メンタル治療としてのスポーツ:サッカーで抗うつの効果があるとの研究

 健康維持を兼ねてサッカーをプレイする人は多いが、精神的な問題を抱えている人たちが定期的にサッカーをすると健康状態はどうなるのだろうかーー。英国では、心を病む人が急増し、公衆衛生上の大きな懸念事項となっている。実に成人の4人に1人が何かしらメンタルの問題を抱えているとの数字もあり*1、34歳未満の男性の主な死因の一つは自殺である*2。



*1 Mind for better mental health: Mental health facts and statistics
*2 Leading causes of death, UK: 2001 to 2018

英・ウェールズの「Time to Change Wales」という団体では、“精神的な問題を抱えている人たちへの偏見・差別防止”を掲げ、さまざまなキャンペーン、イベント、トレーニングを提供している。その一つ、サッカープログラムの参加者たちにインタビュー調査を行うことで、その効果を評価することにした。サッカーの練習は1セッション 90〜120分、調査対象者は毎週1回以上セッションに参加している者たちで、若い男性が中心だった。多くの参加者が、毎週サッカーをすることでストレスや不安が軽くなったと語った。

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Shutterstock/1000 Words

参加者A:「アドレナリンがみなぎってくると、ネガティブな感情や抱え込んでいたものが、汗を流すように押し出せるんです」

参加者B:「サッカーをしてから帰宅するといつもよりリラックスできるので、毎日でもやりたいくらいです」

また、人間関係を築きやすくなるというメリットもある。 サッカーを通じてコーチとプレーヤーの間に共通の関心が生まれ、絆が深まる。チームの一員となってグラウンドを走り、一生懸命プレイすることで、不安定になりがちな感情も落ち着き、個人またチームメンバーとして、他の人たちとつながりを築きやすくなる。

Image by genielutz from Pixabay
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参加者C:「グラウンドで起きていることについて話す、それがきっかけとなってあまり知らない人とでも臆せず話しやすくなるんです」

こうしたプログラムを成功させるには、コーチが熱心に取り組む姿勢を見せ、ポジティブで誰もが受け入れられていると感じられる環境を作り出せるかが鍵となる。参加者たちはコーチの熱心な様子を高く評価、そのおかげで多くの参加者がプログラムに真面目に取り組めていた。

参加者D:「皆が楽しめるよう、コーチたちは惜しみなく自分たちの時間を割いてくれています。とても尊敬しています」

ちなみに、このプログラムは当初は “競争しない”を方針としていたが、参加者の一人が「心の問題がある僕たちだからって、勝ち負けのないサッカーなんてゴメンだよ」と言うのを聞き、方針を変えた経緯がある。

Image by Phillip Kofler from Pixabay
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サッカープログラムに定期的に参加することで、精神状態が改善し、自信にもつながり、ひいては人生の目的意識も強まることが今回の調査から明らかになったといえよう。この研究結果は2020年7月に論文発表されている*3。

*3 ‘When you have the adrenalin pumping, it kind of flushes out any negative emotions’: a qualitative exploration of the benefits of playing football for people with mental health difficulties

先行研究でも、体を動かすことは薬剤治療に匹敵するほど抑うつ症状の改善に効果があり、うつ病と統合失調症の患者の心肺機能および生活の質が改善されることが明らかとなっている*4。心の病を抱えている人々に運動を取り入れるよう働きかけることは心理療法と同じくらい効果があるとの認識も広がってきている*5。


*4 先行研究1
*5 先行研究2

スポーツを取り入れた支援プログラムを、アクセスしやすい場所で低料金で提供することも重要だ。すでに施設やスタッフが整備されているスポーツクラブなどに協力を仰ぐことも有効なアプローチとなろう。現在は、うつや不安障害など心を病んでしまった人たちへの治療は服薬や心理療法が主流であるが、今後はスポーツを取り入れたプログラムの導入も政策立案者らによって検討されることを期待したい。

Time to Change Wales ‘We wear the same shirt’ from Tiny Welsh Media Ltd on Vimeo.

著者

Mark Llewellyn

Professor of Health and Care Policy, University of South Wales

Alecia Cousins

PhD Candidate in Psychology, Swansea University

Philip Tyson

Senior Lecturer in Psychology, University of South Wales

※ 本記事は『The Conversation』掲載記事(2020年9月25日)を著者の承諾のもとに翻訳・転載しています。


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ダイバーシティサッカー協会

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