政府は4月13日に福島第一原発で溜まっている汚染水を海洋放出することを閣議決定した。これに先立ち6日には福島県知事ならびに全国漁業協同組合連合会の代表と話し合ったが、海洋放出への合意は得られなかった。特に、漁業者団体の反対の声は強かった。




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漁連と41の地元自治体が反発 反対の国際署名は6万筆

 汚染水の海洋放出問題は本誌344号(2018年10月1日)で取り上げたが、その後、2020年2月に経済産業省が海洋放出を現実的で安価な方法とする審議会報告をまとめた。そして、福島県内で各界代表や自治体などから意見聴取会を開催したが、積極的賛成はなく、農林漁業者団体は反対を明確にし、観光業界や商業界は実害が発生すると懸念を表明していた。

 15年に東京電力HD並びに宮澤洋一経産大臣(当時)はそれぞれ、福島県漁業協同組合連合会との間で「関係者の理解なしに、いかなる処分もしない」ことを約束し、国会でもそう答弁していた。この約束を反古にし、漁業者の声を無視する暴挙に出たといえる。海洋放出反対は全漁連や福島県漁連に加え、宮城県および茨城県におよぶ。さらには、青森県の八戸漁業指導協会も反対の声を上げた。

 反対の声はそれだけではない。福島県内の41の自治体が反対や慎重な対応を求める意見書を決定している。これは県内59自治体の約7割に相当する。市民の間でも反対の声が強い。決定直前の12日には当情報室を含む市民団体が共同で経産省に方針撤回の要請書と6万筆を超える国際署名を、またNGOグリーンピースジャパンが集めた署名も提出した。

 佐藤栄佐久元福島県知事は、04年12月22日に原子力委員会新計画策定会議で、「原子力政策のイメージは戦車のような進め方」だと意見を述べた。今回の決定はまさに戦車で人々を蹂躙するものだ。


失うのは生業そのもの
DNAを傷つけるトリチウム

 政府は「風評被害が起きないように理解活動などの対策を十分に行なうが、なおも被害が起きた場合には適切に補償する」としている。これに内堀雅雄福島県知事は一定の理解を示したが、漁業者団体は受け入れていない。海洋放出によって失うのは生業そのものであり、お金では補えない問題なのだ。

 政府は4月22日、復興庁を中心に「原子力災害による風評被害を含む影響への対策タスクフォース」を開催した。復興大臣は「政府一丸となり総力をあげて正確な情報を発信すること」や海外に向けて「戦略的に発信すること」などを指示した。向こう2年間にわたって毎年1400億円を超える予算を投じる。

 第1弾の「正しい」情報発信が「ALPS処理水について知ってほしい3つのこと」と題するビデオだ。公開されるやトリチウムのゆるキャラ化に批判殺到、すぐに削除して、ゆるキャラを化学記号に変えて編集。内容はまったく同じだ。曰く、「トリチウムは取り込まれても体外に排出され留まることはない」「トリチウムが出す放射線で遺伝子が傷ついても修復されるから問題ない」といった間違った情報に満ちている。先の経産省委員会の資料では、体内に取り込まれたトリチウムの一部はDNAに取り込まれ、体内に長く留まることを認めている。すべてのDNAが必ず修復されるとは限らないことは常識だ。

 政府に都合のよいものだけを集めた「正しい」情報で理解が得られるとは到底考えられない。約束を守って海洋放出方針を撤回し、貯蔵を継続しながら、経産省が以前に検討したセメントで固める方法に立ち返るべきだ。(伴 英幸)

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(2021年6月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 408号より)


伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけに、脱原発の市民運動などにかかわる。著書に『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)
http://cnic.jp/



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