世界で猛威を振るい続ける新型コロナウイルス感染症だが、その対策は国によって大きく異なる。
2020年初め、ウイルスについて分かっていない状況ではそれもやむを得なかったが、今では研究論文や学ぶべき事例が数多く共有されている。そろそろこれといったやり方が確立されてもよい頃ではないだろうか。スウェーデンのルンド大学東・東南アジア研究センターの上級講師ポール・オシェイによる、自国スウェーデンと日本のコロナ対策の分析を紹介しよう。
ロックダウンを実施しない国
多くの国がロックダウンを採用したにもかかわらず、別の道を突き進んでいる代表がスウェーデンと日本だ。両国とも、近隣の国々とは異なる独自のやり方にこだわり、当初ある程度うまくいった理由を“国民性のおかげ” と考えた。日本とスウェーデン、両国のコロナ対策に見られる特徴の一つが「例外意識(exceptionalism)」だ*1。つまり、我が国の国民は他国とは違う、あるいは他国より優れた点があると感じているのだ。
*1 参照:Study the role of hubris in nations’ COVID-19 response
両政府とも、ロックダウンや罰金を課すのは自由権の侵害につながり、自国の法律では禁じられていると強調。その代わりとして、国民のボランティア精神や自己責任に頼った戦略を取り、「他国と異なる国民性」を寄りどころとした。
さかんに報道された通り、スウェーデンでは感染者が増え続ける中でも、バーやレストラン、スポーツジムは営業を続け、公共の場でのマスク着用も義務化されなかった。いまだに、マスク着用は新型コロナウイルスの感染スピードを遅らせるどころか速めるおそれがある、というのがスウェーデンの公式見解だ*2。当初こそヨーロッパの他の国々も同じ考えだったが、他の政府はすぐに考えを改め、公共の場でのマスク着用を義務付けた。
スウェーデンではマスク着用は強制ではない Fredrik Sandberg/EPA
*2 スウェーデンは2020年12月になってようやく、公共交通機関でのラッシュアワー時に限ってマスク着用を推奨するようになった。それ以外では依然、マスク着用は推奨されていない(医療機関や介護施設を除く)。マスク着用を“禁止”する自治体も現れるなど、国の“アンチマスク施策”が災いし、いまだマスク着用に対する見解が統一されていない。参照:Why Swedish towns are banning masks
日本もロックダウンは実施せず、強制力のある規制は設けなかった。だがスウェーデンと違うのは、日本人は自主的にほぼ全員がマスクを着けたことと、感染者の濃厚接触者を必死でトレースしたこと。さらには、感染が落ち着きを見せ始めた7月からは、消費促進と経済活性化を目的とした国内旅行キャンペーン「GoToトラベル」の実施だ。国内旅行に対して政府の補助金が支給されるというキャンペーンだが、これがコロナウイルス第3波の原因となった可能性も指摘されている*3。
*3 参照:Japan Covid cases reach daily record as 'third wave' hits (2020.12.10 The Guardian)
日本の「民度」とは
第1波および第2波の押さえ込みは比較的成功した日本だが、その理由を説明する際に、日本人の「例外意識」が顕著に表れていた。2020年4月、安倍元首相は即座に「日本モデル」の成功を称え、「日本独自のやり方」でパンデミックを収束させたと述べた。麻生副総理に至っては、日本の「民度」が他国よりも高いと述べ、ナショナリズム丸出しの発言をした。民度とは、おおよそ「国民の質」というような意味で、日本こそがアジア文明における指導的国家との思想が存在した日本の帝国主義時代を連想させる言葉でもある。
これを突き詰めると、日本人に固有の性質とは何なのかを問う、いわゆる「日本人論」にまで話が及ぶが、その根底にあるのは、「すべての国はそれぞれに独自性があり、それは認めるが、日本はその中でもさらに特別で、そしてある意味で優れている」という意識だ。
保守・右派とされる産経新聞は、神道の作法を持ち出し、「先達たちの経験と知恵」が日本の成功を導いたと書いた*4。
*4 Japan’s Time-honored Teachings Help Stem the Spread of COVID-19(2020年12月12日、産経新聞英語版)
「日本ならではの文化と衛生感覚のおかげでうまくいった」「この日本モデルは他国では機能しなかっただろう」と、日本人の例外意識はちょっと特殊だ。だが、例外主義とおごりは紙一重である。そして年末あたりから菅政権下で直面している第3波は、これまでの二つの波より大きな被害をもたらした。
日本は他国より良い結果を出してきたが、第3波に襲われた/OurWorldInData
スウェーデン人特有のマナー意識?!
スウェーデンでも強制措置は取り入れられなかった。そして、ステファン・ロベーン首相は国民に「Folkvett(フォルクベッツ)」に従うよう説いた。これは、作法、モラル、常識などを意味する概念で、立派なスウェーデン人に備わっているとされる。これに従えば、国民が自発的にやるべきことをやれるというわけだ。政府のコロナ対策責任者である疫学者アンデシュ・テグネルは、隣国が実施しているロックダウンを「ばかげている」とこき下ろした。テグネルの助言者となっているスウェーデン公衆衛生局のヨハン・ギセック顧問も、「スウェーデンは正しい」「他のすべての国が間違っている」と述べている。二人とも、新型コロナウイルスの危険性はインフルエンザ程度だと述べ、スウェーデン公衆衛生局は2020年4月、5月、7月と、首都ストックホルムで集団免疫がほぼ獲得されつつあると発表した。(が、それは正しくなかった。)
スウェーデンの集団免疫アプローチは効果が上がっていない/OurWorldInData, CC BY-SA
スウェーデン国内のメディアもこれに追従し、迎合主義的で極端な対策を行なっている他国ではなく、この国で暮らしていることを誇りに思うべきとの論調を展開した。国の対策を疑うことは、科学や良識を疑うようなものだと。
著名な科学者22人が、政府の対策への懸念を表明する記事を発表すると、メディアはこれを嘲笑。コラムニストや批評家は科学者の個人攻撃を展開し、作家でジャーナリストのアレックス・シュルマンは科学者たちを「ティンホイル・ハット*5」の一団だと揶揄した。国内で最も著名かつ影響力のある科学コメンテーター、アグネス・ウォルドも、科学者たちの動きを非難した。
*5 アルミ箔製のヘッドギア。これを被ると電磁波などから脳を守れるとされ、転じて偏執症や被害妄想にとらわれた人間を意味する。
2020年6月、他のヨーロッパ諸国(や日本)が安定を取り戻しつつある中、スウェーデンの死亡者数は増え続けていた。しかし、国の対策を批判したのは極右のスウェーデン民主党だけだった。
7月後半になってようやく1日あたりの死亡者数が一桁台に落ち着くと、安堵のため息よりも賞賛があふれた。「スウェーデンの対策は正しかった」「海外でも賞賛されている」と。ニュースでもスウェーデンの対策を好意的に扱った国際メディアの記事ばかりが取り上げられた。
スウェーデンの例外意識には二面性がある。一方では伝統的なマナー意識に基づきながら、他方では自国のやり方を科学的に正しいモデルだと自画自賛し、他国も自分たちから学ぶべきと考えているのだ。
硬直化する例外意識
今日におけるスウェーデンと日本の問題は、「例外意識の硬直」とでも呼ぶべきものだ。他国が、パンデミックの推移や科学的解明の進歩に合わせて迅速に対応策を変えているなか、日本政府は、まさに第3波が制御できなくなろうとしているときに、「Go To トラベル」をなかなか取り止めようとしなかった*6。photo:Kimimasa Mayama/EPA
*6 12月14日になってようやく短期間の停止を発表(12月28日〜1月11日)。しかし、この期間では感染拡大が収まらなかったため、結果としてはそれ以降も停止期間を延長。2月末現在、再開していない。
スウェーデンでは1日あたりの死亡者が再度増加している状況で、酒場、レストラン、スポーツジムは営業を続けている。しかし、日刊紙『ダーゲンス・ニュヘテル』の最近の調査では、テグネルへの支持は過去最低となっている。
もちろん新型コロナウイルスについては、例外意識の他にもさまざまな要因がある。これまでのところ、日本がスウェーデンや他の多くの国よりもはるかに感染をうまく抑え込んでいるのは事実だ。
しかし、両国の事例から指摘したいのは、公衆衛生上の成功(または失敗)の要因が「例外的な国民性」だと主張することの危険性だ。それでは他国から学ぶことをしなくなる。明確な根拠があっても、途中でやり方を変えるのが困難、または完全に不可能になってしまうおそれがある。
(追記)【両国の新型コロナウイルス感染状況】(2021年2月23日時点)
スウェーデン(人口1,013万人)死者12,649人 感染者 631,166人
日本(人口1億2,600万人) 死者7,595人 感染者 426,807人
著者
Paul O'Shea
Senior Lecturer, Centre for East and South-East Asian Studies, Lund University
※ 本記事は『The Conversation』掲載記事(2020年12月18日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。
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