写真を仕事にする人へ―社会的弱者を撮影するときの心がけ

米国コロラド州のストリートペーパー『デンバー・ボイス』で15年前から写真家として働くジャイルス・クラセン。社会的弱者を撮影する際の心得、ストリートペーパー事業との出会いなどにについて、国際ストリートペーパーネットワーク(INSP)が話を聞いた。

――いつから写真に興味を持ち、仕事や表現の手段にしようと?

ジャイルス・クラセン:最初に興味を持ったのは高校生のときです。クリスマスにカメラが欲しいと母親にお願いしました。裕福な家ではありませんでしたが、どうにか400ドルを工面し、キヤノンの一眼レフカメラを買ってくれました。どんどんカメラに夢中になり、フィルム代を稼ぐためのアルバイトはやめられませんでした。大学生になっても腕を磨く日々でした。でも、写真が持つストーリーテリングの力を実感したのは、ホームレス状態にある家族の写真を撮るようになってからです。

――ストリートペーパーのことは以前から知っていた?

はい、大学でジャーナリズムを学んでいたときの教科書に載っていたんです。社会正義を求める活動にかかわりたい、ジャーナリズムには世間一般の人々の社会問題の受け止め方を変える力があると思うので、「これだ。これがやりたい!」と思ったのを覚えています。

何かお手伝いできることはありませんかと『デンバー・ボイス』誌にメールしたのが2007年頃です。実は、外傷性脳損傷(TBI)を負ったために、また働けるのかどうか分からない状況でした。家賃の支払いも家族に援助してもらい、教会の食料支援で食いつなぐ、ホームレス状態に近い身だったので、ハラハラしながら返事を待ちました。
編集者のティム・コヴィから写真撮影をしてみないかと連絡があり、先が見通せないでいた私はとても救われました。後遺症で、激しい痛みに襲われたり、視界がはっきりしないときもあり、自分で撮る写真も大きい画面で見ないと、いい出来かどうか分からないんです。そんな私にチャンスをくれたティムや『デンバー・ボイス』には、心から感謝しています。

4年前に新編集長となったエリザベスが着任早々、「写真撮影だけでなく、オリジナルの記事も書いてみたらと言ってくれました。彼女の後押しにより、仕事は大きく変わりました。今日こんな風に取材を受けているのも、そのおかげです。

―― 社会的弱者を撮る上でのポリシーは?

必ず被写体となってくれる人たちから撮影許可をもらい、写真をどうなふうに使うのかを伝えるようにしています。米国では公共の場所で写真を撮る権利がありますし、日常の風景を記録したストリート写真には歴史があります。でも、ホームレス状態の人にとっては公共の場がプライベート空間でもあるということを考慮したいと思っています。

「ホームレス社会を記録する」という善意からの行為であっても、相手の許可なく隠し撮りするなど写真家としてあってはならないと考えます。それに、レンズが映し出すものは私が「撮る」と選択したもの。客観性はないかもしれませんが、それがときにセンセーショナルに、ときに人情味あふれるものとして雑誌で取り上げられます。写真を見た人が被写体について何かを感じられるものを撮りたいと思っています。いつもうまくいくわけではありませんが。

――社会の片隅で生きる人々への世間の認識を変える、がストリートペーパー事業の使命のひとつです。その中で、いい写真が果たす役割とは?

写真家が被写体とじっくり向き合い、深く心を寄せれば、撮れるイメージは変わってくると思います。ホームレス状態にある人々と同じ目線でこの街を見たいと思っています。極寒の日や酷暑の日に彼らがどう過ごしているか、この街の公共政策が個々人にどんな影響を及ぼしているのかを写し取りたいのです。

表現者としては、コミュニティを知るために多少のリスクを取ることが重要です。「普通」とされるものの外側で生きている人に関心を持てば、違った世界が見えてきます。そこにはサバイバルと愛情のストーリーがたくさんあり、それこそ私が提示したいものです。当然のことかのように受け止められ、特に注目されてこなかった現実を映し出したいです。

――写真家としてかかわってきた中で、特に大きな影響を受けたストーリーは?

どのストーリーからも強い影響を受けていて、自分の人生を振り返るときも、その時々で取り組んでいたストーリーを基準にするところがあります。

新型コロナウイルスがアリゾナ州のナバホ族が暮らす地域にもたらした影響についての記事*1には心を打たれ、取材したNPOの委員会に加わり、今もコミュニティ支援を継続しています。

INSP_Denver Voice photographer Q&A1
Photos by Giles Clasen
新型コロナウイルスがナバホ族コミュニティに与えた影響についての取材記事に使われた写真。
水道や電気のない家で暮らしている一家は、まきストーブを使って調理し、必要なときだけ発電機から電気を供給している。息子に「電気を消しなさい」と言う母親。


*1 Surviving Covid on the Navajo Reservation Takes a Team Effort

昨年書いた、デンバー市内でキャンピングカー生活する人たちを追ったストーリーも強く印象に残っていて、今も取材を続けています。

INSP_Denver Voice photographer Q&A2
Photos by Giles Clasen
デンバーでは、住まいを失い、キャンピングカー生活をする人が増えている。ディバイン・カーターとコーネリアス・ジェンキンは、全長6.8メートルのキャンピングカーで生活して1年半以上が経つ。統合失調症と診断された息子にあてがわれていた公営住宅で一緒に住み、生活をサポートしていたが、息子が店舗侵入など手に負えない行動に及ぶようになり、しまいには逮捕されてしまったため、退去せざるをえなくなり、夫妻はホームレス状態になった。(記事「RV living on the road to housing」より)

デンバー初の、黒人・先住民・有色人種(BIPOC: Black, indigenous and people of color の略)メンバーから成るローラーダービー*2 のチームを取材したストーリーも*3、自分の人生のとらえ方を大きく変えてくれました。


*2 ローラースケートをはいてトラックで行うエンターテイメント性の強いチームスポーツ。
*3 BIPOC roller derby: Members of Colorado Shiners seek to influence conversation about equality

私は文章にまとめたいコミュニティを見つけ、取材する過程を通して、自分自身が学び、変わり、成長したいと思っています。薬物依存症に苦しんできた人が思いを打ち明けてくれたときなど、数々のストーリーが、私の物の見方や行動のあり方を変えています。自身のストーリーを語ってくれる人がいるかぎり、私はその話に耳を傾け、心を寄せていきたいです。関心を持つことで、いろんなことが変わると信じています。

『デンバー・ボイス』
https://www.denvervoice.org

Interview by Tony Inglis
Courtesy of the International Network of Street Papers
サムネイル写真:Believe_In_Me/iStockphoto

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