ウクライナは、今回のロシア侵攻に至るまでにどんな問題に直面していたのか。 バーミンガム大学の国際安全保障を専門とするステファン・ウォルフ教授らが2022年1月20日付けで『The Conversation』に寄稿していた記事を、今あらためて紹介したい。

8年に及ぶ紛争ですでに1万3千人超の犠牲者

ロシアとウクライナの紛争が始まったのは2014年にさかのぼる。この年、欧米寄りのデモ隊によって親ロシア派ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ政権が失脚。その後も騒乱が拡大し、同年3月にはロシアがクリミア半島を侵略併合、ウクライナ東部は二つの親ロシア派勢力、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」が支配するようになった。

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ロシア派政権を失脚させた2014年の「マイダン革命」から8周年を記念し、キエフで「尊厳の日」のサインを掲げて行進する人々。EPA-EFE/Stepan Franko

2015年2月にロシアの援助によって両共和国が実効支配領域を確立するまで、戦闘によって約1万人が命を落とした。その後も犠牲者の数は増え続け、2014年7月にウクライナ東部上空を飛行中に撃墜されたマレーシア航空17便の乗客約300人を含め、1万3千人を超えると見られている。

過去7年間、ウクライナ東部での戦闘は続いていた。欧州安全保障協力機構(OSCE)特別監視団の介入のもと、2015年に「ミンスク合意」で定められた停戦ラインをはさみ、ウクライナ軍とドネツク人民共和国・ルガンスク人民共和国軍の間で、絶えず争いが起こっていたのだ。

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ロシア国境そばのヴォロネジに駐留するロシア軍。EPA-EFE/Satellite image 2021 Maxar Technologies

膨らむ軍事予算などウクライナに課された諸々の負担

この7年間の戦闘による経済面での影響は、ロシアからヨーロッパへの天然ガス供給における中継国だったウクライナが、その役割を失いつつあることが大きい。ウクライナにとってはGDPの約1%にあたる10億ドル(約1150億)超の損失となり、ガス供給の不安も生んだ。外交面では、ロシアと西側諸国との決着のつかない緊張状態がある。この緊張状態については、OSCEや、ウクライナ、ロシア、フランス、ドイツによる4カ国協議「ノルマンディー・フォーマット」など国際的な枠組みで話し合いがなされ、大規模戦争の勃発や深刻な人道的危機をなんとか防いできた。

だが、ウクライナ東部における「コンタクト・ライン(親ロシア派の支配地域と、ウクライナとの境界地帯)」では非常に不安定な状態が続いており、ロシアによるウクライナや西側諸国への圧力は少しずつ強まっている。度重なる停戦協定の違反、経済圧力、サイバー攻撃、情報戦争、そして欧米諸国へ旧ソ連時代の「影響範囲」を保証せよとの要求もあった。

ウクライナ危機を語る際に忘れてはならないのは、ウクライナの国家および社会にもたらされる負担だ。強大な大国から常に狙われているがために、国としての機能に制約がかかる地政学的立場に追いやられてしまっている。ロシア侵攻の影が絶えずちらつき、その危険性がいっそう高まる中で、汚職の防止、「法の支配」の強化、地方分権化といった政治改革が停滞または後退を余儀なくされているのだ。

8年に及ぶ安全保障面の懸念により、国全体が疲弊し、実効性が損なわれてきた。そんな中、軍事予算も2013年の28億9500万ドル(約3300億円、対GDP比1.6%)から、2020年には59億2400万ドル(約6800億円、対GDP比4.1%)へと急増*1。軍需物資の調達にかかる予算だけでも、2020年の8億3800万ドル(約960億円)から、2022年には10億ドル(約1150億)を超える計画だ。

*1 参照:Military expenditure- Ukraine(The World Bank)

海外からの直接投資減、4%のマイナス成長

その結果、公共サービスやインフラ投資が妨げられ、海外からの投資先としての魅力も損なわれてしまっている。海外からの直接投資は、2008年の金融危機後や、2013年後半から現在の緊張状態が始まった際に急落。2008年の約107億ドル(約1兆2300億円)から、2012年は約82億ドル(約9400億円)に、そして2019年は約58億ドル(約6700億円)まで落ち込んでいる。

2016年からは再び経済成長に転じているものの、2020年のGDP(約1550億ドル/約17兆8000億円)は、1991年のソ連からの独立以降で最高となった2013年(約1900億ドル/約21兆8200億円)を大きく下回り、4%のマイナス成長となった。もちろん新型コロナウイルスの影響もあるが、世界銀行による『世界経済見通し』(2022年1月版)には、ウクライナの「長期的な成長見通しは、改革の鈍化によって悪化し、それは競争や民間部門の発展を妨げている」と述べられている。

そのため、ウクライナ社会と西側諸国は、国内の人権侵害の問題を後回しにしてきた。外部からの深刻な脅威という問題が立ちはだかる状況では致し方ない部分もあろうが、国内外からウクライナ政府に対する信用が損なわれ、今後EUから得られる援助にも影響するだろう。そうなると、ウクライナは国としてさらに切迫し、極限状態に追いやられるおそれもある。

世論調査では半数が「抵抗する」と回答も、増える国外移住者

情勢の緊迫化を受け、ウクライナは国民総動員の基本方針を取り入れている。60歳までの成人男女はみな動員の対象となる*2。2021年12月に実施された世論調査*3では、ロシア侵攻の際には「武装抗戦をする」が33.3%、「武器を使わずに抵抗する(デモ、スト等)」が21.7%で、ウクライナ国民の50.2%が何らかのかたちで抵抗することが示された。さらに、「国内の安全な場所に移る」が14.3%、「国外に避難する」が9.3%、「何もしない」が18.6%だった。

*2 参照:UKRAINE REQUIRES WOMEN TO REGISTER FOR MILITARY CONSCRIPTION AS RUSSIA THREAT LOOMS

*3 参照:WILL UKRAINIANS RESIST RUSSIAN INTERVENTION: RESULTS OF A TELEPHONE SURVEY


ウクライナでは、2021年だけで人口の約1.5%にあたる60万人が国外へ移住している。独立後最大となるこの数字は、この国が深刻な人口動態上の問題を抱えていること*4、そして国としての成り立ちやアイデンティティへの危機が続いていることが分かる。

*4 近年、国外への移住者の数が増える一方、ウクライナへの移住者は低調で、労働力や知的潜在力の低下が危惧されていた。参照:2021 Migration in Ukraine -Facts and Figures

つまり、ウクライナが直面している危機は、単に武力衝突や地政学上の問題にとどまらない。もちろん政治家たちの頭の中はこれらの問題が中心を占め、迅速に、覚悟を持って解決に努めなければならない。だがウクライナ国内にはこの他にも――この危機と密接に関連してはいるが――危機を抱えており、合わせて注目していく必要がある。対応力の高い国家づくりをしなければ、ウクライナはこれからも地政学的影響にもろく、外部からの援助に頼り続けなければならないだろう。

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ゼレンスキー大統領と会談するアントニー・ブリンケン米国務長官(2022年1月19日)EPA-EFE/Presidential press service handout


ウクライナの国内情勢は、ヨーロッパや世界全体の長期的な安全保障にとって、ロシア侵攻を止めるのと同じくらい急務である。

By Stefan Wolff and Tatyana Malyarenko
Courtesy of The Conversation / International Network of Street Papers


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