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クリス・ホームズは14歳の時に突然視力を失ったが、長年のトレーニングの成果、パラリンピック競泳選手として金9個、銀5個、銅1個のメダル獲得という輝かしい成績を挙げた。2012年のロンドンパラリンピックではディレクターとして運営を指揮。近年は「障害者の社会的包摂」を目指し、精力的に活動している。
2013年にはイギリス上院議員となり、出身地にちなんで「リッチモンドのホームズ卿」と呼ばれるように。 議員として彼がフォーカスするのは、障害者の雇用、教育、技能の他、メディア、スポーツ、デジタル化による障害者の可能性創出だ。
2013年から2017年にかけては、「平等人権委員会(Commission for Equality and Human Rights)」の事務局長、「発達障害委員会(Committee for Developmental Disabilities)」の委員長を務めた。この他にも、「デジタル技能」「社会的流動性(*1)」、「金融排除(*2)」に関する委員会にも名を連ねている。
*1 社会的流動性(ソーシャルモビリティ):社会層が固定されないこと。社会的下層にいる人がミドルクラスやそれ以上の社会経済地位を獲得するチャンスがあるかどうかをいう。
*2 金融排除:金融論の概念の一つで、低所得層が社会的に疎外されることを「社会的排除」というように、金融サービス面でこれらの社会層が排除されることをいう。
「障害者を包摂する政策」によって社会の成熟度が評価できると言われています。
この意見について、どう思われますか。
そう思います。すべての人に同じチャンスが与えられないなら、「民度の高い社会」とは言えません。皆が同じスタートラインに立ち、自らが選んだ道で競争できるべきです。誰もが同じゴールにたどり着くべき、同じものを与えられるべきと言っているのではありません。社会のあらゆる人材を活かし、個人、コミュニティ、社会全体として「ベストの状態」になりましょうよと言っているのです。
イギリス社会は「社会的包摂」を推進できていますか。
イギリスも努力してきました 。とりわけ、1995年の「障害者差別禁止法」など法的には改善されてきましたが、まだまだ課題が山積みです。障害があるかないかで、学生の成績レベルでも、成人雇用にも依然大きなギャップがあります。この他にも、取り組むべきことはたくさんあります。コミュニティとしてもイギリス全体としても、これ以上才能ある人材を無駄にはできません。それは他の国々も同じです。
2012年のロンドンパラリンピックは、「イギリスの障害者対策」にかなりプラスに働いたと思います。交通機関や建物のバリアフリー化が進み、特に職場における「インクルージョン(*3)」には大きな変化が見られましたから。
*3 インクルージョン: 「包括」「包摂」を意味し、誰もが自分の個性や強みを最大限に発揮し、自分らしく組織に参画していると感じられること。その土壌づくり。
私は大会ディレクターとして、2012年の夏をスポーツで盛り上げるだけでなく、この国における障害者への考え方や障害者に与えられるチャンスを根本からポジティブな方向に切り替えたいと思っていました。夢のようなミッションを与えていただき、大変光栄でした。この強い思いがあったからこそ意欲的に取り組むことができました。
真の「インクルーシブ・ソサエティ」とはどういうものでしょうか。
あらゆる場面において「インクルーシブデザイン(*4)」を基本原則とし、計画・実施される社会のことです。障害があろうとなかろうと、高齢者であろうと若者であろうと、すべての人のニーズが考慮され、社会、建物、交通機関の設計に組み込まれるのです。
*4 インクルーシブデザイン:これまで製品のデザインプロセスで軽視・排除されがちだった高齢者、障害者、外国人などの視点をデザインの上流工程から巻き込んでいく手法。
住居や建物といった物理的環境はもちろんのこと、交通機関、トレーニング、金融などのサービスも大事です。「インクルーシブ教育」(障がいのある者と障がいのない者が共に学ぶ仕組み)もとても重要で、これが本当の意味で実現されない限り、社会のポテンシャルが盤石になったとは言えません。
そして、これらを下支えするのが「どんな人をも受け入れようとする態度(Inclusive Attitude)」です。いろんな意味で、態度がすべてです。建物を完全にバリアフリー化できなくても、その建物のスタッフが正しい態度を身につけていれば、障害者らも「受け入れらている」と感じて建物内を移動できるのですから。
より強く、すべての人に公正かつ平等な社会にする上で大切なこととは。
詰まる所、どれだけ「社会的包摂」を信じられるか、実現する覚悟があるのかです。「インクルーシブ・ソサエティ」が実現されれば、あらゆる人が恩恵を受けられます。特定のグループだけを優遇するものではありません。あらゆる人に自分の夢を叶えるチャンスがある、そんな世の中をつくろうとしているのです。
見落とされがちなのは「社会的包摂」の実現に要する時間。こればかりは全身全霊をかけ、コツコツ取り組むしかありません。容易なことなら、とっくの昔に実現されていたでしょう。容易でないからこそ、崇高な努力を要するのです。
障害者が労働市場に組み込まれ、貢献できることが重要なのですか。
「インクルーシブデザイン」に則って、誰もが可能性を与えられ、自らの役割を果たせる社会を構築することが極めて重要です。障害者も、その社会における障害者数に応じた雇用を確保できるようになるべきです。これは特別待遇や企業の社会的責任の問題ではありません。社会のあらゆる人材を活かし、彼らにもしっかり社会に貢献してもらいましょうという話です。
職場の「インクルージョン」を推進するメリットとは。
企業が社会的責任を果たすため雇用ポリシーやCSRプログラムを打ち出すメリットはどこにあるのですか。
メリットははっきりしています。その業界、その職場の意識改革が進むのですから。つまり、「どこぞの誰かのこと」と自分と切り離して考えていた問題が、一緒に働く同僚のこととして考えられるようになるのですから。そのメリットは明らかです。
障害者の権利獲得においてスポーツや政治は大きな役割を果たせますか。
社会に変化を起こす上で、スポーツと政治は極めて重要です。以前はイギリスの障害者には差別を是正する権利などありませんでした。この状況を大きく変えたのは1995年の「障害者差別禁止法」ですから、政治には、ここまで大きな変化を起こすことができるのです。
私は上院の同僚らとともに、イングランドのプレミアリーグに障害のある観客向けにバリアフリー環境を向上するようキャンペーンを展開しました。スタジアムのバリアフリー化は、プレミアリーグが何十年も前から約束していたものの、実現できていなかったことです。世界最高の影響力と収益を誇るサッカーリーグが相手ですから、決して容易ではありませんでした。無視され、追い払われ、苛立たれ…私たちの要求を却下しようとする動きもありました。しかし粘った結果、2015年9月、プレミアリーグは「2017年度シーズン末までに全スタジアムをバリアフリー化する」と合意したのです。
「インクルーシブ・ソサエティ」の実現に向けたリーダーシップの重要性とは。
変革を起こすには「リーダーシップ」も極めて重要です。ビジネス界でも政界でも、リーダーがミッションに向け真摯に取り組んでいなければ、下の者もつられてやる気を失ってしまいます。私たちは、ロンドンパラリンピック大会を史上最高に盛り上げたいと思い、その鍵は、バリアフリー化を「ついで」や「あると便利」ではなく「絶対不可欠」なものとして徹底させることにあると考えました。
「多様性」や「社会的包摂」のアイデアを、組織委員会や大会全体に浸透させたのです。特別に部門を設けたわけではなく、取り組みのひとつひとつに反映させたのです。何かしら決定を下す、契約を結ぶ度に自問しました。
「これによって、使い勝手の良さ、多様性、包摂がもたらされるか?」
「これによって、いい大会ではなく’素晴らしい’大会になるか?」
「はい」と答えられないなら、なぜそうしようとしているのかと。このやり方を、トップから大会関係者全員に浸透させました。
競泳で金メダルを取られた時はどんな気分でしたか。
最初のメダルは1988年ソウル大会の銀です。もう信じられませんでしたね。その 4年後、バルセロナ大会で金メダルを取りました。 胸がいっぱいでした。
今でも心に残る瞬間が二度あります。レースの最後にタッチパッドに触れ、金メダルを取ったとわかった時。身体中にエネルギーが満ち溢れ、あんなに嬉しかったことはありません。もうひとつは、イギリス代表のユニフォームを着て表彰台に上がり、金メダルが首にかけられ、観客が総立ちで国歌を歌ってくれた時。うれしいと同時に、畏れ多い気持ちになりました。水泳で勝ったことだけでなく、チームのため、国のために貢献できたことが最高の名誉だと実感しました。
私が伝えたいのは、人は誰でも野心や夢を叶えられるということ。人から「できっこない」と言われること、自分で「無理だ」と決めつけてしまうこともあるでしょう。でも、叶えられるのです!
© Pixabay
障害者がモチベーションを持つにはどうすればよいですか。
私たち人間には皆、夢を見る能力があります。輝かしい、美しい夢を。大事なのは、その夢を信じ抜くこと。でも一人では何もできませんから、協力し合うことが大切です。周りの人に自分の夢を語り、懸命にサポートしてくれる仲間を集めましょう。
身近な人が大きなモチベーションを与えてくれることはよくあります。スポーツ選手やポップスターに憧れるのもいいですね。振り返れば、私を突き動かしてくれたのは周りの人たちでした。自分たちの生活があるのに、たくさんの気遣いと愛情を注いでくれた方々のおかげで頑張ることができました。
By Aneta Risteska
Courtesy of Lice v Lice / INSP.ngo
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