有限会社ビッグイシュー日本では、ホームレス問題や貧困問題、ビッグイシューの活動への理解を深めるため、企業や学校から依頼を受け、出張講義をさせていただくことがあります。
今回の行き先は、兵庫県西宮市にある兵庫県立西宮北高等学校。この講義を企画してくださったのは、全学年を対象とした「人権教育」の授業を担当する新垣先生です。約600名の全校生徒の皆さんへ、ビッグイシュー大阪事務所長・吉田と販売者・Y.Tさんがお話させていただきました。
誰もがホームレス状態になりうる世の中。ビッグイシューが目指すのは“助けて”と言える社会
はじめに吉田より、ビッグイシューが大事にしている考え方について解説しました。1.“ホームレス”とは、人柄や性格ではなく、「状態」を表す言葉
「ホームレス」という言葉を聞くと、一般的には「暗い」「汚い」「仕事もせずに怠けている」というネガティブなイメージを持たれがちですが、ホームレス状態に至るまでには人によってさまざまな事情や背景があります。
安定した職業に就いていても、親の介護のために離職し、介護が終わった頃には高齢を理由に再就職を断られるケースや、コロナ禍で勤めていた会社が倒産したケース、病気や障害などで働けなくなることも多いのが現状です。
ホームレス状態に至るまでの経緯も、家や仕事を再び得る過程も十人十色。「ホームレス」とはあくまで状態を表す言葉であり、人柄や性格を一括りにできるものではありません。 この考え方の根底にあるのは、「人権」。みんなが違っていて、幸せになって良い権利を当たり前に持っていることをあらためてお伝えしました。
2.路上生活から自立生活に必要なのは、自己肯定感の回復
路上生活に至るまでには、さまざまな事情で仕事や健康を失い、収入が得られなくなって家を失い、信頼できる人や家族との縁が離れていくパターンが少なくありません。こうした状態が続くと、「自己肯定感」の低下を招くことがあります。一人では「もう一度仕事を探そう、生活を立て直そう」という気力や体力が残されていない人が多いのも現状です。
そうした状況にいる方に対し、有限会社ビッグイシュー日本では、雑誌販売の仕事の機会を通じて自立生活に向けたサポートをしています。販売者には「街角の本屋の店長」として販売場所や時間、売り方の工夫などを自分で決めてもらい、収入につなげる活動をしています。
また、フットサルチームや講談会などのクラブ活動運営のサポートを通じて「楽しむ」ことも応援。販売者の好きなことや得意なことを通じて、自分の人生を前向きにする力を取り戻せるよう、活動を積極的に応援しています。
吉田は「健康を失って、仕事ができなくなって、家を失い、助けてもらえる人もいなくなると、誰でもホームレスになりうる世の中だと思います。でも、もし困ったら“助けて”と声をあげてください。必ずどこかで助けてくれる人がいます。困っている人を社会でサポートできる、支援が充実した社会にしてきたいですね。」と語りました。
震災、事故、コロナ禍…販売者Y.Tさんの半生
福岡出身のY.Tさんは、中学時代に母親を亡くし父親と二人の生活を送っていたそう。学生生活ではバンド活動に夢中になり、高校卒業後は東京にある音楽関係の専門学校に進学しました。しかし、父親が他界したことを受け地元に戻って働くこととなり、専門学校は中退。しばらくは地元で勤務しますが、知人の誘いで大阪にある建築会社で勤務を始めます。40歳のころに起こった東日本大震災が転機だったというY.Tさん。東北地方には学生時代のバンド仲間が住んでおり、安否を確認するため東北へと向かいました。復興支援の仕事をする傍ら、友人の安否について役場からの連絡を待つ日々。ある時、友人の祖父母から、友人とその家族がすでに亡くなっていることを聞かされました。
「心にポッカリ穴が空いたような気持ちになって、この先どうやって生きていこうか、全く考えられなくなったんですよね。でも何もしないわけにはいかないと思って。心に穴が空いていても、生活はしなくちゃいけないと思っていたんです。」
生活のため建築の仕事を再び始めるY.Tさんでしたが、勤務中に転落事故にあい、利き手に怪我をしたことでそれまで通りに仕事を続けられなくなっていました。コロナ禍で会社の経営が傾き始めたころ、充分に働けない状況から職場に居づらくなり、自己退職の道を選びます。社員寮に住んでいたことから、退職と同時に、住まいも失うことになりました。それから、ネットカフェと路上生活を行ったり来たりする生活が始まりました。
「初めて野宿した時は怖くて眠れなかったですね。人の足音が怖いと感じて、人間が怖いと思いました。」と、路上生活を振り返りました。路上生活に至る前から、雑誌『ビッグイシュー日本版』を知っていたというY.Tさん。その存在を思い出して、雑誌販売の仕事につながりました。
そんな体験談のシェアの後は、吉田とY.Tさんのやり取りで理解を深めます。
吉田「販売を始めてよかったことはありますか?」
Y.Tさん「若い方から、高齢の方まで幅広く人と接することができることですね。みなさん、雑誌の理念を理解してくれる人が多いと感じます。お客さんと販売者という関係なのですが、お客様がフレンドリーに接してくれるので、自分の心に空いた穴が埋まっていく感覚がありました。」
吉田「販売において工夫していることはありますか?」
Y.Tさん「ビッグイシュー=ホームレス(汚い、暗いなど)という印象を持つ人もいると思うので、清潔感には気を付けています。毎日シャワーを浴びる、爪を切るなどですね。客商売なので清潔が第一だと思います。」
吉田「今後の目標はありますか?」
Y.Tさん「読者の方々は、社会で起きていることに対して似た感覚を持っていると思うんです。考え方が近いのに、そういう人同士が知り合わないのはもったいないなと思うようになりました。ビッグイシューを通じて、人をつなげる“ハブ”のような役割でありたいと思っています。」
最後にY.Tさんより、高校生の皆さんへ、一言。
「人は無意識に偏見や差別意識を持つことがあると思います。そんな(自分の中の)偏見や差別意識に気づいて、広い視野で物事を捉えてみる。視野が広がると、これからもっともっと広い選択肢があるのではないかなと思います。」
高校生からの質問「ホームレス経験が今に活きていることはありますか?」
最後は、生徒の皆さんからの質疑応答コーナー。普段、ホームレス経験者の話を聞ける機会はまずないため、さまざまな視点から積極的に質問が上がりました。Q. これまでの経験の中で、一番大変だったことと、その理由はなんですか?
Y.Tさん「一番大変だったのは、転落事故に遭って指が動かせなくなったことですね。お風呂に入ってもタオルが絞れないとか、服のボタンを留められないとか。日常生活では当たり前のことができなくなった時に失望感がありました。精神的な失望感というのは、日常生活を繰り返していくと苦にならなくなるのですが、身体的にどうにもならないことを体験したときに『もう人生終わったかな』と思いました。」
Q .ホームレスにならないためのアドバイスはありますか?
Y.Tさん「吉田さんからのお話でもあったように、困った時には『助けてください』と声を上げることだと思います。」
Q.何を目標にしてお金を貯めていましたか?
Y.Tさん「僕の場合はネットカフェに泊まりながら、昼間は雑誌を売るという生活をしていて、そこからまず部屋を借りるためにお金を貯め始めました。ビッグイシュー基金が運営している“おうちプロジェクト”という制度を利用して、部屋を借りるときの初期費用を支援してもらいました。現在はワンルームのマンションで生活できています。」
※おうちプロジェクト
Q.ホームレス状態を経験して、今に生かされていると思うことはありますか?
Y.Tさん「やっぱり、偏見を取り払ってものごとを考えるようになったことだと思いますね。」
Q.幸せとは、なんだと思いますか?
Y.T「僕も知りたいです。幸せって多分、自分が納得することだと思います。自分が納得するって、自分のわがままを押し通すことなのかもしれない、と考えることもあります。幸せってさまざまなかたちがあっていいと思う。広く心を開いてこの先突き進んでもらいたいなと思います。」
“困ったとき、誰かに『助けて』と言える大切さを改めて実感した”
最後に生徒会長の三田さんは、「本日はこのような講演会を開いてくださり、ありがとうございました。Y.Tさんの実体験や、ビッグイシューの活動やお話から、『ホームレスとは状態に過ぎず、その人自身の性格を表すものではない』ことを知り、私自身のホームレスに対するイメージが大きく変わりました。また、当たり前にある周囲の環境や人生を楽しむこと、困ったとき誰かに正直に“助けて”と言えることの大切さを、改めて実感しました。」と講義を締めくくりました。今回、この講義を企画してくださった新垣先生にもお話を伺いました。
「同僚に、ビッグイシューの大ファンの教員がいるんです。その紹介でビッグイシューの活動を知り、講演を依頼しました。学校のあるエリアは、貧困問題が身近になりにくい地域なのかもしれないと思います。そのため、生徒たちにも意識的に貧困問題や、ホームレス体験をなさった方のお話に触れてもらいたいと思い、この講義を企画しました。」と、講演依頼のきっかけや想いを語ってくださいました。
取材・記事作成協力:屋富祖ひかる
格差・貧困・社会的排除などについて出張講義をいたします
ビッグイシューでは、学校その他の団体に向けてこのような講義を提供しています。日本の貧困問題、社会的排除の問題や包摂の必要性、社会的企業について、セルフヘルプについて、若者の自己肯定感について、ホームレス問題についてなど、様々なテーマに合わせてアレンジが可能です。
小学生には45分、中・高校生には50分、大学生には90分講義、またはシリーズでの講義や各種ワークショップなども可能です。ご興味のある方はぜひビッグイシュー日本またはビッグイシュー基金までお問い合わせください。
https://www.bigissue.jp/how_to_support/program/seminner/
参考:灘中学への出張講義「ホームレス問題の裏側にあること-自己責任論と格差社会/ビッグイシュー日本」
人の集まる場を運営されている場合はビッグイシューの「図書館購読」から始めませんか
より広くより多くの方に、『ビッグイシュー日本版』の記事内容を知っていただくために、図書館など多くの市民(学生含む)が閲覧する施設を対象として年間購読制度を設けています。学校図書館においても、全国多数の図書館でご利用いただいています。図書館年間購読制度
※資料請求で編集部オススメの号を1冊進呈いたします。
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『販売者応援3ヵ月通信販売』参加のお願い
3か月ごとの『ビッグイシュ―日本版』の通信販売です。収益は販売者が仕事として"雑誌の販売”を継続できる応援、販売者が尊厳をもって生きられるような事業の展開や応援に充てさせていただきます。販売者からの購入が難しい方は、ぜひご検討ください。
https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。