排除ではなく、居場所を。「アート×ホームレス=2020 and beyondの東京を考える」より

  2020年は、オリンピックイヤー。オリンピック開催国では、多くの人々の来訪に合わせ、再開発が進みます。そのため、家賃や宿泊費の高騰、老朽化した建物の取り壊しなどで退去を迫られる人の増加などが起こります。また、路上や公園も「美化」という名目のもとホームレス状態の人々が街から締め出される傾向にあります。


2019年4月2日(火)に放映されたNHK「ハートネットTV」の「TOKYO“ホームレス” 第1回 明らかになる多様化の実態」においても、「1996年開催のアトランタ大会では、およそ1万人以上の路上生活者が逮捕されました。それは大きな社会問題となり、2012年のロンドン大会では、行政と民間の共同体が、住宅の斡旋など大規模な支援を実施。しかし一方で、再開発に伴い約1千人が強制退去となり、新たな路上生活者も生まれた」と指摘されています。

東京でも、新国立競技場建造に伴い都営霞ケ丘アパートが取り壊され、約120世帯が50年以上暮らした住まいからの立ち退きを余儀なくされました。

そんな中、オリンピックに向けて、東京はどうなるのだろう。いや、どうにかしていこう、それもアートの力を借りて! そんな前向きな空気に満ちた日英国際シンポジウム「東京を色とりどりのアイディアで埋めつくす!」が、2019年8月、東京工業大学で開かれました。イギリスから、アートの力によるホームレス問題解決を目指し活動するマット・ピーコック氏(With One Voiceディレクター)や、Beth Knowles氏(サルフォード大学研究員)を招き、東京からは稲葉剛氏(つくろい東京ファンド代表理事)、河西奈緒氏(ARCH共同代表)が登壇、活発な意見交換が繰り広げられました。

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日英国際シンポジウム「東京を色とりどりのアイディアで埋めつくす!」

主催は「ARCH」。Advocacy and Research Centre for Homelessness の頭文字をとったもので、オリパラを機に包摂的な政策を前進させる「やさしい都市」となるよう働きかけるため、2015年10月に設立されました。共同代表の河西奈緒さんによると、ホームレス問題を行政まかせにせず、積極的に政策提言を行い、そのための研究もしていくという意味合いを込めて、この名称となったと言います。

ARCHの「東京ストリートカウント」-深夜に有志が路上生活者の数を調査する

ARCHの名が知られるようになったきっかけは、「東京ストリートカウント」でしょう。2016年1月、東京で、市民参加型の深夜の路上ホームレス人口調査を始めたのです。都による「路上生活者概数調査」は昼間に行われており、ホームレスの人々がより可視化される夜間の人数が調べられていないことから、市民の力でホームレス問題の実態を明らかにしようという意図で開始されました。

2019年夏のカウントでは、調査した都内8区だけで一晩に1,040名の人々が野宿状態にあることが確認されています。これは、東京都の昼間調査の値378名の約2.8倍にあたります(https://www.archomelessness.org/)。

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日中と夜間の路上生活者の数には2.8倍の差がある (ARCH資料より)

2012年のロンドンオリンピックでは、ホームレス経験者のオペラ公演も

この日はまず、ロンドンの市民団体「With One Voice」ディレクターのマット・ピーコックさんが登壇。ホームレスとプロのアーティストの協働により年1回本格的なオペラ公演を行う団体『ストリート・ワイズ・オペラ(SWO)』を立ち上げた彼は、2012年のロンドンオリンピック時には、ロイヤルオペラハウスでオペラ公演を成功させ、大きな話題を呼びました。ホームレスセンターと連携し、音楽ワークショップを通じた自立支援を継続的に実践する活動の結果が実ったこのイベントにより、ホームレス問題へのアプローチが根本から問い直され、一人ひとりが内に持つ力を発揮することに価値をおく支援モデルへと変革が始まる契機となったとピーコック氏は語ります。

 またマンチェスターからは、「マスタードツリー」というNPOより「ホームレス憲章」(英語: /
日本語)に関する報告がなされました。

「マンチェスターのホームレス状態に終わりをもたらす」と題された同憲章は、市民、行政、慈善団体や企業など、立場を超えて協働を進めていくことが明記されています。同憲章作成にあたっては、支援団体やホームレス経験のある当事者だけでなく、マンチェスター市長や研究者、地元企業のCEOなどが参加して話し合いを重ねたと言います。また、実際に路上に出て、ホームレス経験のある人たちに「どういう憲章がいいと思うか?」「どのような価値が明記されることが大切だと思うか」と聞いて回ったそうです。

この「ホームレス憲章」を核として、様々な活動が立ち上がりましたが、その一つが「マンチェスター・インターナショナル・フェスティバル」という芸術祭(※)におけるインスタレーション。アーティストやミュージシャンがホームレス状態の人たちとストリートで共に詩を創作するなど、この芸術祭は好評を博しました。

(※)・
つくろい東京ファンド代表理事の稲葉氏

それに関しては、「最初からうまくいって成功したという印象を与えたかもしれないが、そうではないです」とのこと。作成の過程で「つながりを創る」大切さに気づいたということでした。

立場の異なる者同士が対話を続けるのは、困難がつきもの。参加する人の背景や立ち位置によって、時には同じ言語を話しているとは思えないくらい「言葉」が異なることを経験したと言います。その過程では、会議室でミーティングするよりも、合間に一緒にお茶を飲んだりすることで大切な関係性が築かれていると気づくこともあったそうです。ホームレス状態に陥ってしまう人を生み出す構造や格差を広げるシステムを変えようとするのは壮大なプロジェクトで、結果が見えるようになるまでには20年、30年と長い時間を要します。だからこそ、まずはお互いを理解すること、そのために、お茶を飲みながら関係性を築くのが大事なのだそう。

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作品の前で話に耳を傾ける参加者たち


稲葉氏はまた、日本では、ホームレス状態の人たちのアートやスポーツといったプログラムを提案すると、「生活再建や仕事をするのが優先でしょう。そのあと、アートやスポーツをやればいいんじゃないか」という反応が出がちだ、と語りました。「英国ではどうですか」という2つ目の質問に対しては、英国側からダニーというホームレス経験をした男性の例が紹介されました。

ダニーは長い間、路上生活を送ってきた男性です。普段、誰ともあまり話しない彼が、ふらっとアートクラスにやってきたときは皆が驚いたそうです。当初、ただアートに没頭したダニーは、半年経って、ようやく「住宅」のことを話し始め、その後生活を立て直していきました。アートに没頭した月日が、自分を見つめるのに必要な時間だった、ということでした。また、逆にアートに触れ合う機会がなかった場合、そういう結果にはつながらなかっただろうということも語られました。アートに取り組むことにより、どのような価値が生まれるのかをきちんと評価することも重視していて、それが、政策立案者を動かす根拠になるということでした。

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日本では「衣食住が足りてから文化的なことに取り組むべき」と考えられがちだが、人間にはアートやスポーツ、コミュニティもパズルのピースのように同時に必要だ、というという概念を示した通称”ジグソーモデル”(With One Voiceの発表資料より)

街をさまよう中高生、DV被害者、災害避難者、難民・・・多様化する「ホームレス」

 英国側からも東京へ、今どのような課題を抱えているかという質問がなされました。稲葉氏によると、「東京で一番ホームレスが多かったのは、1999年で5,800人ほどだったが、今では1,100人ほどになっています(※)。つまり路上で寝ている人が減ってきているということで、東京都のホームレス問題の優先順位が下がってきています。そこをどういうふうに行政に訴えていくかが課題です」と語りました。

東京都福祉保健局によると、1999年は5,521人、2019年は1,126人。

ARCHの河西氏からは、「ホームレス」の人々が多様化していることが語られました。路上生活者だけでなくネットカフェ滞在者、家にいられず街をさまよう中高生、DV被害者、災害避難者、難民など、いま多様な人々に広がる不安定な居住状態=ホームレス問題に、2020 and beyondの東京はどう向き合い、あらゆる人々に居場所をつくることのできる都市になるのか-。

 河西氏はまた、ARCHの「ストリートカウント」を例にとり、行政を批判したいわけではないと明言。「東京都の人たちとは会議室でしか会っていなかったですが、マンチェスターの人々の『一緒にお茶を飲む』ということに非常に感銘を受けました。」と語りました。

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ARCHの河西氏

「ARCHも、『ホームレス問題をやっている専門の人』という立場ではなく、『ひとりの人』としてみんなと一緒に話をしたいんです。年間で広い定義で2.4万人がホームレス状態を経験するという数字だけではなく、一人ひとりに居場所がある街としての東京を作っていきたい。だから、訴えていく先は東京都の人口、1000万人だと思っています」

文:八鍬加容子

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ホームレス支援をアップデートする――稲葉剛ゲスト編集長
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