建築とホームレス問題から社会を考える第300回関西建築技術研究会で講演と対話

「“売り場のことはオーナーではあかん。わしら(販売者)が一番知っとんねん。”こういうことですよね、池田さん」と代表・佐野章二が言うと、少しためらいながらも、「まぁ、そういうことです」と販売者の池田さんはうなずいた。テンポの良いかけ合いに思わず会場がわく。そこには、互いを“ビジネスパートナー”として認め合う、ビッグイシュー代表と販売者の姿があった。


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ビッグイシューでは、多くの方にホームレス問題やその取り組みについて知っていただくため、販売者と一緒に出向き、講演や対話を行っている。2018年6月、記念すべき第300回関西建築技術研究会に、代表の佐野章二と天満橋駅の販売者・池田和政さん、淀屋橋北詰の販売者・吉富卓爾さんが招かれた。しかし、建築の専門家が多く集うこの会に、一見畑違いのビッグイシューがなぜ?

関西建築技術研究会代表幹事の山浦晋弘さんは、開会の辞でその理由を語った。「専門家としてではなく、人間として社会について考える機会にしたいと思います」。300回目の今回、普段の建築関係の話題からは少し離れ、“一人の人間”という視点から互いが社会を捉え直す時間となったのだろうか。その一部を紹介したい。

建築とむしろ対極にあるホームレス問題。しかし、対立しているわけではない

「ホームレス問題は、建築とむしろ対極にあるんです」佐野は両者をこう位置づけた。雨や日照りから身を守る屋根、強風や人目を気にしなくてよい壁、手足を十分にのばせる空間。建築は、そういった“ハード”な入れ物をつくることで人々の願いを形にしてきた。今や、人間の背丈をはるかに越える巨大な建築物が街を形づくっている。
一方、建築の生み出す“ハード”な空間から排除されたのがホームレスの人々。仕事を失い、安定的な収入が得られず社会からも排除され、路上に身を寄せる。

建築の分野が“ハード”な社会問題に取り組んできたとすれば、ビッグイシューは、生身の人間を対象にした“ソフト”な社会問題を扱ってきたことになる。しかし、両者は「対極」であって、「対立」しているわけではない。社会の対極でお互いに社会問題と関わっていると佐野は強調する。

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「空き家問題がありますよね」
現在、日本で820万戸にものぼる空き家は、社会問題として取り上げられる。一方、厚生労働省の調査では約5000人が路上生活者だとされる。そんな中、有限会社ビッグイシュー日本が母体となり設立されたNPO法人ビッグイシュー基金では、ステップハウスという取り組みを行っている。

家主の好意によりステップハウスでは、月1万5000円という通常の家賃よりもかなり安い価格でマンションの1室を借りられる。実際は、この内5000円が固定資産税と簡易補修費に充てられ、残りの1万円は販売者の資金として貯金される。まさに、半年の期限内に将来アパートなどを借りるための次への“ステップ”にするのだ。このような低家賃住宅としての空き家の活用は、もはやホームレス問題だけにとどまらない。日本の住宅問題を解決する糸口にもなっている。

はじめから社会を変えようと“きばって”いたのではない

ホームレス問題から見えてきた新たな問題にも取り組んできたビッグイシュー。だが、はじめからホームレス支援を通して社会を変えようと“きばって”いたのではない。「基本的にはみんな、夜は畳の上で、あるいは布団の中で、寒い日はあったかく、暑い日は涼しくして寝たいと思うじゃない。それができないっていうのは大変だなと思ったわけです」佐野は、2003年の創立当時を振り返り、こう続けた。「ですから、特に冬場、路上で寝る人が望めば、畳の上、布団の中で寝られるようにするにはどうすればよいか。その応援をしようというので始まったのがビッグイシューです」そこには、ハードな空間からこぼれ落ちていくホームレスの人々をソフト面からどうにかしたいという気持ちがあった。

その方法は、いたってシンプルだ。仕事がなくてホームレス状態になったのであれば、仕事を提供する。以来、ホームレスの人を対等なビジネスパートナーとして迎え、雑誌『ビッグイシュー日本版』を路上でホームレス状態の人に独占して販売してもらうというソーシャルビジネスを展開してきた。

他で買えない雑誌をつくらなければならない

とはいえ、情報がインターネットを通してタダで手に入る時代。まして、路上販売の文化がない日本で、ホームレスの人からしか買うことのできない雑誌をつくる。「そんなん日本でできるわけがない、と言われましたね」

だが、佐野たちは諦めなかった。「そんなん、やってみなわからへん」
手探りで奮闘する日々が始まった。「固いことばっかり書いていたら、なかなか読んでもらえない」という販売者からの“反乱”もあった。

それでも、『ビッグイシュー』はなんとか300号を超えて発刊し続けており、今なお販売者の手で毎号約2万部が売られている。その背景には、店頭で買える雑誌との差別化を意識し“路上で買う価値のある雑誌”、“販売者が誇りを持って販売できる雑誌”をつくらなければならないという編集部の強い思いがあった。

35号から販売している池田さんは、常連のお客さんに、「特集がいいね。だから、私やめられないのよ。だから、ビッグイシュー買わせてもらっています」と言われた話を嬉しそうにしてくれた。ビッグイシューはこれまでに、「僕たちが働き盛りの今 若者に仕事はない(2003年/創刊号)」 「日本、若者に住宅がない(2009年/128号)」 「“タネ”から考える食べ物の未来(2012年/192号)」 「ギャンブル障害(2015年/261号)」 「動く小屋(2018年/334号)」など、既存のメディアではほとんど取り上げられないテーマを扱ってきた。

中には、販売者に寄り添うことで新たに見えてきた問題もある。ビッグイシューを始めて3〜4年した頃、あることに気づく。「なぜ、非常によくやっていた人が、ある日を境に突然いなくなってしまうのか・・・」そこには、雑誌を販売して得た自立のための資金を症状の再発により使い込んでしまう、アルコール依存症・ギャンブル依存症に苦しむ一部の販売者の姿があった。

「社会の端っこにあって見えない問題をずっと見ていくと、そこには、ものすごく強い普遍性がはらんでいる。そういう観念が編集部にはありましたね」

ビッグイシュー編集部は、こうして発見した普遍性を誌面にしてきたのである。

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本当に大きな薬になるんです

「『寒いね。今夜は雨も降ってくるようだし、身体に気をつけてね。』お客さんからそう言われると、本当に大きな薬になるんです」と、池田さんはにっこりほほ笑んだ。

「ホームレス状態になる直前はみんなひとりぼっち。だれも助けてくれない。もっと言えば、社会的に孤立しています」。さらに、佐野はこう続ける。「例えば、ものを考えるのは一人でないとなかなか考えられない。そういう意味で孤独は人間にとって不可欠だと思います。一方、孤立は孤独であることも許されない状況、孤独であることも奪われる状況です」

一度は孤立を経験し、ホームレス状態になった人たち。だが、売り場でのお客さんとの会話を通じて、再び社会とのつながりを取り戻していく。昨年の11月末、こんなことがあったと販売者の池田さんが語った。

「常連の女性のお客さんから『おじさん、私、明日から遠くに行っちゃう。ビッグイシューも買えなくなってしまう』と突然言われました。どうしたの?と聞くと、実は、彼女、契約社員だったんですね。明日からジングルベルが鳴るという師走の時期にクビにするとは…。目頭が熱くなったね」
それまで買ってくれた彼女の気持ちを思い、池田さんは、憤りを隠せなかったという。

他にも、ビッグイシューでは、つながりを作るための様々な試みを行っている。例えば、NPO法人ビッグイシュー基金は、ホームレス当事者による野球やサッカー、ダンスや「歩こう会」などのクラブ活動を応援している。ここでは、身体を動かす喜びはもちろん、人間同士の自由な交流が生まれ、ホームレス当事者だけでなく参加する人たちもますます元気になれる。

チャンスをいただいているんです

「日本社会の最大の欠陥は、やり直しがきかないところだ」と佐野は言う。ホームレスの人々を対等なビジネスパートナーとして迎え、共に歩んできたビッグイシュー。そこには、再チャレンジの機会がある。

淀屋橋北詰で販売する吉富さんは、ふと目にしたネットの記事で“正範語録”※を知り、以来、それをモットーにビッグイシュー販売に励んでいる。彼の、毎日売り場に向かう背中や、ビッグイシューを手に掲げ販売する姿には、正範語録を体得したかのような“本気”がにじみでている。「販売者はチャンスをいただいているということですね。だから、売れる、売れないに関係なく、人との付き合い方とか自分にルールを設ける生活だとか、または時間をかけて社会に出ていくための礎を築くんです」と吉富さんは熱く語った。

※インターネット上で話題になった作者不明の語録。

「今日の参加者のほとんどが、“構造屋”なんです」参加者の一人が教えてくれた。「柱でもどれぐらいの大きさで、何本建てると強度があるかなど数字を使って考えることが多いですね」。

その点、生の声を反映させた今回の話はかなり衝撃的だったようだ。「ホームレス問題は住宅問題であり、専門家としてのテーマそのものだったと気づきました」熱心に耳を傾ける方、社会を変えることの面白さに賛同する方、“一緒に何かやったろか”という意欲を示す方…。ビッグイシューのこれからをも大いに励ます声を聞いた。休憩時間には、『ビッグイシュー』の路上ならぬ出張販売も行われた。

「毎回買っていますよ」 「私、ビッグイシューの大ファンです!」 「ゲイリー・オールドマンが好きでね~。」そう言いながら、最新号やバッグナンバーを購入してくださる方々。建築にちなんだ3冊セット(※1)も好評で、池田さんと吉富さんは、感謝の気持ちとともにほっと胸をなでおろした。

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※1 関西建築技術研究会に合わせて建築をテーマに特集した、238号「小さいおうち―スモールハウスムーブメント―」249号「空き家は自由空間」、334号「動く小屋」の3冊を選んだ。

見えないホームレス問題、そして…

ビッグイシューを取り巻く状況は、社会とともに変化している。路上生活者が減る一方、新たに“若者(40才未満)の見えないホームレス化”が進行している日本社会。その背景には、若者の非正規労働、低所得(年収200万円未満)の増加があげられる。現段階では、その多くがまだ実家で暮らしてはいるが、今後、実家で暮らせない事態が起こった時、ホームレス状態に陥る可能性を佐野は危惧する。「元気に働けるうちはいいが、病気やケガになると家賃が払えず、たちまちどうしようもなくなってしまう」また、ホームレス状態の若者の多くが、路上で寝ることを好まないため、その実態が社会的にも把握されていないと指摘する。社会とともに変化し続けるホームレス問題。「まだ成功したとは思っていないんです。今なお挑戦し続けているんです」佐野は、創刊15周年を迎えようとする今、新たな決意を語った。

普段、路上では伝えきれない思いも、講演会では直に届けることができる。
人間として社会を捉え直してみようと始まった今回の研究会。会の最後にはこのような光景もあった。

途中から雨が音を立てて降ってきた。研究会が終了してもなお降り続く雨の下、傘をさして外へ出た。こんな時、大抵の人は、風邪をひかないよう自分の身を守るだろう。だが、ビッグイシュー販売者は違う。まず先に守るのは、雑誌なのである。1冊350円の雑誌(180円が販売者の収入になる)は、もはや販売者の命をつなぐ身体の一部になっている。その場に集った人たちは、自然に自らの傘を寄せ合って雑誌を守った。

人間くさいソフトな作業は、一瞬で社会を変えるような大きな出来事ではなくても、人を動かし、次へつながる力がある。

(黒田寛子)

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