東京電力HDは2021年11月17日、汚染水の海洋放出による放射線影響は「極めてわずかだ」とする評価報告書を公表した。「多核種除去設備等処理水(ALPS処理水)の海洋放出に係る放射線影響評価報告書(設計段階)」と題する報告書によれば、汚染濃度の低い汚染水を放出した場合には、年間の被曝線量は法が定める限度(1ミリシーベルト/年)の約1万分の1以下と評価し、放出できる最大濃度で計算すると約2000分の1と評価した。設計段階としているのは、まだ、放出設備の許可申請を行っていないからだろう。




報告書は“長期影響”軽視
30年以上続く海洋放出

 報告書の評価条件はこうだ。1km先の海底から汚染水を放出、そして最大の被曝を受ける対象が漁業者として、原発を中心に南北10km、沖合10kmの海で、漁業活動を年間120日実施、漁網近くで80日作業、海岸で500時間滞在、遊泳96時間した場合、拡散した海水に含まれる放射性物質(以下、放射能)で外部被曝する。また、汚染された扁平魚(タイやヒラメ)を毎日58g、カニやエビなど10g、ワカメや海藻など11g……を毎日食べることで内部被曝する。

 放射能の広がり方のイメージは、海に数百m四方、(各地点の)深さの30分の1の高さの箱を想定し、その箱に放射能が入るとたちどころに均一に広がるというものだ。そして、海流によって次に広がる箱が決まり、次の箱に入るとそこで再び均一に広がる。こうしてどんどん薄まっていくという想定で計算されている。

 しかし、海の流れは複雑で、濃度の高いエリアができてもおかしくはない。また、放出は30年あるいはそれ以上にわたって続く。放射能の海底への蓄積や食物連鎖による蓄積などが考慮されておらず、過小評価になっている。

着々とボーリング調査
地元で、反対ネットワーク結成

 計算で想定された総量は現在タンクに貯蔵されている量だけだが、汚染水は今後も増加する。放出放射能はトリチウムほか63種類におよぶ。それら大量の放出放射能による海洋環境の汚染は避けなければならない。

 評価書公表と並行して、東電HDは、海底の調査を開始した。1kmのトンネルを掘る前にボーリング調査を行うことになるが、そのための海底の調査だ。着々と海洋放出に向けて進めている。

 廃炉と復興の両立には海洋放出は避けられないというが、そもそも未曾有の大事故の後始末は40年程度で終わるはずもなく、両者は切り離して考えるべきだろう。海洋環境の放射能汚染をこれ以上広げないためにも、汚染水はコンクリート固化する方針へと変更すべきだ。

 一方、経済産業省は21年度の補正予算に風評被害対策として300億円の基金の創設を盛り込んだ。福島産と市場価格との差を埋めるための基金ではない。冷凍できる魚介類は冷凍しておき、価格差がなくなったら放出する、そのための保管費用や支払い利息の補填などにあてる。またタイやヒラメなど高級魚は、企業などに補助金を出して利用を呼びかける。しかし、このような風評被害対策は漁民をいっそう苦しめることになるだろう。基金の管理・運営団体を公募中だが、経産省の天下り先が増えるだけではないか。

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「海といのちを守る福島ネットワーク」設立記者会見の様子 
写真提供:同ネットワーク

 こうした動きに対し、福島大学教授、コープふくしま県本部長、旅館経営者、福島原発事故被害者団体連絡会代表や原告団長ら12人が呼びかけて「海といのちを守る福島ネットワーク」を11月26日に設立した。ネットワークは今後、県に対して放出反対の姿勢を明確に打ち出すよう働きかけていく。
(伴 英幸)

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(2021年1月1日発売、THE BIG ISSUE JAPAN 422号より)


伴 英幸(ばん・ひでゆき)

1951年、三重県生まれ。原子力資料情報室共同代表・事務局長。79年のスリーマイル島原発事故をきっかけに、脱原発の市民運動などにかかわる。著書に『原子力政策大綱批判』(七つ森書館、2006年)
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