有限会社ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や貧困問題、ビッグイシューの活動への理解を深めるため、企業や学校から依頼を受け、講義をさせていただくことがあります。

今回の行き先は、大阪大学豊中キャンパス。この講義を企画してくださったのは、基盤教養教育科目として「平和の問題を考える(通称:平和の探求)」の授業を担当する北泊先生です。ビッグイシュー大阪事務所長・吉田耕一と、販売者・Sさんがお話させていただきました。


ビッグイシュー販売は、住所や身分証明書がなくても始められる仕事

はじめに吉田より、ホームレス問題や人権の考え方についてお伝えしました。”ホームレス”の言葉が持つイメージについて、グループで話し合う時間も。

吉田:「“ホームレス”という言葉に、多くの人はネガティブなイメージを持ちがちです。でも、“ホームレス”は状態を表す言葉であり、その人の性格や人柄を表す言葉ではないんです。」

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ホームレス状態に至るまでには、仕事・家族・住まい・お金・健康などを段階的に失っていくパターンが多く、一度ホームレス状態にまで陥ってしまうと、仕事をしたいと思っていたとしても、住所や身分証などがないと仕事に就けず、住まいも借りられず、自力だけでは元の状態に戻れないことが多いのです。そこで、ホームレス状態にあっても収入を得られる仕事として、雑誌『ビッグイシュー日本版』を出版し、路上販売する機会を用意していることを伝えていきました。

(参考:ビッグイシュー販売の仕組み

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自分という存在を無くしたかった

販売者のSさんは、大阪府出身。
ごく普通の家庭で育ち、野球やゲーム好きな少年時代を過ごしました。

「中学生の頃は、今ほど遊ぶ場所やインターネットも普及していない時代でした。夢中になれるものもなくて、深夜ラジオを聴きながら勉強するしかなくて。でもそのおかげで、成績は良いほうでしたね。」

公立高校に進み、国立大学に合格しますが、Sさんは進学の道を選ばなかったといいます。「当時はバブル経済真っただ中でした。“大学を卒業しなくても、どんな仕事でも食べていけるんじゃないか”って、考えてたんです。」

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卒業後、さまざまな仕事の経験を積んでみたいという想いがあったSさんは、しばらくアルバイトや派遣の仕事を転々としますが、バブル経済に翳りが見えた頃に就職。保険会社に勤めていた時に取得したファイナンシャルプランナー1級の資格など専門知識を活かしながら7〜8年働いたそう。ただ、収入の増減が激しい業界で、生活は不安定だったと言います。

「生活が不安定だと、心も不安定になっていきました。いろんなことに目移りしていくなかで、投資にのめり込んでしまったんです。それが、自分の身を追い込んでしまったと思っています。」

「法的に自己破産の手続きはできても、心情的にはできなかったんですね。だから、住民票から自分を抜いて、自分という存在を無くそうと思いました。」

その後は家族と離れ、少ない所持金でネットカフェなどでの生活が始まったと言います。

「“このお金がなくなったら、死ぬしかないな“と思っていました。でもいざとなると怖くて死ねなかった。その時は、どこに相談すればいいかもわからなかったんです。」

途方に暮れながらも、ネットカフェで支援団体を調べ、シェルターへの相談に至ったSさん。

「シェルターに入るため、結核の検査結果を受け取りにいったんですが、その証明書の発行場所がビッグイシューと連携している団体だったんです。担当の方と話していたら、『兄ちゃん、こんな仕事(ビッグイシュー販売者)あるで、立ってみるか?』と。『立たせてもらえるんですか?身分証も家もないですよ』と話したら、その場でビッグイシューの事務所に電話をかけてくれて、そこから販売の仕事につながりました。」

困った時は『助けて』と声を上げてほしい。何があっても死ぬ必要はない

吉田:「販売を始めてよかったことはどんなことですか?」

Sさん:「販売の仕方を自分で決められることですね。大体、収入は月7万円くらいになるように、体調をみながら販売の日数や時間を決めています。体調を崩して、病院に罹らないといけないとなると、その間の収入がなくなるので。そうならないように、自分で決められるのは大きいですね。」

吉田:「大変なこともありますか?」

Sさん:「僕はあまり辛いと感じることはないんですが、雨続きだと販売場所に立てなくて収入が減ってしまう時期がどうしてもあるので、それがなるべくないように管理していますね。今は健康でなんとかやれてますけど、今後はどうかなという不安はあるかな。」

吉田:「お客さんとのやりとりはどうですか?」

Sさん:「お客さんは優しいですよ。ビッグイシューの活動に理解があるから買ってくれているんだなと思います。」

吉田:「販売する上で工夫していることはありますか?」

Sさん:「お客さん一人ひとり違うので、会話を楽しみにしてくれている方か、そうでない方かなども考えながら仕事していますね。あとは雑誌の間に手紙を挟んでいまして、自分の日常の一コマを書いていますね。よくも悪くも、僕らがどんな生活をしているかがわかると言ってもらえることもありますね。」

吉田:「今後の目標は?」

Sさん:「販売を始めてすぐに、ステップハウス※に入居できることになって。1年で次の住まいに移らないといけないんですけど、そのタイミングで今度は空き家を活用したプロジェクトがはじまりまして。今はそこに入居させてもらってます。でも、そこも来年には出なくてはいけないので、今は自分で家を借りる生活をするための相談をしています。」

※NPO法人ビッグイシュー基金では、協力的な家主さんから固定資産税分のみで提供された空き物件を活用して、ホームレス状態の方が初期費用や保証人を立てることなく一時的な居所として利用できる「ステップハウス」を運営しています。 https://bigissue.or.jp/action/stephouse/

吉田:「最後に皆さんへメッセージを」

Sさん:「困ったときに『助けて』という声をあげられなくて死を選んでしまう人も多いと聞きますが、絶対、声をあげるほうがいいと思います。でも何があっても、死ぬ必要はないと思います。やっぱり生きてると楽しいこともありますし、僕はたくさん人に迷惑をかけてきたけど、生きてることが1番だなと思います。」

大学生からの質問「将来的にもビッグイシューの販売を続けていくのですか?」

学生の皆さんからは、さまざまな質問が寄せられました。

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Q.普段どんな人と仲良くしていますか?販売者同士はつながりがありますか?

Sさん:「販売者にはそれぞれの場所で販売しているので、(最新号発売日の前日など)事務所に雑誌を仕入れに行くときに話をするくらい。普段はひとりで行動することが多くて、寂しさを感じる人もいると思いますが、僕は(この仕事が)合ってるなと思います。今、同じ団地に入居しているメンバーとは週1回だけ、みんなで揃って買い物に行くことにしているので、話ができる時間もありますね。」

吉田:「ビッグイシュー基金では、当事者の人が集えるクラブ活動もあります。サッカーをしたり、そういった活動が好きな人は参加できるようにサポートしています。」

※参考:NPO法人ビッグイシュー基金の交流活動 

Q.ビッグイシュー販売のように、ホームレス状態でもできる仕事をこれからも続けていくのですか?それとも、将来的には他の仕事に就きたいと思いますか?

Sさん:「販売者のなかには、通帳や免許証のような本人確認書類を持ってる人もいれば、僕のように持ってない人もいます。本人確認書類を持っている人はいろんな選択肢があって、生活保護を受給して生活の基盤を固めてから就職活動をしていく人もいます。難しいのは、本人確認書類がない人が仕事を探すこと。僕はもう年齢的なことを考えると、このまま販売者を続けるんだろうなと思いますが、これは人によって事情も考えも違うので、答えがないことだと思うんです。」

吉田:「本人確認書類がない方が家に入居したり就職するまでには、いろんなサポートが必要です。私たちのサポートは本人確認書類を回復させるところまでで、そこからどんなふうに働くかはご本人に決めてもらっていますね。ただ、ビッグイシューの販売に誇りを持ってやっている方もいるなかで、『早く次の仕事に』と強制するのも違うと思うので、ご本人の希望や状況を見て就職のサポートをしています。」

Q.ビッグイシューの販売は、健康で体が丈夫な人ができる仕事だと思うのですが、体が不自由だったり、制限がある人にはどういうお仕事が考えられますか? Sさん:「確かにそうなんですよね。我々の仕事って、膝や腰を痛めることもあってケアしながら続けることもあるんです。そもそも体に不自由な部分があって立てない、立ちにくい人もいるのは現実ですね。」

吉田:「医療に罹らないといけない場合もあるので、生活保護の制度を利用することもあります。私たちも、健康面はとても大事に思っていて、路上販売ができないという方には、雑誌を発送する仕事や、こうした講義でお話する仕事を依頼することもあります。いろんな状況の方がいるので、医療機関や支援団体と連携しながら必要なサポートにつなげています。」

貧困問題を、自分ごととして捉えてもらいたい

今回、この講義を企画してくださった北泊先生は、”平和に対置されるものは戦争ではなく、差別や貧困である“という平和学の考えに基づき、貧困問題や差別を探求する授業を、と考えていたそう。 「貧困問題は、自分と関係ないものだと思われがちですが、今回のお話のように大学へ進学したり就職の経験がある方も貧困状態に陥ることがあるという事例を知り、自分ごととして捉えてもらいたいという思いがあり、ビッグイシューの講義を依頼しました。」と、学生の皆さんへの想いを語ってくださいました。

「無関心が、社会の壁を分厚くしている」

今回の講義を、学生のみなさんはどう受け止めたのでしょうか?アンケートの一部をご紹介します。

「『ホームレス』というと、危険な人のイメージがあったのですがとても前向きに生きてらっしゃるSさんを見て、イメージがガラリと変わりました。」

「なんとなくネガティブ、なんとなく怖い、なんとなく自分と違う人という意識があった、もっと知らなくてはと思った。」

「何度か(販売者を)見かけたことがありました。ですが正直急いでいてあまり注意を払ったことがなかったことをすごく後悔しています。そもそもBIGISSUEの活動を知らなかったため、無関心が1番怖くて、社会の壁を分厚くしていることを実感しました。」

「私たちのような学生に『貧困をなくす』ということができるのかと最初は思っていたけど、今回の講義を通して、BIGISSUEを買ったりするなどの手段があることがわかったので、そのようなことをして支援していきたい。」

取材・記事制作協力:屋富祖ひかる


格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします

ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。
日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。

 

小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/ 



参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」



人の集まる場を運営されている場合はビッグイシューの「図書館購読」から始めませんか

より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。

図書館年間購読制度 

※資料請求で編集部オススメの号を1冊進呈いたします。
https://www.bigissue.jp/request/ 




『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
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3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/



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ビッグイシューについて

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ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。

ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。