ホームレスサッカー 10年間の軌跡~互いを認め合う社会の実現に向けて~

私たちNPO法人ビッグイシュー基金では、2003年からサッカーを通じてホームレスの方々の自立を応援してきました。これまでに3度ホームレスワールドカップにチームを派遣し、大会を通じてホームレス状態であった選手たちが自立に向けてステップを進めていく様子を目の当たりにしてきました。

そして2015年からは、新たな取り組みとして「ダイバーシティカップ」を開催し、ホームレスだけでなく、うつ病、不登校・ひきこもり、LGBTなど多様な社会的背景・困難を抱えた人を対象にサッカーを開いています。

今回は、これまで10年以上にわたるホームレスサッカーの取り組みを振り返り、そして、いま私たちが考えるサッカーを通して目指す社会のあり方について、ご紹介できればと思います。

NPO法人ビッグイシュー基金・ダイバーシティカップ担当
中田彩仁(なかた・さやと)


<目次>
・なぜ、ホームレスがサッカーを?
・ホームレスワールドカップへの挑戦
・ダイバーシティカップという新たな取り組み
 -多様性を認め合うサッカーの場
 -排除の側面を克服するスポーツの形
・私たちの社会をとらえ直す

なぜ、ホームレスがサッカーを?

 ホームレス状態になってしまう原因は、失業して収入がなくなることで、住む家を失ってしまうこといわれています。当然ながら、その対応としては就労や住まいへのサポートが重要視され、サッカーというある種娯楽のような活動については、理解してもらえないことも多くあります。「遊んでいるなら、仕事を探したら?」「サッカーよりもすべき支援があるのでは?」そんな意見をいただくことも少なくありません。

しかし、少し想像してみてほしいのです。たとえ路上生活に至る大きな原因が失業であったとしても、そこにセーフティネットとなる人間関係があれば、ホームレスという究極的な状況に陥ることは避けられるはずです。ホームレス状態に至ってしまう方の多くは、その過程で、家族や友人などあらゆる関係性から抜け落ち、路上に至っているということを認識する必要があります。

さらに2008年以降に顕在化した「若者ホームレス」の存在からは、より複雑な様相が見えてきます。資料からは、彼らの多くがそもそも家族との結びつきが弱かったり、関係の悪化から家を出るなどの実態がうかがえます。特に、養護施設の若者は、18歳になると施設を出て自力で生きていかなければなりません。家族という基盤がない中、仕事が不安定になると、生活自体も一気に不安定になってしまうという構造は、ホームレス問題が失業だけでない様々な複雑な背景と折り重なっていることを暗示しています。ほかにも不登校・引きこもり、若者無業者(ニート)、障害をもつ人など、社会とのつながりが希薄な若者は潜在的に多く存在し、それはホームレス問題と地続きといっても過言ではないでしょう。

NPO法人ビッグイシュー基金『若者ホームレス白書』p5
(資料 NPO法人ビッグイシュー基金『若者ホームレス白書』5ページ)

だからこそ彼らの自立をサポートする上で「人との関係性」という側面は、見逃すことのできない大切な要素であり、その手段としてサッカーの可能性を感じています。サッカーを通じて仲間とつながり、スタッフとの関係性を築き、自立へのステップを歩むきっかけとなることを目指し、活動を続けてきました。

ホームレスワールドカップへの挑戦

ホームレスワールドカップの出場資格は、“ホームレス”であること。2003年に第1回大会が開催されて以来、今や70以上の国から500人以上の選手が参加し、UEFA(欧州サッカー連盟)やNIKEなどもスポンサーとして開わる大きなスポーツイベントとなっています。国を背負い、チームメイトと戦い抜くことが、ホームレスとなり一度はあきらめかけていた自分自身の人生をやり直す大きなきっかけとなるのです。大会をきっかけに家族との関係を修復したり、プロのサッカーチームとの契約に至る人もいるなど、自立へ向けた大きなステップとなっています。

 ホームレスサッカー日本代表「野武士ジャパン」は、2003年スウェーデン・イェテボリー大会、2009年イタリア・ミラノ大会、2011年フランス・パリ大会とこれまでに3度大会に出場し、大会を通して選手達が自立に向けて大きく変化していく姿に立ち会って来ました。

ホームレスワールドカップミラノ大会1-1

大会に出場するには、パスポートを取得する必要がありますが、そもそも“ホームレス”である彼らには住所はありません。ホームレスワールドカップは「今の自分の現状をどうにか変えたい、抜け出したい」という気持ちを後押しするきっかけにとなり、疎遠だった家族に数十年ぶりに連絡をして再会を果たしたり、大会に向けてアパートへの入居を目指し努力する選手の姿が見られました。また、コミュニケーションが苦手だった選手が、チームメイトを自ら誘って自主練習を始めたり、言動に少し乱暴さのあった選手が、練習を重ねていく中でチームメイトを信頼し、物事を前向きに捉えられるようになるなど、それぞれが自らの人生に向き合い、その後の人生の糧となる場でした。

ホームレスワールドカップミラノ大会1-2
(写真:ホームレスワールドカップ・ミラノ大会(2009年))

結果は、ミラノ大会では48チーム中46位、パリ大会では48チーム中48位。数字だけを見ると決して善戦したとは言い難いですが、大会を終えた選手の言葉からは、その貴重な経験が語られています。

大会に参加できて本当に来てよかったです。初めは1人1人がバラバラでこんなチームではだめだと思いました。でも試合を重ねていくたびに、けんか、争いがありましたけど、最終的には1つのチームになりました。チームがひとつになることは難しいですが努力をすればひとつになれることを学びました。あきらめないで戦いを続けられたので、勝利は出来ませんでしたが、胸をはって日本に帰りたいと思います。(パリ大会出場選手・Oさん)

しかしながら、「就労による自立」を目指す中で、それが無意識に過度なプレッシャーとして選手に圧し掛かってしまったことも事実でした。彼らがそれまで経験してきたものは、数か月という短いスパンで解決できるほど単純なものではなく、その重圧に耐えきれずに途中で姿を見せなくなってしまった選手や、大会後一旦は就労に結びつきながらも、その状態が不安定になるとサッカーの場から遠ざかってしまった選手達も少なくありませんでした。多くの人に期待され、応援される中で、「成功すること」がプレッシャーとして重くのしかかり、それが困難になったとき、築かれていた関係性が途切れてしまうという残念な結果になってしまったこともありました。

ダイバーシティカップという新たな取り組み

そのような経験を経て、私たちは2015年からダイバーシティカップという国内大会の開催に注力しています。ホームレスの人だけでなく、うつ病、ひきこもり、LGBT、ギャンブル依存症、外国にルーツを持つ若者など、様々な社会的背景・困難を持った人たちを対象とし、サッカーを通して互いを理解し、多様性を尊重することを目的に開催しています。第1回大会(2015年)には、10チームから総勢250名、第2回大会(2016年)には15チームから350名近くが参加し、サッカーを通して交流がなされました。

第1回ダイバーシティカップ1-1
(写真:第1回ダイバーシティカップ(2015年))

多様性を認め合うサッカーの場

ダイバーシティカップでは、単にフットサルをして終わりではなく、参加者の交流を深めるいくつかの工夫を施しています。まずはアイスブレイクで少し緊張した参加者の心身をほぐしてから、試合に入ります。そして閉会式後には、交流会を通して対戦相手だった他チームとの交流も図ります。
第2回ダイバーシティカップ2-1
(写真:第2回ダイバーシティカップ(2016年))

うつ病などの精神疾患の経験した人たちで構成されたチームのメンバーは大会後のインタビューで以下のような言葉を残してくれました。

大会に出て、マイノリティってそもそもなんだろうって考えさせられました。ダイバーシティカップに出るチームは、社会的にマイノリティの名前がついているんですけど、フットサルをしたりコミュニケーションする上では関係ないんじゃないかと。ラベルがあるから妄想が膨らんじゃうけど、実際あって話すと、そのラベルって本当は何だろう?って。

マイノリティを肯定するとそれが“個性”になると思うんです。大会を通じて「あ、いろんな人がいるんだ。自分は自分でいいんだ」っていうことをチームのみんなも感じてくれたんじゃないかなと思います。

第2回ダイバーシティカップ3-2

 様々な背景・困難を持つ参加者たちは、社会で生活する上で、人と違うことで人知れず生き辛さを感じたり、何か一歩踏み出すことに不安を抱いてしまうことも多くあります。しかし、サッカーを通じて築かれる関係性においては、その入り口は限りなくフラットであるはずで、そうした属性は無効化されます。一緒にボールを蹴り、互いの違いを理解し合うことで、相手も、そして自分自身も肯定できる場が作られるのではないかと考えています。

第2回ダイバーシティカップ3-1
(写真:第2回ダイバーシティカップ(2016年))

排除の側面を克服するスポーツの形

 とはいえ、スポーツには、競技性を突き詰めると、人を排除する側面も併せ持っています。数字によって結果が明確に表れますし、もし、勝つためだけのチームをつくれば、運動が苦手な人はそこに居場所を見つけることは難しいでしょう。私たちの開くサッカーの場は、その点における“実験の場”でもあると言えます。例えば、ルールを変えれば、活躍する人が変わります。またプレイだけでなく、裏方として運営を手伝うボランティアや、応援団としてチームの応援歌を作るなど、多様な参加の形でその人らしく参加してもらうことで、より多くの人がその能力を発揮し、輝ける場は、増えるはずです。ダイバーシティカップは、フットサル大会でありながら、スポーツを通じて、より多くの人にとっての居場所となることを目指しています。
第2回ダイバーシティカップ4-1
(写真:第2回ダイバーシティカップ(2016年))

私たちの社会をとらえ直す

 2008年から始めたホームレスサッカーは、3度のホームレスワールドカップ出場の経験を経て、現在はダイバーシティカップの取り組みを軸に活動を続けています。

なぜ、ホームレスがサッカーするの?遊んでいるなら、仕事を探したら?

仕事に就かなければ、スポーツを楽しむことすら認められないのでしょうか?でも、皆さんも“楽しいこと”があるから何かを頑張れる、踏ん張れるときってありますよね。どんな“自分”であっても安心してつながることのできるから、一歩踏み出すことができる。それはホームレス状態の人も、不登校・ひきこもりの若者も、うつ病経験のある人も、サラリーマンだって、違うようでみんな同じはずです。「マイノリティ」や「社会的弱者」といったレッテルで判断するのではなく、自分らしくつながることのできる居場所があることで、多くの人がより自分らしく、自信をもって社会の中で生きていけるのではないでしょうか。

たしかにスポーツは万能ではなく、スポーツだけで社会問題を解決することは難しいでしょう。でも、そうした価値観が人々の心に浸透し、多くの人にとって居心地のよい社会をつくる土壌として、このサッカーの場の価値を見出せるのではないかと考えています。

次回大会は、3月6日(月)新宿コズミックスポーツセンターで開催します。この取り組みをより多くの人に届けられるよう、活動の輪を広げていきたいと思っています。