医療の進歩と共に助かる命が増えた。一方で、重い病気や障害を持ちながら生きる子どもたちが地域の中で学び・育つ環境がほとんど整っていない中、NPOや市民団体が子どもたちや家族の支援を進めている。公益財団法人ベネッセこども基金の「重い病気を抱える子どもの学び支援活動助成」の活動報告会に参加し、2つの活動団体に話を聞いた。
活動報告会の様子
『生きる』を支えるホスピス
安心して遊んだり休んだりできる場
青々とした芝生の中庭を半円形に囲んで、三角屋根が特徴的な2階建てが6棟並ぶ。ガラス張りの回廊がその建物をつなぎ、木材がふんだんに使われた室内を日光がやわらかに照らす。
日本初のコミュニティ型の子どもホスピス「TSURUMIこどもホスピス」
「どこにいても誰かの気配を感じられる、小さな村を意識しました」と、2015年に完成した「TSURUMIこどもホスピス」の写真を見せてくれたのは、スタッフで看護師の市川雅子さんだ。ここはコミュニティ型子どもホスピス。重病を抱え気軽に“お出かけ”ができない子どもやその家族が家庭的な環境の中で、安心して遊んだり休んだり、つらい時や悲しい時に支えが得られる場だ。
10年前、生命が脅かされる状態(LTC ※1)の子どもや家族の「生きる」を支えるために、ボランティアの医師や看護師が「一般社団法人こどものホスピスプロジェクト」を立ち上げ、企業や市民からの寄付を募り、大阪市の土地活用事業を利用して鶴見緑地公園内に建てた。
※1 Life-threatening conditions
ここでは安心して思い思いの時間を過ごせる(TSURUMIこどもホスピス)
「利用者は、未就学から18歳までのLTCのお子さんと家族。ドラムやピアノで遊べる“おとの部屋”で過ごしたり、子どものリクエストで、お母さんとおばあちゃんがつくった大量のハンバーグをスタッフも一緒になって食べたり。どんな時もその子らしくすごせる時間を大切にしています」
一番端のカフェ棟と中庭は毎週金曜に一般に開放。毎月第3日曜は誰でも参加できる「パブリックデイ」イベントを開催し、孤立しがちなLTCの子どもや家族が地域の人と交流する機会もつくる。今年はベネッセこども基金の助成で、「生きることを学ぶ機会としての働く体験プログラム」をテーマに、地元の石窯ピザ屋の協力でキッチンカーでのピザ販売にも挑戦した。
キッチンカーでのピザ販売で地域の人と交流(TSURUMIこどもホスピス)
「販売用ポップをつくったり、持ち帰り用のボックスやおしぼりをセットしたり。最初はお客さんの前に立つのが怖くて涙ぐんでいた子も、最後には『また参加したい!』と言ってくれました」と市川さん。地元の人たちがかかわり、理解者が増え、サポート役が増える。そんな「こどもホスピス」が各地域に当たり前にある社会になることが市川さんたちの夢だ。
仲間と出会える院内学級
必要な闘病中の居場所と学習支援
人工呼吸器や経管栄養(※2)といった医療ケアを受けながら生活する子どもの数は全国で約1万8千人。慢性疾病・特定疾患ほか難病を持つ15歳までの子どもは14万人以上いるが、彼・彼女らが地域の中で「普通」に暮らすことを支える試みが始まっている。
※2 チューブやカテーテルなどを使い、胃や腸に必要な栄養を直接注入すること。
長期の入院や療養が必要な子どもの学習や復学を支援してきたのは、岡山県で活動している「認定NPO法人 ポケットサポート」だ。代表理事の三好祐也さんは、5歳の頃に慢性のネフローゼ症候群を発症して入院。小学3年生から中学2年生までの大部分を院内学級(※3)で過ごしたという。
※3 長期入院中の子どもたちが“出席できる”病院内の教室で、学区内の教師が授業を担当する。
「孤独を感じやすい入院生活で闘病仲間と出会えた院内学級が、僕の居場所でした」。病状が安定し中高は地元の学校に通った三好さんは、岡山大学に進学。院内学級のボランティアを始め、大学院では県内の院内学級の調査をした。そこで見えてきたのは、医療と教育の連携の難しさや、入退院を繰り返す子どもたちへの学習支援の難しさなど、子どもと家族が公的支援のはざまに取り残されるといった課題だった。
保護者に頼まれて難病の子どもたちに寄り添う学習支援を始めたところ、口コミで依頼が増えた。「学ぶことが生きる力になる。ニーズはあるのに誰もやっていない。ならば自分がやるしかない」と三好さんは15年、NPO法人化に踏み切った。
「現在は30~40人の大学生ボランティアの協力で学習・復学支援をするほか、岡山市の委託を受け、小児科はあっても院内学級が設置されていない市内の総合病院などで子ども同士の交流を支援したり、教育関係者に向けた研修会を開催したりしています」
双方向WEB学習支援による遠隔授業
重要な伴走する支援者
また「ポケットサポート」は、ベネッセこども基金の助成で「ICT(情報通信技術)による双方向WEB学習支援事業」にも取り組んできた。担当のICTプロデューサー奥田修平さんはプログラマーとして企業に勤めていたが、助成を機に専従職員となった。
「遠隔地で訪問が難しい場合や、病気で面会が困難な子の病室にはパソコンとWEBカメラを設置し、学習支援ボランティアとテレビ電話で結んでいます」。画面上のプリントには双方向から書き込みもできる。さらに奥田さんは、病院や学校に合わせた導入方法を考え、治療中の子どもたちが双方向でつながり続けられる環境づくりやコーディネートを行っている。たとえば、「抗がん剤で治療中だが学校行事に参加したい」という声に応えて、病室と院内学級や学校をWEBカメラで結び、入学式や卒業式などに参加できるようにした。授業を生中継する取り組みも始めた。
文部科学省は昨年、「小・中学校においては一定要件のもと、長期入院・療養している病気療養児が双方向WEB支援による遠隔授業を受けた場合、受信側に当該学校の教師がいなくても出席扱いとする」と通知。それで進級がかなった子どもたちがいるという。
「WEBの利点は体調に合わせられること。学校や友達とつながることで孤独感から解放され、治療を乗り越えるパワーが湧いてくる」と三好さん。「ICTは有効なツールですが、子どもたちのニーズをくみ取って伴走する支援者が必要です。18年度には延べ400人を支援しましたが、コーディネーターの人件費など資金の獲得も課題です。教育、医療、福祉の隙間(ポケット)を埋める制度はなく、その隙間にいるすべての子どもたちが望むかたちで学べる環境を創っていきたい。まずは“岡山モデル”として確立し、全国にも発信していくのが夢です」
こうした支援の活性化を目指し、ベネッセこども基金では助成金というかたちの支援だけでなく、助成先団体の活動報告・交流会や先駆的施設の見学なども毎年実施。それをきっかけに団体同士の交流が進み、情報交換や連携した活動などにも発展している。
重い病気を抱える子どもやその家族が希望を持って生きられる社会、それはきっと、誰もが心から安心して生きられる場所に違いない。
「応募募集中」2019年度 重い病気を抱える子どもの学び支援活動助成
募集期間:2019年8月1日~9月25日(必着)
詳細はウェブページでご覧ください。
https://benesse-kodomokikin.or.jp/subsidy/learningopp_2.html
公益財団法人 ベネッセこども基金
2014年に設立、2015年、公益財団法人に移行。未来ある子どもたちが、安心して学習に取り組める環境のもとで自ら可能性を広げられる社会を目指して、活動をしている。子どもたちが、自ら学ぼう、伸びようとする力を十分に発揮できるよう、安心・安全な環境づくりや多様な学びの機会の提供に、社会で志を同じくする方々とも連携しながら取り組んでいる。
https://benesse-kodomokikin.or.jp/