フィンランドでは、ホームレス状態にある人の数が年々減少している。だが、統計が必ずしもすべての現実を捉えているわけではない。ポジティブに見えるニュースに影を落とす今後の懸念点について、フィンランドのストリートペーパー『Iso Numero』からレポートが届いた。
Alexander Farnsworth/iStock photo
現場の感覚と一致しない統計データ
2023年11月時点でフィンランドで住まいのない単身生活者は3,429人、うち1,018人は長期的にホームレス状態にある人だ。家族でホームレス状態にある人たちも123組いた。これらは、政府機関 Housing Finance and Development Centre of Finland(ARA)が2024年2月に発表した統計だ。統計上、ホームレス状態にある人の数は年々減少している。フィンランドは体系的な支援とハウジングファースト施策によって、EUで唯一ホームレス問題を軽減させている国とされている。しかし、一見正確と思しきこれらの数字が物語る真相とは? 「最初は数字が減っているのだから、よくやっていると思っていました」と話すのは、ブルーリボン財団の開発部長リーナ・ルシ。「ところが、これらの統計は何を基にしているのか、本当に正確な数字なのかと疑うようになりました」
ARAの統計は、11月の特定の日に地域内でホームレス状態にある人をカウントした自治体の報告に基づいている。回答率は72%で、返答のない自治体もある。前年度に“ホームレス状態の人がいる”と報告した17の自治体からも、今回は一切情報が送られてきていない。統計には、あらゆる種類の「ホームレス」が含まれ、最も多いのは友人・親戚宅に居候している人で、全体の62%を占める(こうした人たちを一切カウントしない国もある)。路上、階段の吹き抜け、緊急シェルターで寝泊まりしている人は、ホームレスとされる人の6人に1人以下だ。
NGO「No Fixed Abode」のサービスマネージャー、ユッシ・レヘトネンは、現場の感覚からすると、路上生活者や長期的にホームレス状態にある人の数は、ARAの統計と一致しないという。公的機関に接触したことのない人や、自分の住宅事情を管轄当局に知らせない人は統計に含まれていない。だが、そういう人たちの存在を支援者らは知っているので、実際にホームレス状態にある人は統計より多いと踏んでいる。ARAは報告書の中で、統計はあくまで兆候を示すものであると強調し、とりわけ長期的ホームレスに関して正確なデータを把握するには、人々の住居履歴などの細やかな情報収集が不可欠だとしている。
「おそらく自治体の見通しが楽観的すぎるのでしょう」と言うレヘトネンは、情報の収集法を指摘する。例えば、「緊急シェルターの利用者」については、各シェルターで、ある時点の数字を集計したもので、より長期にわたって見れば、利用者の入れ替わりなどが反映され、数字が増えるのは間違いないと。フィンランド最大の非営利の地主、Y財団のテイヤ・オヤンコスキCEOは、データを提供するのは自治体だが、そのデータ運用の大部分を福祉事業が行っていることも課題だと指摘する。とはいえ、「統計には常に何らかのバイアスがかかるもの。それが統計の本質です」とも。
若者、女性を取り巻く事情の悪化
全体として、フィンランドでホームレス状態にある人の数はおそらくARAの統計よりも多少増えるだろう。だが、長期的に減少傾向をたどっていることは間違いない。統計では、フィンランドのホームレス問題は1986年から80%減少し、長期的ホームレス問題は2008年から70%減少している。しかし、こうした数字も全体像を伝えていないとルシは注意を促す。「フィンランドのホームレス事情についての統計や語られ方には、統計に含まれない人々の状況までは触れられていません。数字は減っていても、ホームレス問題は以前よりずっと深まっています」「例えば、前年度と比べて、ホームレス状態にある若者の数は3分の1(35%)に、ホームレス状態にある女性の数は6分の1 (17%)にまで減っています。ですが、こうした人たちを取り巻く状況は、さまざまな点で以前よりも厳しくなっています。私がこの仕事に就いて30年になりますが、今ほど若者を取り巻く状況がひどいときはありませんでした」とルシは語る。
ブルーリボン財団ではヘルシンキ市内で薬物関連の若者支援センターを運営しているが、ルシいわく、この場所を訪れる若者は皆、「仲間が薬物のやり過ぎで入院した」「過剰摂取で命を落とした奴がいる」などと話す。フィンランドの若者の薬物関連死亡率はヨーロッパで最も高いレベルにある。「心の健康の問題、薬物依存、注射による薬物の深刻な副作用(手足の切断、心理社会的な症状)が見られるのに、治療を受けるのに、かなり長期間待たされている現実があるんです」
フィンランドの「ホームレス」は、路上や緊急シェルターで寝泊まりしているわけではなく、友人や親戚宅に身を寄せている人が多い。Credit: Sara Aaltio
現在、ホームレス状態にある人のうち女性は20%のみだが、彼女たちの精神的・身体的状況も悪化する一方だ。「支援施設やホームレス支援団体を訪れる女性の状況がとにかく悪化しています。若年化もすすみ、虐待に遭う人も多く、薬物依存の問題も深刻です」とルシ。
接触するのが難しい人たち
現制度の枠組みでは、住まいがなく深刻な薬物依存状態にある人たちに接触すること、ましてや住まいを手配することはなおさら困難である。それは現制度がつくられたときと今では課題が大きく異なるからだ、とレヘトネンは指摘する。また、ホームレス状態にある女性や若者の数は減っている一方、2015年以降減少していたホームレス状態にある移民の数は25%増加している。移民は、差別や情報不足から、所得が低く、悪徳仲介業者や詐欺的大家のカモにされやすいため、ホームレス状態に陥るリスクが高い。さまざまな要因で深刻化するホームレス問題。Credit: Sara Aaltio
ホームレス状態になるリスクがさらに高いのが、在留許可証なしにフィンランド国内で暮らしている人たちだが、これも統計の数字には現れにくい。ARAの統計にも不法滞在者は含まれていない(EUの中には、在留許可証の有無にかかわらずカウントしている国もある)。複数の見積もりによると、フィンランドには1,000〜6,000人の不法滞在者がいるとされるが、支援団体がこういう人たちに接触し、どんな住環境にあるのかを確かめることは困難だという。ヘルシンキには、不法滞在者(EU市民だがフィンランドでは登録のない人や、第三国の市民が対象)向けの緊急シェルターが100近くあるが、そこに落ち着く人は不法滞在者のごく一部でしかなく、親戚や友人宅に居候しているーー定義上「ホームレス」と分類されるーー不法滞在者がどれくらいいるかは不明だ。
給付削減がもたらす影響
フィンランドでは2024年4月、失業給付、住宅手当などの削減が施行される。政府は住宅手当の受給が認められる最大家賃も引き下げた。ルシはその余波を懸念する。「その影響でホームレス問題が広がらないなど考えられません。現政府もホームレス支援プログラムの導入を支持するとは聞き及んでいますが、もっと積極的に働きかけていく必要があります」Y財団のオヤンコスキCEOも同じ懸念を抱いている。「現在、ホームレスの人数は記録的な低さで、それは素晴らしいことなのですが、この数字もまもなく増え始めるでしょう」と話す。福祉面での改革、法律改正、最も困難な状況にある人たちを対象とした支援の削減が合わさり、家を失うリスクが高まっているからだ。家賃や物価が上昇する中、給付まで削減されて、低所得者はどうやって食べていけばよいのか。「成長している都市で手頃な家賃のアパートが見つからないのなら、高齢者や周囲に頼る人のいない単身者はあっという間に家を失ってしまうでしょう」とこぼす。統計上はホームレス問題は解決に向かっているように見えるかもしれないが、特にホームレス状態の人の数が多いヘルシンキでは、住宅手当の削減がさらに複雑な状況を生み出すだろう。
その変化はすでに可視化されているという。Y財団では、いっそう安価なアパートが求められているが、物価や利率の上昇により賃料は上がっている。助成金に依存して生活している人たちは、Y財団のような補助を受けている住宅の家賃すら支払えない。偽善的な政治だとオヤンコスキCEOは主張する。「こういう人々のニーズにどうすれば対応できるのか、社会的な議論があるべきです。これまでは住宅支援や補助的所得支援でなんとかやってこられましたが、それにも制約がかかるというのなら、国の制度自体がホームレス問題を引き起こしているのではないでしょうか?」
困難な状況では、些細なことですら問題となる。この見直しによって、住宅支援や基本所得支援を受けている人の多くは、所得支援の税控除が受けられる部分を賃料にまわすことになるだろうとレヘトネンは指摘する。「この事態が100人に起きたなら、少なくともそのうちの10人は家賃滞納などによりホームレス状態に陥るだろう」と見積もる。しかし、たとえホームレス問題が拡大しても、すぐには統計には現れず、フィンランドの評判もしばらくは維持されるだろう。「人が危機的状況に陥り、砂上の楼閣が崩れ落ちるには少し時間がかかるので、統計に現れるのにも時間差があるでしょう」
ブルーリボン財団
https://sininauhasaatio.fi/en/sininauhasaatio/
Y財団
https://ysaatio.fi/en/
Translated from Finnish via Translators Without Borders Courtesy of Iso Numero / INSP.ngo
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https://www.bigissue.jp/2022/09/24354/
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ビッグイシューについて
ビッグイシューは1991年ロンドンで生まれ、日本では2003年9月に創刊したストリートペーパーです。
ビッグイシューはホームレスの人々の「救済」ではなく、「仕事」を提供し自立を応援するビジネスです。1冊450円の雑誌を売ると半分以上の230円が彼らの収入となります。