「中学校でうつ病と摂食障害を発症し、なくしていた自信を取り戻せた。それが、就職にもつながったと思う」「統合失調症で人と関わるのが苦手だけど、夢中で楽しんでいる間にキャプテンを任されるようになった」精神疾患・精神障害のある人がそう話す、“自信回復の場”がある。それが“ソーシャルフットボール”。今や、全国にその競技人口は2,000人、チーム数は160にも及ぶという。

この記事は、2020年12月19日に開催されたオンラインイベント「精神障がい者フットボールとは何なのか?~排除に抗するサッカー vol.2~」のレポートです。

主催:NPO法人ダイバーシティサッカー協会
ゲスト:
「インクルーシブフットボールクラブ Half Time」代表の平山惣一さん、選手の出麹早紀さん
「千葉『共に暮らす』フットボール協会(通称トモフト)」副理事長の降屋守さん、トモフトに加盟するチームのひとつ「ブルースカイ」のキャプテン、山内俊哉さん
司会:ビッグイシュー基金のスタッフであり、NPO法人ダイバーシティサッカー協会の川上翔

ソーシャルフットボールとは

ソーシャルフットボールとは精神障がい者サッカー・フットサルの総称で、主にフットサルが行われている。うつ病や統合失調症、パニック障害などの精神疾患・精神障害のある人が参加している。
2007年に大阪で、そういった人々を対象にしたフットサル大会が行われたことがきっかけで、全国に広がっていった。

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スポーツは、精神疾患・精神障害のある人も含め、脳や身体機能の向上、精神状態、生活面へ改善などが認められている。
出典:一般社団法人 大阪ソーシャルフットボール協会



そして今回参加した2団体は、精神疾患・精神障害のある人だけでなく、その支援者、もしくはその場の理念に共感した人々が障害の有無、年齢、国籍、性別に関係なく参加できるインクルーシブな活動に重きを置いている。

「千葉『共に暮らす』フットボール協会」、通称トモフトはチームではなく、千葉県内のソーシャルフットボールチームの連携、情報発信を目的とする協会で任意団体。2010年に開催されたソーシャルフットサル大会、千葉コルツァカップの実行委員をベースに作られた。

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▲ブルースカイの山内さん(左)とトモフトの降屋さん(右)

「精神疾患がある人たちが段階的にコルツァカップ実行委員会に参加するようになり、2015年9月にトモフトが設立されました。トモフトフットサルの開催、県内チームやチームを運営希望者のサポート、情報発信とネットワーク形成を行っています」


千葉『共に暮らす』フットボール協会
千葉県内のフットボールを通じて精神疾患・障がいを持つ方やひきこもり等の当事者支援をしている団体で設立された協会。各種フットサル大会や定期的なフットサル教室の開催等を通じて、すべての人のメンタルヘルスに関する正しい知識とフットボールの楽しさを広く普及し、誰もが生きやすい『共に暮らす』環境・社会づくりに寄与することを目的として活動している。
詳細 http://tomofuto.org/



一方、大阪で活動をするインクルーシブフットボールクラブ Half Time代表の平山さんは、活動の経緯をこう話す。

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代表の平山惣一さん(左)、選手の出麹早紀さん(右)

「元々僕が勤務していた病院でフットサルチームが立ち上げ、そこに地域の支援者が参加するようになりました。病院のクラブと別建てで、疾患があってもなくても参加できるフットサルクラブを立ちあげる事になり、2009 年 1 月に活動開始しました。次第に精神疾患・精神障がいのある方の参加が増えて、大会に参加したいという参加者の声を受けクラブの中に、ソーシャルフットボールチームを立ち上げました。ソーシャルフットボールの活動と、インクルーシブフットボールの活動を合わせてHalfTimeというクラブになっています。」


インクルーシブフットボールクラブ Half Time
“誰でも・怪我なく・楽しく”をモットーに南大阪を中心に活動するフットサルクラブ。定期的な練習会や講習会に加え、インクルーシブなフットサル大会「Half Time Cup」の開催や精神疾患・精神精障がいのある人が参加するソーシャルフットボールチームの運営も行う。

詳細 https://halftimeosaka2.wixsite.com/top-page

日本各地にソーシャルフットボールのチームは数多く存在するが、今回イベントに参加した2団体が特徴的なのは、だれもが参加できるインクルーシブな大会を主催している点だ。Half Timeがフットサル大会Half Time CUPを主催するようになったのは2012年。当時の時代背景が大きく影響していると平山さんはいう。

「私が精神医療機関に携わり始めた頃は、偏見との戦いでした。家を借りるときも、精神障がいがあると分かった瞬間に、貸してくれなくなったりとか…。差別や偏見がなぜ生まれるかというと、“知らないから”だと思うんです。知らないから怖いとか、怖いから距離をあけようとする。そこで生活のなかで交流する機会がいっぱいあれば変わってくるんじゃないかと」

今ではHalf Time CUPはプロサッカークラブ、セレッソ大阪やその他フットボール団体、大学や企業等が協力し、毎年400名ほどが参加する大きな大会となっている。

一方のトモフトがだれでも参加できる大会「オープンリーグ」を開催した大きな理由のひとつは、それまで開催していたコルツァカップの競技性が高くなっていき、参加チームが減ってきたことにあるという。

「コルツァカップに参加する選手のレベルがあがっていくにつれ、それについていけない、自分たちはもういいや、と参加チームがどんどん減っていってしまいました。最終的には、サッカー経験がある当事者をいかに集められるかみたいな話になってきて。それはちょっと違うだろうと。競技性の大会はコルツァカップとして残し、だれでも参加できる大会をオープンリーグとして新たに立ち上げました」

オープンリーグが特徴的なのは、何よりコミュニケーションを大切にしていること。チームで参加するのではなく、その場でその日限りのチームを作り、競技の合間にワークショップを行っている。ワークショップでは目標やルールを話しあって決め、その日の競技に反映させるという試み。大会の最後には、寄せ書きシートをみんなで書きお互いに配るというイベントも行われ、即席のチームで生まれたコミュニケーションが大きく交流を広げている。

摂食障害とうつ病を中学生のときに発症。自信がなかった自分が変わってきた

今回、チームメンバーとして参加した2人は、精神疾患や障害を持ち、人とあまり関わらないようにしていた過去があるそうだ。しかしフットサルを通じて、人とつながる楽しさを取り戻していったという。

Half Timeの選手として活躍する出麴さんは、中学生のときに摂食障害とうつ病を発症。その後治療のために通所していたデイケアで、スタッフとして働いていた平山さんに出会い、フットサルに誘われたことが活動のきっかけとなった。フットサル経験がなかったため、「最初の練習のときは巻き込まれたと思ってました(笑)。すごく緊張しましたね」と当時の心境を話してくれた。

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「でも、行ってみたら障がいの有無とか、年齢に一切関係なく、仲良くしてくれたのがとてもうれしくて。私は中学のときに発症して以来、人と関わることを避けていたのですが、人と一緒に何かをすることは楽しいことなんだ、人を信じていいんだってことを気付かせてもらえたことがすごく良かった。自分に全然自信が持てなかったけど、みんなが仲良くしてくれたことに救われたんです。今でも自己肯定感が低すぎて平山さんに怒られることもありますけど(笑)、段々と自分が変わってきていると感じています。発症当時からは考えられないのですが、就職もできて1年ぐらいそこで働くことができています」

その後、フットサルだけでなく、競技性のバスケットボールチームにも入って活躍の幅を広げている出麴さん。昨年行われた精神障害者のバスケの全国大会では優勝も果たしている。

7年前、統合失調症に。「何の仕事してるの?」と詮索されないことが救い

一方、トモフトに加盟するブルースカイの山内さんが統合失調症を発症したのは7年ほど前。元々サッカーをやっていた山内さんがインターネットで検索したどり着いたのが、ブルースカイだった。

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「サッカーのブランクは結構あったんですけど、チームに入ることで何かプラスになるかなと思い連絡してみました。人と関わるのは嫌いじゃないんですけど、苦手で。最初は緊張で全然動けませんでしたね(笑)」

みんなで一緒になって汗を流すフットサルに夢中になるうちに、コミュニケーションがうまくとれるようになり、今ではキャプテンを任されるまでに。「精神疾患のプログラムや治療との大きな違いは、気分がすっきりすること。フットサルをやった日は、気分転換、ストレス解消になっています」と話す。

ふたりが長く、楽しくフットサルを続けられているのは、ソーシャルフットボールならではの参加しやすさがあるという。山内さんは「個人のことを詮索されないこと」と話す。

「精神疾患を持っていると、長い間仕事についていない人も多いんです。普通のフットサルチームに行くと、当たり前のように『何の仕事してるの?』という話題になる。相手はまったく悪気はないと思うんですけど、答えられないのが苦しくて、行くのをやめてしまう人もいるといいます。仕事とか病気について一切聞かれないソーシャルフットボールだからこそ、長く参加ができていると思います」

一方、出麴さんは「体調が悪いときは休んでいいというのが参加しやすかった」と言う。

「地域のフットサルチームだと、練習休むと試合に出られないとか、なんで練習来ないの?って怒られたりするかもしれませんが、私が参加しているチームだと練習を休んでも何も言われない。これがとてもありがたかったです」

その話を聞いた川上は、スポーツの場においても「ユニバーサルデザイン」があるのではないかと話した。

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「ユニバーサルデザインっていうのは、能力や年齢の違いにかかわらず、誰もが使いやすいことを目指す設計などのことです。たとえばシャンプーの容器を身体障害がある人に持ちやすく作ると、障害がない人も持ちやすくなり、結果的に誰もが使いやすくなります。それがソーシャルフットボールの場においてもあるのかもしれない。障害がある人が参加しやすい形になっていて、それがどんな人も参加しやすいことにつながっているのではと思います」

多様な背景を持つ人がだれでも参加しやすい場が広がっていけば、だれもが生きやすい社会の実現につながっていくのだろう。

「普通の場所」で、「好きなこと」でつながれる

精神疾患・精神障害のある人に治療やプログラムがもちろん重要だが、それ以外にフットサルというスポーツの場があることには、どんな意義があるのだろうか。

平山さんは「普通の場所」で多様な人が出会えることに意義を感じているという。

「Half Timeの誰でも参加できる練習会の参加者は6割ぐらいが精神疾患のある方ですが、分け隔てなくだれもが参加できることを軸においていることに大きな意義があると思っています。病院などの治療の場で出会うと、どうしても病気が前にきてしまう。Half Timeではだれかが初めて練習に参加した日も、どこの病院にかかっているんですか?とか一切聞かないですね。チームにいる人がたまたま病気を持っているというような感覚で、みんながひとりひとりと接することができていると思います。」

降屋さんも、病院などでつながるのではなく、好きなことでつながることに大きな可能性があると指摘する。

「精神保健福祉の場で出会う関係性はどうしても、“困り感”でつながる形になってしまうんですね。それが悪いというわけではないし、もちろんそういう支えも必要。でもやっぱり好きなスポーツの活動に参加するということは、好きでつながる仲間との居場所にもなるし、活動のモチベーションにもなるし、大きな意味があると思っています。

実はこれ、運営にも同じことが言えるんですね。山内さんが昔サッカーをやっていたからフットサルにつながったように、精神疾患がある人がスポーツのコミュニティにつながるためには、もっといろんなスポーツの種類があったほうがいい。でも、トモフトでフットボール活動をメインで行っているのは、今携わっているスタッフの多くがサッカー好きだからです。任意団体でみんな本業を持ち、手弁当でやっているわけですが、それでも運営があまり負担にならないのは、支援という関わりではなく、好きなことをやっているというのが大きいと思います。これがどんなスポーツでもやっていきます、になってしまうと、支援や義務感が強くなってしまうのかなと」

最後に一言ずつ求められると山内さんと出麴さんは過去の自分と同じような思いをしている人たちへ呼びかけた。

「ソーシャルフットボールは、引っ込み思案の方、精神疾患を抱えた方、1回でも経験した方にはとても良い場だと思います。スポーツに関わること、その場に行き続けることは、社会に出る一歩につながると思うので、一度経験してみてくれたらうれしい」と山内さん。

出麴さんは、「本当に今、しんどくて家から出られないという人もたくさんいると思う。そういう人たちが1回でも参加して楽しんでもらえたらと思います。私もそれで本当に楽しめて、徐々に前に進めているのでそういう人が増えてくれたら」と話した。

出麴さんは自分が下手で嫌になることがある、山内さんはキャプテンとしてチームをまとめる難しさを感じることがあると話しつつも、フットサルの楽しさが勝って長く続けられているという。フットサルという団体競技によって、過去の傷を癒し、自信を積み上げてきた2人。その自信が顔を輝かせていた。

ソーシャルフットボールの場には、「話したくないことを詮索されず、練習に行けるときに行く。行けた時は、思いっきりプレイを楽しむ」という自由な雰囲気がある。その自由な雰囲気は、障害がある人だけでなく、障害がない人にも必要な場なのではないか。だれもが生きやすい社会を実現する一歩であるソーシャルフットボールの世界に、「障害がない人」が学ぶべきところは多い。


オンラインイベント
精神障がい者フットボールとは何なのか?~排除に抗するサッカー vol.2~ - YouTube


NPO法人ダイバーシティサッカー協会 https://diversity-soccer.org/

(Text:上野郁美)
サムネイル画像: くろてんさん /photo-ac


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