国内に536万人いるといわれる「ギャンブル障害(依存症)」者。ギャンブルの繰り返しにより、彼らの脳はどのように変わってしまうのか。日本がこれだけのギャンブル症者を生んだ背景に何があるのか。10年にわたってギャンブル障害の患者を診てきた、精神科医で作家の帚木蓬生さんに聞いた。 

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下記は2015-04-15 発売の『ビッグイシュー日本版』261号(SOLD OUT)からの転載です。

ギャンブル障害、男性8・7%、女性1・8%
国民30人に1台のギャンブル機器

2014年の厚生労働省の発表によれば、国内にギャンブル障害が疑われる人は536万人いると推定される。有病率は男性8・7パーセント、女性1・8パーセントで、成人全体では4・8パーセントにものぼる。アルコール依存の109万人、ネット依存の421万人を大きくしのぐ。

2005年、福岡県中間市に通谷メンタルクリニックを開業して以来、ギャンブル障害の治療に取り組んできた帚木蓬生さんは、この数字をどう見るのか。

「海外の調査によれば、米国が1・6パーセント、韓国が0・8パーセントですから、日本は3~6倍です。法律上は『遊戯』として扱われていますが、実質的にギャンブルであるパチンコ・スロットが身近な町なかにあり、世界に720万台あるギャンブル機器の64パーセントにあたる460万台、国民30人につき1台という保有台数を誇る日本ですから、当たり前の数字だと思いますよ」

 帚木さんが05年8月からの2年間、通谷メンタルクリニックを訪れたギャンブル障害患者100人を対象に実施した調査によれば、性別は男性が92人、女性が8人。平均すると20・2歳でギャンブルを始め、27・8歳で借金が始まり、39・0歳で初めて診察を受けていることがわかった。それまでに注ぎ込んだ額の平均は1293万円。100人中96人がパチンコ・スロットがらみだったという。

 これだけの人がはまっているパチンコ・スロットだが、パチンコ店が出玉と特殊景品を交換し、店外にある景品買取所が特殊景品を換金するという「三店方式」を取っているため、表向きはギャンブルでないことになっている。ピーク時よりは減ったものの、パチンコ・スロットはいまだに約1万2千店が全国で展開され、20兆円産業ともいわれる。

 とはいえ、ギャンブルはアルコールや薬物のように何らかの物質を体内に取り込むわけではない。一見、身体に害はなさそうにも思えるが、精神医学のなかでは、どう位置づけられてきたのだろうか。

「80年に米国精神医学会が発表した『精神疾患の診断と統計マニュアル第3版(DSM―Ⅲ)』のなかで、ギャンブル障害は初めて『病的ギャンブリング』と呼ばれるようになりました。窃盗や放火、盗撮と同じ『衝動制御障害』という精神疾患として位置づけられたのです」

 一方で、精神科医の間では、アルコール依存症とよく似ていることから、同じ考え方に基づく治療が行われてきた。「離脱症状」と「耐性」という二大症状までが、アルコール依存症にそっくりなのだと帚木さんは言う。

「アルコール依存症者が酒をやめたら、場合によっては10日くらい眠れずに汗が出たり、幻覚を見たりする離脱症状が現れますが、ギャンブルの場合は、これが3ヵ月近く続きます。入院中、競馬場にいて目の前を馬が走っていく幻覚を見て、馬の名前を叫んでいる患者さんもいましたよ。酒も飲んでいるうちにだんだん強くなりますが、ギャンブルも同じで、よりハイリスクな穴を狙って大金を賭けるようになります」

 それゆえ、精神科医たちはギャンブル障害を「ノンケミカル・アディクション(物質ではないものへの嗜癖)」と、とらえてきた。そしてようやく13年、DSM─5が病的ギャンブリングをアルコールや覚醒剤、大麻、コカイン、タバコ、カフェインと同じ「アディクション(嗜癖)」に加えたのだという。

脳内で起こるハイジャック。
回復には必須、週2回の自助グループ参加

 ギャンブルという行為の反復が脳をも変えてしまうことも、最近になって徐々にわかってきた。

「この仮説自体は以前からあり、70年代から生物学的な検証が行われてきました。ギャンブルにはまった患者さんの尿の成分や髄液を調べたところ、報酬系を司る神経伝達物質ドーパミンが増加していることがわかったんです。報酬回路には二通りあります。一つは線条体を中心とした脳の奥深いところにある『衝動的な報酬回路』。こちらは今すぐの報酬を求めます。そして、もう一つが前頭前野を介する『思慮的な報酬回路』。ギャンブルに浸り、ドーパミンが過剰になると、衝動的な回路が優位に立ち、思慮的な回路をハイジャックしてしまうのです」

 さらに00年代になると、手足の震えや筋肉のこわばりなどが特徴の「パーキンソン病」や、足に不快な感覚が生じて眠れなくなる「むずむず脚症候群」の70代の患者らが、突然ギャンブルに通い出す症例が現れ始めたという。

「いずれもドーパミンが減少する病気で、ドーパミンを増やす薬がよく効くので、患者さんは病院で言われた以上の量を飲んでしまったのでしょう。これらの症例により、ドーパミンとギャンブルの関係が、ほぼ裏づけられることになりました」

 ギャンブル障害は「進行性の病で、完全に治癒することはないが、回復する(ギャンブルが止まった状態になる)ことは可能」だと帚木さんは言う。病気を進行させる最大の行いは、家族などによる「尻ぬぐい」だ。

「ここに来た患者さんの尻ぬぐいの最高額は1億6千万円。しかし、尻ぬぐいでギャンブルが止まることは決してない」と帚木さんは断言する。

 思慮的な報酬回路が効かなくなったギャンブル障害の人々は「借金と嘘と言い訳」にまみれ、「今だけ、自分だけ、金だけ」しか見ていない〝三だけ主義〟に陥る。そして「自分のあわれな姿が見えず、家族会議が始まると耳を閉ざし、自分の気持ちを言わない」〝三ざる状態〟にあるのも特徴だ。  帚木さんの著書『やめられない――ギャンブル地獄からの生還』には、妻の出産費用をパチンコ代に替える男性や、父親の葬式中も香典でパチンコに行くことしか考えられない男性などが次々と登場する。そこには人間の感情のかけらも感じられない。

 そんな彼らに最も効くのは、ギャンブル症者の自助グループ「GA(ギャンブラーズ・アノニマス)のミーティング」。月に1度の通院でギャンブルをやめていることを確認しながら、GAへと通ってもらうのだと帚木さんは言う。

「アルコール障害の自助グループから生まれた『12ステップ(※)』を基本とするミーティングでは、参加者は自分のことしか話しません。ほかの人は批判せずに黙って聞き、話し終われば拍手をする。先輩の姿を見ながら自分の生き方を点検し、人間を変えていくのです。患者さんたちは、ミーティングにはワクチン効果があると言いますが、できれば週に2回は行かないと効果は薄れてしまう。プログラムが目的とするのは思いやり、寛容、正直、謙虚さ。だからGAに通い、ギャンブルを10年もやめている患者さんは崇高な人間に生まれ変わっています」

※依存症からの回復を目指すために、自助グループが利用するプログラム。GAでは「①私たちはギャンブルに対して無力であり、思い通りに生きていけなくなっていたことを認めた」など12のステップがある。

監督〝官庁〟の既得権益に
野放しにされるギャンブル、責任は国家に

 そもそも国を胴元とする公営ギャンブルは、戦後、復興財源を確保するために始まったのだと帚木さんは言う。パチンコ・スロットを警察庁が監督し、関連団体をOBの天下り先としていることは有名だが、同様に公営ギャンブルも競馬は農林水産省、競艇は国土交通省、競輪・オートレースは経済産業省、スポーツ振興くじは文部科学省、宝くじは総務省が監督省庁となり、既得権益を得てきた背景がある。それゆえ地方のギャンブル場が赤字にあえごうとも、今さらやめられなくなっているのが現状だという。

国会


「パチンコ・スロットが現金機だった頃は、それでもまだ時間つぶしとして成立していましたが、90年頃にプリペイドカード式のCR機が導入され、数年後には現金機時代よりはるかにギャンブル性が高くなった。短時間に使う額がはね上がり、患者が急増しました。パチンコを監督しているのは警察庁ですが、警察共済組合の『たいよう共済』はプリペイドカード会社の設立にも出資。96年には、このプリペイドカードが偽造されて630億円もの損害を出す事件も起き、この金は闇社会に流れたものと思われます」

 同じ嗜癖でも、タバコやアルコールの販売については「吸い過ぎは健康を害します」などと、消費者に対してきちんと有害性を警告する義務がある。

「パチンコ・スロットをする人も同じように消費者です。パチンコメーカーには製造元責任があるし、ギャンブル障害という消費者被害が放置されてきたのは、消費者庁や法律家の怠慢ともいえる。『自分たちは被害者なんだ』という認識を、患者さんにはもっていただきたいものです」

 帚木さんの元に治療で訪れる人は、すでに横領事件を起こしたり、妻から離婚を突きつけられたりして「底を突いた状態」の人が多いというが、それに加えて近頃は、債務処理を行う司法書士や弁護士からの紹介、あるいはネットの情報を頼りに訪れる20代の患者も増えている。「若い人の脳には、新奇なものに惹かれ、興奮を求め、危険を求めるという3つの特徴があり、ギャンブルはこのすべてを満たしています。また、ギャンブルの開始年齢が若いほど、自死率が高いというデータもあります」 「ギャンブル障害を背景とする横領事件も時々世間を騒がせますが、実際にはもっと起きているはず。にもかかわらず国は無頓着な政策を続け、よその国の何倍もの患者さんを生み出してきた。アルコールでさえ、午前5時から午後6時までのテレビCMは自主規制しているのに、ギャンブルだけは野放し状態です。そこに加えて国はカジノまで推進しようとしている。ギャンブル障害は長らく個人の責任だといわれてきましたが、国家にこそ責任があります」

(香月真理子) 


ははきぎ・ほうせい
photo (Hahakigi_san)
Photo:山口楊平
精神科医、作家。1947年、福岡県生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、九州大学医学部卒業。05年、通谷メンタルクリニックを開業。精神科医としてはギャンブル障害の治療に尽力し、『やめられない――ギャンブル地獄からの生還』(集英社)などの著作がある。作家としては『閉鎖病棟』(新潮社)など、数々の小説で文学賞を受賞。

(書籍情報)
ギャンブル依存国家・日本――パチンコから始まる精神疾患』 帚木蓬生 著/光文社




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