オリンピックはアスリートの政治行動を認めるべきか否か

 国際オリンピック委員会(IOC)は政治的に中立であろうと努めてきてはいるが、オリンピックを含むスポーツには常にさまざまな問題がつきまとうものだ。


IOCも、アスリートたちによる “ささやかな” 政治的主張は容認してきた。2000年のシドニーオリンピックで陸上400m金メダルを獲得したオーストラリアのキャシー・フリードマン選手が、自身のルーツであるアボリジニの旗とオーストラリア国旗の両方を肩にかけてウィニングランを行ない、“融和”への希望を示したときなどがそうだ。

その一方で、オリンピックがより“直接的に” 政治利用された過去もある。ナチスがプロパガンダに利用した1936年のベルリン大会、テロ事件が起きた1972年ミュンヘン大会(ミュンヘンオリンピック事件)、集団ボイコットが起きた1980年モスクワ大会と1984年ロサンゼルス大会などだ。

IOCは政治的中立を主張してきてはいるものの、オリンピックはそもそも競うための場だ。優れたアスリートを祝福する祭典であると同時に、アスリートは国の代表チームの一員であることから、地理的・政治的な勝ち負けや緊張のきっかけをつくる舞台でもある。

だがアスリートたちはそれぞれが個人であって、昨今は、人種差別や性差別などスポーツを超えた問題に声を上げる選手が増えている。先月、警察官による黒人発砲事件にNBAミルウォーキーの選手たちが一斉に抗議の声を上げ、その日のプロリーグの試合が中止される事態にまで発展した。

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Black Lives Matterの抗議活動で声を上げ、大きな影響力をもたらしたNBAの選手たち。
Mike Ehrmann/AP

新たな政治活動のかたちが生まれている今、見直しを迫られているのがIOCの姿勢だ。では、アスリートによる政治活動は実際にどこまでが許容されるのか、どのような形式・種類なら受け入れられるのだろうかーー。

政治的表現に関するガイドライン見直しへ

こういった議論の核となるのが、「オリンピック憲章第50条」だ。スポーツとオリンピックの中立性の維持を目的としており、以下のように述べられている。

オリンピックの用地、競技会場、またはその他の区域では、いかなる種類のデモンストレーションも、 あるいは政治的、 宗教的、 人種的プロパガンダも許可されない*1。

*1 Olympic Charter

オリンピックのすべての会場や式典において、抗議行動やデモ行為は禁止されているのが現状だ。
近年、アスリートたちの政治活動が活発化する中、IOCは東京オリンピックに向けてガイドラインの見直しを検討してきた。きっかけとなったのは、試合を終えたアスリートたちの表彰台での抗議行為だ。

2019年世界水泳選手権にて、2位となったオーストラリアの水泳選手マック・ホートンは、優勝した中国・孫楊(そんよう)がドーピング検査妨害の疑惑があることに抗議を示し、表彰台に上がることを拒んだのだ。

何が許可されて何が許可されないのか、その基準を策定することを目指した新ガイドラインでは、SNSの使用が以前より緩和されるなど、“表面的には” アスリートたちはより自由を手にしたように見える。オリンピック選手たちには、記者会見、チームミーティング、ソーシャルメディアなどでは「考えを述べる権利」がある一方で、競技中・選手村滞在中・メダル授与式などの公式行事中は許可されていない。

BLMの支持を表明してもよいが、BLMのTシャツを着るのはNG?

新ガイドラインでは「許可されない行為」として、政治的メッセージの表示(メッセージサインやアームバンドの装着)、政治性のある言動(手のしぐさ、ひざまずき)、式典の規定に従わない等が挙げられている。

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2019年のパンアメリカン競技大会の表彰台で膝まづく米国のレース・インボーデン選手(フェンシングフルーレで金メダル)。トランプ大統領への抗議を示した。Juan Ponce/EPA

IOCからすると、「抗議行動」と「意見表明」の間に明確な境界線があるのだ。だが、アスリートたちは混乱し、結局、新しいルールにも“窮屈さ”を感じざるを得ない。

例えば、記者会見で “Black Lives Matter” の「支持表明」することはOKだが、“BLM”と書かれたTシャツを着るのはNGとされている。前者は人種差別に対する「連帯表明」で、後者は「政治的抗議」にあたるというのか? では、アスリートがメダル授与式で、ひざまずいたり拳を突き上げたら? 今日のスポーツ界でよく見られる抗議行動ではあるが、こうした行動は“罰則の対象” とIOCは断言している。

さらにもどかしいのが、新ガイドラインは違反の際のペナルティについても曖昧で、“必要に応じて個別に判断される”とある。

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2016年リオオリンピック、ゴール時に政治的ジェスチャーをしたエチオピアのマラソン選手フェイサ・リレサ。強権的なエチオピア政権への抗議を示した。Lukas Coch/AAP

もちろん、物事は裏の側面をも考慮する必要がある。オリンピックのような国際舞台で自由に発言できるようになれば、「人種・性別の平等」といったIOCの理念とそぐわない主張をするアスリートが出てくる可能性もあるのだから。国際パラリンピック委員会(IPC)のアスリート評議会会長チェルシー・ゴテルは、次のように語っている。「アスリートが競技の場で抗議行動をするのは、パンドラの箱を開けるようなもの。私たちが最も避けたいのは、競技場をアスリートたちが自由に抗議行為できる無秩序な場所にすること。世界に発信されると不快感を持つ人がいるようなテーマでも自由に発言できる場にしてしまうことです」

世界のアスリートたちからの反応

当然のことながら、新ガイドラインにはさまざまな反応が起きている。

アスリートの権利保護を提唱している団体「グローバル・アスリート」は、このオリンピック憲章第50条は世界人権宣言第19条を侵害していると主張している。

「すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由…(中略)…を含む」(世界人権宣言第19条より)

カナダの元競泳選手でオリンピックに2度出場し(92年、96年)、現在は人権問題専門の弁護士として活動しているニッキ・ドライデンも、抗議行動の禁止は自由を不当に拒否するもの、断固として抵抗すべきとの意見だ*2。

*2 Australia’s Olympians urged to take stance on ‘embarrassing’ IOC protest restrictions

米国のオリンピック選手たちは率直な意見を文書にし、IOCに届けた。

「IOC は自らの信念を表明するアスリートたちをこれ以上罰する、又は除外することはできない。その信念がオリンピック精神を体現するものであればなおさらだ。(中略)もはやアスリートを黙らせておくことなどできない」*3

*3 U.S. Olympians call for abolition of rule prohibiting protest

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Frank Franklin II/AP

こうした考えとはややずれるが、オーストラリア五輪委員会が実施した調査*4からは、大半の選手が競技場や表彰台での抗議行為を禁止することに賛同していることが示された。だが、政治的表現を強く要望する声もあった。

*4 Survey Response to Rule 50.2 & Recommendations to IOC Athletes’ Commission

オリンピックを前向きな変化をもたらす場に

「オリンピック憲章第50条」の勧告は2021年初頭に最終決定される見込み。オリンピック選手たちが“品格を持って” 自己表現ができるよう、IOCアスリート・コミッションは世界中のアスリートたちの意見に耳を傾ける作業を進めている。

IOCがどのような決定に至ろうとも、明確なことが一つある。「アスリートの声」がかつてないほど影響力を持っているという点だ。Black Lives Matterへの支持表明はその好例である。やはりスポーツも、人種差別問題などの大義と歩調を合わせるべきなのだ。

スポーツが一般的にそうであるように、オリンピックも「訴えの声」から実際の前向きな変化が生まれる場とすることができる。かつてサウジアラビアでは、女性のオリンピック参加は戒律に反すると禁じられていたが、IOCがサウジアラビア五輪委員会に働きかけた結果、2012年大会から女性アスリートも参加できるようになった(補足:2012年は2名参加、2016年は4名参加)。

2000年シドニー大会でのフリーマンのウイニングランによって、オリンピックという舞台には前向きなメッセージを生み出す力があることが明確となったはず。このように広く世界に向けた関わりなくしては、スポーツの意味は限定的なものになってしまう。あの時、フリーマンがオリンピックに特別な価値をもたらしたように、他のアスリートにだってできるはずだ。

著者

Michelle O’Shea

Senior Lecturer Management, Western Sydney University

Daryl Adair

Associate Professor of Sport Management, University of Technology Sydney

Hazel Maxwell

Senior Lecturer – Health, University of Tasmania

Megan Stronach

Post Doctoral Research Fellow, University of Technology Sydney

※ こちらは『The Conversation』掲載記事(2020年9月18日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。

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