日本でいち早くギャンブル障害(いわゆる、ギャンブル依存症)の治療にかかわり、ギャンブル障害の現状を発信してきた精神科医で作家の帚木蓬生さん。ギャンブル障害の歴史、症状、診断、回復への道を語る。
下記は2017-04-15 発売の『ビッグイシュー日本版』309号(SOLD OUT)からの転載です。
人々は危険を承知、歴史は厳しい取り締まり
月の患者の3分の1がギャンブル関連のことも
偶然による勝ち負け、賭けられる金品、実施のルール、この3つさえあれば成立するギャンブル。古代エジプトでは、ギャンブルの負債を返すために石切場の労働者になった貴族がいるし、『日本書紀』は689年、持統天皇の時代に双六(サイコロ賭博)が禁止されたと伝えている。「人の脳は報酬に惹かれるように進化してきたんです。古来、人々はギャンブルのリスクを承知していて、厳しく取り締まることでリスクを最小限に収めてきました。ところが今の日本には、536万人のギャンブル障害者がいると推測されています」と、帚木蓬生さんは言う。
福岡・中間市にあるクリニックの診察室には、患者さんの目を楽しませリラックスしてもらうために、花瓶いっぱいの花が活けられている。2005年の開業以来、636人のギャンブル障害者と約190人の家族が、このクリニックを訪れ、そのほとんどがパチンコやスロットがらみだったという。今年1月は新患23人のうち8人がギャンブル障害だった。これまで、ここで、どんな会話がかわされてきたのだろうか。
「診断は至って簡単です」と帚木さん。ギャンブル障害の診断は「サウスオークス・ギャンブリング・スクリーン」(※1)という国際的な診断基準に従って下す。「負けた時も勝っていると嘘をついたことがありますか」「ギャンブルのために仕事をさぼったことがありますか」など15の質問に答えて採点する。5点以上が「病的賭博者」とされるが、これまで帚木さんが診た多くの人は10点以上で、17点という重症の人もいたという。
※1 米国のサウスオークス財団がギャンブル障害の診断のために開発した質問表。
“借金”と“嘘”にまみれる日々
今、自分、金の“3だけ主義”
ギャンブルに溺れる症状について、海外では100年前に論文が発表されていた。「最も古いのは1914年に、フロイトの流れを汲む精神分析学派が書いたドイツ語の論文でした。また、かのドストエフスキーも、妻の日記などから病的賭博者であったことがわかっていて、『賭博者』(※2)は自分の体験に基づいた小説といわれています」と帚木さん。※2 ドイツで家庭教師をしながらルーレットにはまり、身を滅ぼすロシア人の青年を描いた作品。
古今東西、ギャンブル障害は長らく意志の弱さなど本人の資質の問題とされてきたが、1980年には米国精神医学会が精神疾患の診断と統計マニュアル第3版『DSM︱Ⅲ』で、ギャンブル障害を放火などと同じ衝動制御障害であり、“病的賭博”であるとした。ついで、92年の第4版『DSM︱Ⅳ』ではアルコールなどの物質への依存と同じような精神障害と捉えられるようになった。
88年から八幡厚生病院(北九州市)に赴任していた帚木さんは、アルコール依存病棟で入院患者を診ていたことから、アルコール依存症者の15%に病的賭博が合併していることに気づく。しかし当時、日本の精神医学の専門書には“ギャンブル障害”についての記述がほとんどなかった。持ち前の研究心に火がついた帚木さんは、92年に「病的賭博」、94年に「アルコール依存症に合併した病的賭博」という論文を発表。世界の文献と診察経験をもとに症状、治療法、社会的問題などを明らかにし、病気の実態を浮かび上がらせた。
そして、「2013年に発表された第5版『DSM︱5』では、第4版から続いていた論争に終止符が打たれ、ギャンブル障害は『依存』より強い『嗜癖』(アディクション)であると位置づけられました」と、帚木さんは言う。
「これまで診てきた患者さんからわかるのは、20歳前後にギャンブルに手を出し、5、6年後には“借金”と“嘘”にまみれる日々が始まります。いよいよ、どうしようもなくなり40歳近くになって家族に連れられて病院に来られるケースが多い。中でも、陥りやすいのが“危険を冒すのが好きで、興奮を求めやすく、新奇なものに惹かれる人”。これはすべて若者の特徴とも重なりますね」
さらに「患者さんは、自分の病気が見えない(見ザル)、人の忠告を聞かない(聞かザル)、自分の気持ちを言わない(言わザル)の“3ザル状態”にあるとともに、大切なのは今だけ、自分だけ、金だけの“3だけ主義”に陥っています」(『ギャンブル依存症からの生還――回復者12人の記録』より※3)。
※3 NPO法人 ビッグイシュー基金/2016年8月発行。
また、「覚醒剤やアルコール依存症の離脱症状は1週間~10日続くのですが、それと比べてもギャンブル障害は重症で、やめた後も3ヵ月くらいはイライラが続くのが特徴です」。
若年化する障害者
安全保障の前に、国の器の、底割れを防げ
そんなギャンブル障害からどうやって回復すればよいのだろうか。帚木さんの治療はこうだ。「ギャンブル障害に効く薬がないため、患者さんには月に1度通院しながら、週に1、2回は地元の自助グループGA(ギャンブラーズ・アノニマス)に通う治療を続けてもらっています」。自助グループでは、「12ステップ」(※4)を基本とするミーティングが行われている。「GAが地元にない人には、自分でつくることを勧めていて、おかげで福岡県には22のグループができています」
※4 依存症からの回復を目指すプログラム。ミーティングでは、ギャンブルをやめ続けている仲間の発言を批判せず黙って聞くことで、自分の生き方を点検する。
仕事などの縛りがない人は、病院に入院して集中的に治療を受けることもできる。「朝から夕方までミーティングずくめで、夜になればGAの先輩が迎えに来てミーティングへと連れ出してくれます」 通院の場合、月に1度の診察では「ギャンブルをどのくらいやめているか」「自助グループに通っているか」「金銭管理は誰がしているか」「ひやりとしたことはないか」など、複数の項目をチェックする。
「“女房から5000円もらって忘年会に出たら3000円で済み、1次会で抜けてパチンコに行きそうになった”患者さんもいれば、“財布には0円だけど、必要なものは女房が買ってくれるから何の不自由もない、嘘もつかなくていいから楽だ”と話していた患者さんもいました」
スリップ(ギャンブルを再び始めてしまうこと)した場合はGAで正直に話すことを勧める。自分の意志が発動しないギャンブル障害には、これが一番の歯止めになるという。「4年通院して来なくなった患者さんが、7年ぶりに『GAをやめて、またパチンコが始まりました』と言って現れた」こともあった。「パチンコを20年間300日続けたのなら、これまで6000回通ったことになります。ですから自助グループにも同じだけ通うこと。一生続く、生涯教育です」と、帚木さんは微笑む。
「最近はギャンブル障害が知られるようになり、親や本人が早く気づいて治療につながるケースが増え、40・50代中心だったGAも20・30代中心に若返りました。危険ドラッグなどと同じ予防教育を学校でも行うべきだと思います。もとは戦後の復興が目的で始まった公営ギャンブルですが、今度のカジノ解禁で、日本の歴史の大転換ともいうべき事態を迎えています。安全保障を論じる前に、まず、国の器の底がひび割れて水が漏れていることに気づくべきでしょう」
(香月真理子)
帚木 蓬生(ははきぎ・ほうせい)
Photo:山口楊平
精神科医、作家。1947年、福岡県生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、九州大学医学部卒業。2005年、通谷メンタルクリニックを開業。精神科医としてはギャンブル障害の治療に尽力し、作家としては『閉鎖病棟』(新潮社)など数々の小説で文学賞を受賞。著書に『ギャンブル依存国家・日本』(光文社新書)、『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(朝日選書)など。
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