたことから、孤独を感じにくく、地域活動にも積極的に関わっていることが示された。
*3「The Pet Factor - Companion Animals as a Conduit for Getting to Know People, Friendship Formation and Social Support」(2015)
しかし、老後の生活資金が十分でない高齢者にとっては、ペットの世話にかかる出費が厳しい場合もある。ペットを飼うことで生活の質(QOL)が向上する、より健康的に暮らせるなどのメリットが明らかであるのなら、高齢者がペットを飼いやすくなる地域支援プログラムがあってもよいのではないだろうか。それが、ゆくゆくは医療や社会保障にかかるコスト削減にもつながるのなら。
猛暑、自然災害。ペットと暮らす高齢者への地域支援
高齢者がペットと暮らす上でもう一つの懸念点は、近年の激しい気候変動がある。年々厳しくなる猛暑、さらに干ばつや洪水といった自然災害は、今後さらに頻発すると予測されている。高齢者が特に猛暑に弱いことはすでに十分なエビデンスが上がっており*4、基礎疾患がある人や社会的に孤立している高齢者はそのリスクがさらに高くなる。*4 研究の一例:「General Practitioners’ Perceptions of Heat Health Impacts on the Elderly in the Face of Climate Change—A Qualitative Study in Baden-Württemberg, Germany」(2018)
ペットを飼っている高齢者なら、大切なペットを家に残して自分だけ涼しい場所に出かける選択はなかなかできないことだろう。低所得層の高齢者なら自宅にエアコンがない場合もあるだろう。低所得層の高齢者が猛暑の最中でもペットとの生活を続けられるようなサポートは何かできないものだろうか。
また、自然災害の際などに避難すべき状況であっても、ペットがいることがネックになる場合がある。ペットを連れていけないなら、避難所行きを躊躇する人たちがいるのだ。高齢者がペットを連れて避難できるような体制を整えられれば、避難指示に従う人も増えるのではないだろうか。実際、米国では大切なペットを非難させられるよう防災計画や災害準備訓練を見直す動きが出てきている。
カリフォルニアで発生した山火事でペットと共に避難する人(2018年11月8日)/ AP Photo(Noah Berger)
高齢者がペットと過ごす数々のメリットを踏まえ、「ペットと暮らす高齢者」へのサポートをさまざまなかたちで地域支援に取り入れることが検討されるべきと考える。
著者
L.F. Carver
Adjunct assistant professor, Queen's University, Ontario
※ 本記事は『The Conversation』掲載記事(2019年8月1日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
<オンライン編集部追記>
上記記事に反論するわけではないが、ペットを飼ってる人はそもそも社会的・経済的に恵まれていることが多いのだから、その点をしっかり考慮した調査を行わないことには、安易に“ペットを飼っている人はペットを飼ってない人より健康的とは言い難い” とする研究ならびに論調もある。
参照:Exploring the differences between pet and non-pet owners: Implications for human-animal interaction research and policy
Cats Are Not Medicine: Pets don’t actually make people healthier, according to a new analysis. Ability to own a pet does.
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