ホームレス問題が深刻化している多くの国をよそに、フィンランドではホームレス人口を低減させている。フィンランドが「ハウジングファースト施策」ーーホームレス状態にある人たちにまず住居を提供し、その後で個々人が抱えている問題に対応するーーに舵を切ったのは約20年前のこと。一体フィンランドはどのようにして安価な住宅を数多く提供することができたのか。フィンランドに倣い、同スキームを採用しようとしているスウェーデンのストリートペーパー『ファクトゥム』誌のライター、サラ・ブリッツのレポートを紹介する。
諸外国が視察に訪れるY財団の活動
筆者がヘルシンキを訪れたのは11月。冷たい風が吹きすさび、湿った海風がからだに沁みる。答えの一つに、この「寒さ」があるのだろうと考えた。住まいを失ったからといって路上に出るのは命の危険がある、そのことをフィンランドは歴史から痛いほど学んできている。1967年、とあるシェルターが閉鎖されたときには、依存症に苦しんでいた50人ほどが次々と屋外で凍死した。また、その年はフィンランドの独立から50周年だったことから、刑務所にいた受刑者のうち980人が恩赦となったが、大多数の者たちはどこにも行くあてがなく、慌てて大規模の兵舎のような施設が建てられた。そのくらい、命にかかわる寒さなのだ。ハウジングファースト戦略が立ち上がったのは2008年。ホームレス問題を抜本的に改善させるには、政治的議論に終始するのではなく、すべてのシェルターを閉鎖または取り壊すべきだと、政治家たちが党派を超えて判断したのだ。それを“勇気ある決断”と評するのは、Y財団の国際課代表を務めるユハ・カウリア。この数日は、カナダの政治家や英BBCのジャーナリストたちも視察に訪れていたという。もはやフィンランドが有名なのは、「シス (フィンランド人の精神性を表す言葉)」、酒、サウナだけではないのだ。
Y財団では、ホームレス状態にある人やその可能性が高い人、低所得者向け住居の建設・修繕のほか、調査、提言、予防に関する取り組みを行っている。“すべての人に住まいを持つ権利がある”、“誰ひとりホームレスになるべきではない”、同じ信念を掲げる他組織との世界的ネットワーク形成にも積極的だ。ホームレス対策を掲げるフィンランド政府が資金を出し、環境省に相当する部門が運用している。この他、国内の4つの大きな自治体、アルコ(フィンランドの酒類専売の国営企業)などの組織、非営利組織にメリットがある抽選システムなどからも資金が提供されている。今や、Y財団は国内で4番目に大きな地主だ。
政府、そして自治体の介入が大きな役割を果たしている。ヘルシンキ市の土地の7割は自治体が所有し、賃貸は可能だが販売はできない。「Y財団は、低金利・40年と長期の返済期間で銀行からお金を借り、政府の利子補給も受けています。だからこそ、手頃な価格帯の住居を建てられるのです」とカウリア。ハウジングファースト施策は、シェルターなどの緊急一時避難所を設けるよりも、長期的に見ると社会全体、そして経済的にもメリットがあることがわかっている。入居者にとっても、心身ともにより健康になれる可能性を秘めている。
サウナ・ヨガスタジオ併設の若者支援住宅
だが問題は「住まい」をどうやって用意するかだ。ヘルシンキのカラサタマ港では目下、3万人分の住居と1万人の仕事場となる施設の建設が進められている。高層ビルから、ビーチ近くの一戸建て住宅などいろいろなタイプがある。この日も、安全ベストとヘルメット姿の男たちが交通整理をし、大型クレーンが建設材を運搬していた。午後の弱い太陽の光を受け、正面玄関がぼんやりと光る建物は、市やY財団からの資金援助により、犯罪歴のある若者向けに助成金対象の住居や施設を提供する非営利団体NAL(フィンランドのユースハウジング協会)が完成させたものだ。NALは、16の自治体で約2,200戸のアパートを所有している。ヘルシンキの漁港では新施設の建設が進められている。フィンランド全体で、若者向けの安価なアパートが4,500戸分確保されている。Photo: Tapio Haaja
入居者の年齢は18〜29歳までとされ、35歳までに退去しなければならない(ただし、アーティストは別スキームにより引き続き入居できる)。入居者は就業中か求職中でなければならず、学生は対象外だ。アパートの15%は追加支援が必要な若者向けで、毎週決まった日にスタッフが来て、社会保険庁の給付申請方法、教育機関への応募方法、生活費の支払いなどについて相談に乗ってくれる。
建物内には、サウナ、ヨガスタジオ、屋上の菜園施設、屋内の駐輪場、集会場が併設され、入居者は無料で利用できる。「不安定な環境で育った者たちは、どうしてもホームレス状態に陥るリスクが高くなります。これがホームレス状態に陥らないようにする方法なのです」と支援スペシャリストのヒルマ・ソルムネンは話す。
フィンランドのホームレス対策には、ソーシャルハウジング*1、ハウジングファースト、補助金付き住居、分権的ソーシャルハウジングがあり、すべてに共通するのは、だれ一人“定住所がない人”をつくらないこと。カウリアはヘルシンキ中心部に建つ予定のアパートの見取り図を見せながら、ソーシャルハウジングとハウジングファーストの提携について、「30年前からやっていることなので、今ではごく自然なことです」と話す。
*1 低所得者を対象とした政府や公的機関が提供する住宅制度。日本の公営住宅にあたる。
とはいえ、近隣住民からの不安や偏見、ニンビー(NIMBY=Not In My Backyard)*2的な反応など、懸念材料はある。スウェーデンでも、たった一人の訴えが、建設を何年も遅らせることがある。それに、フィンランドの新政権(2023年6月〜のペッテリ・オルポ政権)は社会事業の予算カットを示唆し、Y財団により安価な住宅建設を求めている。失業者の上昇、大都市への移民増加、建設費の高騰なども課題だ。「でも、人々がホームレス状態に陥らないためには、無理せずに暮らせる住居を建てることが何よりの方策なのです」とカウリアは断言する。「今は、長い間ホームレス状態にあった人たちに注目していますが、その効果が問われるところです。ちょっとでもホームレス状態になるリスクがある人は長期化するおそれがありますから」。Y財団の最初のプロジェクトには、住居の購入・修繕に1億4千万ユーロ(約230億円)かかるなど多額の資金も必要だ。「でも、ホームレス支援と社会全体のコスト削減を両立できているという前向きな動きが起きているんです」とカウリアは声をはずませる。
*2 施設の必要性は認めるが、「うちの裏にはやめてくれ」と考える住民の姿勢を指す。
ヘルシンキ中心部のすぐそば Alppikatu にある85戸のアパートを訪れた。もともと1936年に救世軍がドミトリーとして整備したもので、現在はハウジングファースト施策に則った住居として運用され、約20名のスタッフが居住者のサポートにあたっている。
住人の一人、ジェイク(46歳)に話を聞いた。何年も路上で暮らしてきたが、今は自分のアパートも郵便ボックスもある。看護師やソーシャルワーカーとも定期的にアポを取っている。食堂では毎日安く昼食を食べられる。近くにあるメタドン・クリニック(薬物依存症者のための診療所)で仕事もしている。
何年も路上生活を続けた後、今はヘルシンキ市内のこのアパートで、自分で家賃を払って暮らしているジェイク。
Photo: Sarah Britz
「HIVエイズや肝炎にかかるリスクを減らすため、使用済みの針を清潔な針に交換しています。14歳の頃からドラッグを使っていた私にぴったりの仕事です」。ここで11年間暮らしたジェイクは、もうすぐ退去するつもりだ。「彼女と一緒に暮らせるアパートの空きを待っています。田舎に引っ込んで、小さな家に暮らせたら理想だけどね」
ジェイク
Photo: Sarah Britz
しかし全体を見渡せば、ハウジングファースト物件をめぐっては、一般の住宅に移れず居座ってしまう人がいたり、“プライベート空間”とされ、ソーシャルワーカーが立ち入れない個々人の部屋の中の状況(薬物の利用、衛生・栄養状態、火災リスクなど)に関する懸念点があるという。
住宅危機に見舞われているスウェーデン、ハウジングファースト施策は実現可能か
ソーシャルハウジングはスウェーデンの政界でも難しい問題で、各陣営ともに反対勢力が上回る。ソーシャルハウジングを推進すれば国として貧しくなり、すでに深刻な社会問題となっている「居住エリアの分断(Segregation)*3」がより固定化するとの言い分だ。*3 社会経済的地位の低い人、移民・難民、ギャングたちの住むエリアが偏ること。
だが、カロリナ・スコーグ(元環境大臣)はアフトンブラーデット紙の意見記事で、「(一般の)住宅の数を増やすだけでは不十分。住宅費の支払いで生活が困窮している人たちに照準を合わせた具体策を打ち出す必要がある」と、ソーシャルハウジング施策の必要性を訴えた。ルンド大学のハンス・スワード教授もダーゲンス・ニュヘテル 紙の論説で、「ホームレス問題に対処する上で最も重要なのは、住宅・社会に関する強硬な政策」と述べている。不動産会社Fastighetsägarnaも、スウェーデンの住宅政策における最大の課題は、増加傾向にある貧しい世帯や社会的弱者を対象とした住宅不足にあるとの考えだ。
記録的な住宅不足のあおりを受けているのは、学生、移民、高齢者などの新たな層で、債務取り締まりを行う公的機関クロノフォグデン(Kronofogden) の統計によると、子どものいる世帯が退去を迫られるケースが増えているという。病気や依存症が原因なのではなく、シンプルに住居費を払えなくなって住まいを失う「構造的ホームレス」が増えている。ソーシャルハウジング施策を掲げるフィンランドでは、家を見つけるのが困難な人に住まいを手配する責任を国が負っているのに対し、福祉国家(であるはずの)スウェーデンでは、家の確保は個人の責任とされ、彼らを支援する義務を負っていないのだ。
住宅の危機的状況を受け、スウェーデン議会は2022年夏、ハウジングファースト施策に3千万スウェーデン・クローナ(約4億3千万円)を充てる決定を下した。家を失う人が減れば、社会にもプラスに働く。そのサイクルを止めるのは、安定して暮らせる住まいだ。専門家にはずっと以前から自明だったことに、ようやく資金が充てられることになった。しかしこれまでのところ、多くの議論はなされているものの、具体的なアクションはそれほど起きていない。『ファクトゥム』誌の調べでは、2018年時点でハウジングファースト施策を導入していた自治体は18で、2022年時点でその数は20に。とくに積極的なのは、イェーテボリ、マルメ、ヘルシンボリのようだ。
「ハウジングファーストの実施には、新しい知識、賃貸住宅への新たなとらえ方、これまでとは異なる働き方が求められます。生活上のさまざまな判断を、支援の提供側ではなく居住者自らが行います。依存症や精神疾患の受け止め方も大事になってきます。ハウジングファーストを謳ったところで、補助金などの支援がなければ、困窮者たちには手が出せません」とカウリアは言う。
By Sarah Britz
Courtesy of Faktum / INSP.ngo
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