米国ではコロナ禍により人々の不安や恐怖心が増大し、銃の売り上げが急増したという報告がある。“開拓者精神”やハンティングの伝統、憲法などにより「銃所持の禁止」までは厳しい道のりだが、まずは銃犯罪や子どもの被害を減らすべく、母親たちによる団体「Moms Demand Action」の活動が存在感をみせている。オレゴン州のストリート誌がレポート。
※この記事は 2021-10-15 発売の『ビッグイシュー日本版』417号(SOLDOUT)からの転載です。
相次ぐ学校乱射事件 襲撃者対策訓練を定期的に実施
「ママ、愛しているよ、念のために言っておく」――。学校に行っている子どもから突然こんなメッセージが届いたら、親は震え上がるに違いない。米国オレゴン州に住むヒラリー・ウーリグは実際にこのメールを受け取った母親だ。息子が通う高校に脅迫があり、校内で避難している時だった。
「当時、子どもたちは高校生でした。『走れ、隠れろ、闘え』と教えられていると聞いて、何と恐ろしい授業だろうと思いました」とウーリグは振り返る。「息子は高校に入学した初日に避難訓練を受けました。銃を持った襲撃者が来た時にどうするべきか、それが高校生活で最初に学んだことだったのです。なんと悲しいことでしょう。子どもが学校で学んでほしいと親が願う内容とは正反対だと思いました」
こうした襲撃者対策訓練が定期的に行われているという現実を知り、ウーリグは「Moms Demand Action(ママたちの要求活動)」に参加することにした。同団体は、5人の母親であるシャノン・ワッツが、サンディフック小学校銃乱射事件の翌日に設立した全国規模の組織だ。この事件は2012年12月14日、20歳の男がコネチカット州ニュータウンの小学校に半自動小銃を持って押し入り、6~7歳の児童20人を殺害。犯人はさらに6人の成人スタッフを殺害した後、自死した。
事件の翌日、ワッツはフェイスブックで銃暴力の予防について発信し始めた。それが全国的な議論に発展し、今では全50州で600万人以上のボランティアが連邦政府と地方政府に対して銃に関する市民の安全を保障し、銃所有者の責任を明確にする政策を要求している。ウーリグは4年前にオレゴン支部に入会し、現在は州内12の下部組織に数千人のサポーターとボランティアを擁する同支部の代表だ。
この運動が劇的に拡大したのは、18年にフロリダ州パークランドの銃乱射で17人が死亡、14人が負傷する事件が起きた後だった。その後もアトランタやボールダーで大量射殺事件が起こるたびに、銃暴力防止への人々の関心は高まっていった。
2020年は、米国の銃犯罪に関して最悪の年だった(図1)。2万人近い人が銃暴力で亡くなり、これは超党派の非営利団体「Gun Violence Archive」によると過去20年で最多の記録だ。さらに銃による自死者などを含めると、その数は4万人近くにのぼる。ほんの数週間前にもオレゴン州ポートランドの街中で走行中の車内から発砲があり、18歳の女性1人が殺害され6人が負傷した。
図1 Gun Violence Archiveのデータより分析
連邦法に義務づけ求める 購入時の犯罪歴確認、盗難の報告
さらに、新型コロナによる感染拡大が始まって以来、銃を扱う店では売り上げが激増したという報告もある(図2)。20年には推計2200万丁の銃が購入されたとみられ、これは前年よりも64%多い。連邦捜査局(FBI)は、銃の販売時に利用される「全米犯罪歴即時照合システム」を管理しているが、このシステムの利用も約4000万件にのぼったという。「パンデミックが始まった頃、人々は非常に大きな恐怖心や不安を抱えていて、生き残るための直感的な行動として銃を購入したのでしょう」とウーリグは話す。図2 FBIの全米犯罪歴即時照合システムに基づく推計 出典:Everytown for Gun Safety Support Fund Report
「私たちはコロナ以前から、銃購入の際には必ず犯罪歴を確認するよう要求していました。オレゴン州ではそれが実施されていますが、アイダホや他の州では全件で実現できていません。ですから今、最も必要とされているのはこれを義務づける連邦法を制定することです」
だが、銃販売を支持するロビイストたちは「銃を違法に買う人に対しては、何の効力もない法だ」と反論する。しかし、まずは驚くほど大量に生産されている銃の数に目を向け、購入者を管理することから始めるべきだとウーリグは語る。「人口よりも銃の数が多いとは、恐ろしいことです。銃を扱う店の数は、マクドナルドの店舗数より、郵便局の数よりも多い。私たちは、そんなに大量の銃は必要ないと認識するために、実際の銃の数を知るべきです」
「違法購入に関しては、激増している“ゴーストガン”を厳しく取り締まるべきです」。ゴーストガンとは部品を買い集めて自分で組み立てる銃のことで、各地の犯罪現場で見つかっているが所有者を追跡することができない。「さらに、銃の不正取引も取り締まらなければなりません。銃に関する州法が緩いところで購入されたものが別の州に持ち込まれて犯罪が起こることも多く、州を超えた追跡が不可欠です」
「Moms Demand Action」やその他の銃規制擁護団体による働きかけで、銃暴力の多い都市では銃の違法取引を厳重に取り締まる動きが活発化している。州レベルでいえば、たとえばオレゴン州では銃の安全性に関する法整備が進んだ。銃の所有者が本人または他人に脅威を与える人物だと認定されると銃を没収できる「レッドフラッグ(危険信号)法」や、今年制定された「安全保管法」だ。
この法では、銃を手にとるべきでない人や子どもの手の届かない場所に安全に保管することを義務づけ、紛失や盗難に遭った際には一定時間以内に報告することを義務とする画期的な文言も加えられた。
「犯罪で使われる銃の多くは、なくなったり盗まれたものだからです。盗まれたことが報告されなければ、何の記録も残らず、なくなった銃の存在に誰も気づけません」
銃が盗まれても警察に届けない人がいるのは驚きだが、それは届ける義務がないからでもある。実際、12年に同州で起きたクラッカマス・タウンセンター襲撃事件で犯人が使ったのは、友人が弾を込めてテーブルの上に放置した銃だった。その友人は銃が盗まれたことに気づいたが、警察に届け出なかったという。
銃の所有・保管の安全
確認し合えるコミュニティへ
銃暴力の予防には、コミュニティレベルでの活動も欠かせない。たとえば同州の団体「Healing Hurt People」や、病院を拠点にした介入プログラムが好例だ。事件が起きた直後に暴力の循環を断ち切ること、銃暴力の被害者やその家族・友人たちを包括的に支援すること、暴力のエスカレート防止などが重要とされている。「Moms Demand Action」が草の根で注力しているのは、ボランティアによる教育プログラムだ。対象は保護者会や小児科医、教会団体、退役軍人のグループなどで、「Be Smart」というプログラム(BeSmartforKids.org)では、子どもが友達や親戚の家に遊びに行く時、そこに銃があるかどうかを両親や祖父母が難なく尋ねられることを目指している。
「『息子がぜんそくなのですが、お宅に猫はいますか』と気軽に聞くことはできますが、『銃を持っていますか。それは子どもたちの手の届かない場所に安全に保管されていますか』とはなかなか聞きづらいもの。ですから、こうしたことを気兼ねなく聞けるような習慣をつくりたいのです」
毎年約700人の17歳以下の子どもが銃で自死しているという数字もある。「自分や友人の子ども、あるいは他の人が希死念慮に直面した時、所有者は銃が絶対に誰の手にも届かないようにしなければなりません」
バイデン大統領は4月に「この国では銃暴力という疫病が蔓延している。これは国際的な恥だ」と演説。銃規制を進める考えを示したものの、米国にはハンティングの伝統や、武器を所持する権利に関する憲法修正第2条(※)が今なお残り、銃擁護派のロビー活動も根強い。
※ 1791年に制定された条文で、「規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、侵してはならない」とある。
ウーリグも「私の父はハンターで、私も銃のある家で育ちました」と話す。「しかし、武器を所持する権利には、武器を安全に保管する責任が伴うことを明確にしたいのです。私たちは、弾の入った銃を誤って手にして自分や家族、きょうだいを撃ってしまう子どもたちの数や銃暴力の事件を減らしたい。銃による悲劇は防ぐことができるはずです」
「誰もがみな、恐怖にとらわれることなく自由に生きたいと願っている。それは銃の所有者も、全米ライフル協会のメンバーも、銃暴力防止を支持する熱心な人々にも共通することだと思います。ですから銃による暴力を減らし、未然に防げたはずの事件を減らすことができれば、恐怖のない人生に一歩近づけると、私は思います」
(Joanne Zuhl, Street Roots/INSP/編集部)
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