ポルトガルで一番人気のスポーツはサッカーだ。クリスティアーノ・ロナウドはじめ、世界的に活躍する選手を輩出してきた。そんなトップアスリートの芽を発掘するための学校スポーツプログラムが長年展開されてきた。「平等」と「包摂」を理念とし、“ポルトガル最大のスポーツクラブ”とも呼ばれている。ポルトガルのストリートペーパー『CAIS』が、このプログラムへの支持者および改善を望む声を取材した。
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走り幅跳びの元オリンピック選手ナイデ・ゴメスにとっても、ポルトガルの学校で導入されているスポーツプログラム「デスポルト・エスコラール」に参加したことがキャリアの始まりだった。当時 13歳だったゴメスは、体育の授業ですでに将来の成功を感じさせるほど頭角を現していた。
「最初のきっかけを与えてくれたのはデスポルト・エスコラールでした。すべてのアスリートにおすすめしたいくらいです」と語るゴメス、現在は理学療法士として陸上選手の育成にあたっている。
「そこで私は規律、やる気、忍耐力、協力といったアスリート人生に必要なスキルを身につけましたし、国内各地にも遠征させてもらいました。そこですべての答えを得られるわけではないけど、スポーツの道を切り拓きたい人の背中を押してくれるプログラムです」
Photo by Alexandre Pona
ゴメスの他にも、三段跳びの選手で北京オリンピック金メダリストのネルソン・エボラ、同じく三段跳びの選手で2016年ヨーロッパ陸上競技選手権大会 1位のパトリシア・マモナ、男子カヤックシングルの選手で2016年リオデジャネイロオリンピック5位のフェルナンド・ピメンタなどが、このスポーツプログラムから才能を開花させていった。
国民のスポーツ参加率はヨーロッパ最低。
大切なのはオリンピックメダルだけじゃない
こうした名前を見ると、ポルトガルは若きアスリートの育成に最適な環境を提供しているのだろう思うかもしれない。しかし、リスボン大学人間運動学部のグスタボ・ピレス教授はポルトガルの現状について意見を異にする。
「デスポルト・エスコラールはこの国のスポーツ育成に向け、いまひとつ普及してきませんでした。多めに見積もっても、利用者は学齢人口の15%くらいでしょう」
「15歳〜64歳を対象とした『デスポルト・フェデラド』というフォローアップ・プログラムもあるのですが、こちらの利用者は国民の10%どまりです(2016年度)。つまり、政治家やスポーツ界の重鎮たちがオリンピックメダル獲得の夢を追いかけている一方で、このスポーツプログラムは目標人数にも達していないのです。ポルトガル国民のスポーツ参加率はヨーロッパの中でも最低レベルなのです」
デスポルト・エスコラールの主な目的は、学生たちが学業をおろそかにすることなく、質の高いスポーツ練習に無料で参加できるよう促進すること。そうすることで、健康的な生活を送り、地域活動にいきいきと参加する市民になってもらおうというのだ。よって、“ポルトガル市民にスポーツの機会を提供する” というこのプログラムの第一の目的と、ごくまれにスポーツ界でトップレベルの成績を上げるような選手を育てることとは分けて考える必要があるというのがピレス教授の考えだ。
「私たちがやろうとしているのは、基本的なスポーツの練習と一流選手の育成のギャップを埋めること。基本的なスポーツを実践する機会が不足しているということは、一部のトップアスリートたちが卓越した結果を残す一方で、それ以外のこの国のスポーツレベルは“平凡”の域にあるということです」ピレス教授は強調する。
Photo by Alexandre Pona
もちろん教授も、このプログラムから素晴らしいアスリートが誕生することはあり、それはそれで素晴らしいことだと考えているが「政治家がオリンピックでのメダル獲得に執着するあまり、この国のスポーツ事情を分裂させてしまっているのが問題です。スポーツ促進事業に充てられるべき多額の資金を、メダル獲得が有望視される選手強化にまわしてしまっているのです」と指摘する。
「この国に経済的な競争力をつけたいのなら、政治家たちは、公平さ・公正・崇高な競争を大切にしたこのデスポルト・エスコラールをもっと重視すべきです。私たちは一流アスリートをもてはやし、エージェントも“アイドル”的な扱いをしがちです。オリンピックメダルの過大評価は控えるべきだと思います。そんなことをしても選手の強化にはならないし、国民の生活の質を向上させることにもなりません」と強調した。
すべての学生を対象とした包摂的なスポーツプログラム
とはいえ、デスポルト・エスコラールが「多様性」と「機会均等」を尊重する場となるよう、多大なる時間と労力が注ぎ込まれてきたのも事実だ。 デスポルト・エスコラールの全国コーディネーターを務めるルイ・カルヴァーリョは「平等と包摂の精神を持つプログラム」と自負する。その証拠に、特別な教育的ニーズのある生徒たちがゴールボールやボッチャ等*1のいわゆる「障害者スポーツ」だけでなく、その他のスポーツにも彼らなりのやり方で参加することもできるのだ。
*1 ゴールボールは目隠しをして鈴の入ったボールを転がしてゴールに入れる視覚障害者向けの球技。 ボッチャは 脳性麻痺など運動能力に障害がある競技者向けのスポーツ。
「すべての生徒が参加できるということに、このプログラムの平等の精神が現れています。それに、不便な場所に住んでいようとどんな生徒でも学校代表としてこのプログラムに参加できるようになっています」とカルヴァーリョは熱を込める。「昼食とおやつが移動中と競技後に支給されますし、自分の学校で練習できない種目は近くの他の学校で練習することもできます」
政府の投資拡大により「国内最大のスポーツクラブ」に
政府側の見解も聞いた。ジョアン・パウロ・レベロ青少年スポーツ庁長官が明らかにした政府の目標は、若者がより多くのスポーツの選択肢を持てるようにすることと、すでに高いレベルで競技している者たちが学業とスポーツのどちらかを選択しなくてもよいようにすること。後者の目標を念頭に置いて、政府は学校側、教育者、スポーツ連盟、選手の代理人、自治体の間の効果的な協力関係を促進し、学業とスポーツの練習をうまく融合させようと「ハイパフォーマンス・スクール・サポート・ユニット」というプロジェクトを立ち上げた。
政府が投資したのはこの取り組みだけではない、とレベロ長官は説明を続ける。「デスポルト・エスコラールへの資金を増額しましたし、スポーツトレーニングセンター(CDFs)にも投資し、競技制限や設備不足でこれまで実践できなかったスポーツにも挑戦しやすい環境を提供しています。今年は60を超えるトレーニングセンターを運用、学生たちは海のスポーツ(カヌー、セーリング、サーフィン、ボート等)、陸上競技、ゴルフ、水泳にも挑戦できるようになりました。おかげで利用者数も急増、2017年度だけで12万5千人が利用しています」
Photo by Alexandre Pona
こうした政府支援により、学生たちは学校ではできないさまざまなスポーツに挑戦することができ、初心者レベルから能力を伸ばすことができるのだ。このデスポルト・エスコラールにより、毎日、国内800カ所以上で18万5千人以上の生徒たちが36種目のスポーツに取り組んでいる。指導者の数は5千人以上にもなる。
「デスポルト・エスコラールでは、勝ち負けにこだわらないということ、健全な競争とフェアプレーがもたらす喜びを大切にすること、選手・サポーター・家族・トレーナー・審判それぞれの役割をリスペクトすること、ルールを尊重することといった精神を重んじています」教育部門の最高責任者ホセ・ビトール・ペドロソは言う。「国内最大のスポーツクラブでは、人として大切な価値観が育まれています」
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