「ジェンダー・ペイン・ギャップ」という言葉をご存じだろうか。女性の痛みへの理解不足により、男性の痛みと比べて医療上の不具合が起きやすいという格差の問題だ。女性にとっては今さらと感じられるかもしれないが、オーストラリアでは2024年になってようやく、国内初となる「女性の痛み」にフォーカスした調査がヴィクトリア州で始まるという。こうした調査が必要な理由について、『ビッグイシュー・オーストラリア』の記事を紹介しよう。
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十分に理解されてこなかった「女性の痛み」
ヴィクトリア州政府が「女性の声を聞くプロジェクト(Listening to Women’s Voices)」として1750名の女性に調査したところ、約半数の女性が生理にまつわる体調により、健康や日々の生活に支障があったと回答した*1。5人に2人が「慢性的な痛み」を感じ、3人に1人が「仕事に支障があった」、30%が子宮内膜症、更年期、慢性的な痛みによるメンタルの不調を訴えた。ジェンダー間で痛みに格差があることが可視化されたことを受け、「女性の痛み」について本格調査を実施し、女性への医療改善に向けた提言を行うことになったのだ*2。*1 Let’s talk about improving women’s health in Victoria
*2 Inquiry into Women's Pain
「女性の痛みはずっとないがしろにされてきました。というか、ないがしろにしている意識すらなかったという方が正しいでしょう」と話すのは、ペニンシュラヘルス病院の産婦人科臨床部長ニシャ・コート医師だ。「女性の痛みがまともに受け止められていないことを示す研究が数多くあるとおり、女性が苦痛を訴えても、まともに取り合ってもらえないケースはめずらしくありません」
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同じ病気でも、性別によって症状が異なることがある(心臓発作の症状など)。一般的な「健康」においても、性や生殖にかかわる心身・社会的な健康(リプロダクティブヘルス)においても、女性特有の症状に理解が追い付いていない。「生理、更年期、出産などありとあらゆる女性の経験について声高に言うものではないとされてきたので、全ての痛みを一緒くたにされがち。話題にならなければ、その痛みを経験する人は、“自分だけがこんな目に遭っている”と考えてしまいます」とコート医師。
妊娠すると生理痛がなくなると言われた、ヒステリー症と診断されたなど、似たような経験談がどんどんと明るみに出るようになってきた。閉経期のジャーナリストがニュースを読み上げている最中にホットフラッシュ(のぼせ、ほてり、発汗などの更年期症状)が起きた動画が拡散されたのも、女性たちの声を表している。
痛みが価値判断(value judgement)*3され、女性の痛みは“あって当然のもの”“それぞれが耐えるべきもの”とされることに、コート医師は危機感を持っている。女性といっても一人ひとり違うのだから、医療従事者は患者の話をよく聞き、それをもとに治療方針を立てる姿勢が必要だと主張する。
*3 価値的な評価で判断すること。反意語は事実判断。
子宮内膜症のすさまじい痛みを理解しない男性医師
女性と多様なジェンダーの人々の痛み・性的健康、メンタルにまつわる偏見をなくすことを目指すオンラインコミュニティ「プライベート・パーツ(Private Parts)」の設立者フィー・マクレーは、今回の女性の痛みの調査分科会で共同議長を務めている。子宮内膜症(子宮の内側が荒れて、炎症や瘢痕化を起こす慢性的で複雑な疾病)とともに生きてきたマクレーは、「痛みのある生活がどれだけつらいものかを身をもって知っている、それ以外、私には何の資格もありません」と冗談めく。20代になって痛みを感じるようになり、またたく間に症状が悪化した。「女性ならしょうがないのかなと最初は軽く見ていました。他の人も同じ思いをしているのなら、私だけ不平をこぼすのも違うのかなって。でもひどいときは、1週間ほどまともに生活できないくらいでした」
「ただの生理痛」だと医者に言われたので、そう思い込もうとした。しかし、痛みでしゃがみこむ、吐き気に襲われる、ベッドから起き上がれなくなり、いよいよ専門家の助言を求めることにした。「生活が一時停止した感じでした。私の体に何が起きてるの? もうダメなの? 何もできないの?」。仕事、勉強、人付き合いにも大きな支障が出て、収入も落ち込んだ。しかし、病人であること、医療を受けることには、何かとお金がかかる。
数年前にも、真夜中に緊急治療室に駆け込んだ。子宮内膜症の炎症で足が思うように動かなくなったのだ。「男性医師がやって来て、私をちらっと見るだけで何も診断らしいことを言わないんです。『子宮内膜症で手術も受けたことがある』と伝えたのですが、『気分安定薬を飲ませなさい』とだけ言って立ち去ったんです」。付き添ってくれていたパートナーと引き離され、別室に連れて行かれた。医者に自分の話をまともに聞き入れてもらえず、「心がぽっきり折れたようでした」と振り返る。
医療の公平性を高める動き
現在、病院では痛みを計るのに、1〜10段階方式が使われるのが一般的だ。この方式はある範囲の痛みには有効だろうが、もっと広い意味での痛みについて伝えるには“始まり”でしかない。「痛みはとても複雑なもの。一人ひとりがどんなふうに痛みを感じているか、痛みの微妙なニュアンスまではこの方式では把握しきれない」とコート医師。「深部痛、うずく痛み、耐え難い痛み...いろんな痛みがある」のだから、痛みを訴える人に興味を持ち、理解しようとする姿勢が必要とマクレーも同調する。痛みの根本原因を調べて処置を受けるうえで「公平な対応」も重要だ。コート医師が指摘するのは、精巣捻転と卵巣捻転で病院に来る患者の「切開判断」までの格差だ。どちらも迅速な医療措置を必要とする事態だが、平均すると女性の手術待ち時間は男性よりも2倍長く、卵巣を失うリスクが高いという。
医学研究自体にも女性蔑視がある、とコート医師は指摘する。女性と男性では明らかに生理機能が違うのに、医学的には同じで、女性は男性の小型版と考えられてきた。医学実験や研究でオスのラットが好まれるのは、メスは月経周期やホルモンの変動から不機嫌で予測がつきにくいとみられているため等。
コート医師はまた、診断を受けるまでの障壁にも言及する。国民健康保険「メディケア」で診てもらえる一般開業医の数が全国的に減っていること、メディケアの慢性的な資金不足を挙げ、「どこに住んでいるか、どんな人に診てもらうかによって、医療費は大きく違ってきます」。また、子宮内膜症の腹腔鏡手術は緊急性を伴わない「待機的手術」に分類されているため、すでにパンパン状態の公共システムにおいて手術は最長3年待ちになるなど、痛みを抱えている人には耐えがたい状況がある。
「公平性は一歩一歩埋めていくしかない」とコート医師。女性向けに、トリアージ(患者の重症度により治療の優先順位をつけること)と治療を一箇所で行える医療拠点を増やそうと投資を進めている州政府もあるが、まだまだまれなケースだ。
当事者の声をすくい上げ、身のある対策へ
痛みがあると、友人や家族から孤立しやすいという問題もある。マクレーは、自身が育ててきたオンラインコミュニティ「プライベート・パーツ」に大いに助けられたと感じている。痛み、鎮痛剤依存症、性的な欲望、子どもを産む可能性など、他ではあまり議論されてこなかったテーマについて、多くの女性に取材してきた。マクレー自身、ベッドの中でお腹に湯たんぽをあてながら作業することもあったという。これからも、当事者の声を大切にしながら「ジェンダー・ペイン・ギャップ」について語り合う場を広げていきたいと考えている。「痛みに苦しんでいる人たちは、統計上の数字でもパーセンテージでもない。生活に大きな支障を来している生身の女性たち。単なる調査で終わらせるのではなく、女性たちの声をすくい上げ、そこからどんな対策を打ち出していくかが問われています」
コート医師は最後に、真の変化を起こすために力を結集させる必要性があると語った。「みんなで声を上げていく。個々人のレベルではなく、集団行動へと発展させていく必要があります」。そのためには、公衆衛生、医学、政治など、さまざまな場で女性リーダーを立てていくことが力になると。
By Mel Fulton
Courtesy of The Big Issue Australia / INSP.ngo
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