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不安定居住の変遷と広がり—野宿から脱法ハウスへ



1990年代前半、バブル経済の崩壊がきっかけとなり、全国の大都市で仕事と住まいを失った人々が野宿へと追い込まれるようになった。その多くは中高年の日雇労働者であり、各地の路上や公園、河川敷などで野宿生活をおくる人々の数は2000年前後にピークを迎えた。

その後、大都市を中心に自立支援センターなどの対策が整備されたことや生活保護の適用が進んだこともあり、野宿者の数は徐々に減少していったが、2004~05年頃から中高年だけでなく若年非正規労働者の不安定居住の問題が表面化した

この問題は「ネットカフェ難民」という流行語で世に知られるようになったが、実際にはネットカフェだけでなく、個室ビデオ店や24時間営業のファストフード店、カプセルホテル、サウナ、友人宅など、安定した住まいを失った人々が寝泊まりする場所は多様化し、拡散していった。

こうした不安定居住が広がった背景には、労働分野での規制緩和が進み、派遣などの非正規労働者が増加したことに加え、民間の賃貸アパート市場で入居者の居住権を侵害する業者が増え、家賃を少し滞納しただけで入居者を立ち退かせる「追い出し屋」の被害が広がった影響もあると見られる。


2008年の年末には世界同時不況の影響で、大量の派遣労働者が失職する「派遣切り」問題が発生した。その際、最も生活に困窮したのは、派遣会社の用意した寮に暮らしていたために仕事と同時に住まいを失った人々であった。従前から労働者向けの低家賃住宅が整備されていれば、こうした問題も生じなかったと言えるわけで、この「派遣切り」問題も労働政策の問題であると同時に、日本の住宅政策の貧弱さが生み出した問題であると言える。


2013年には、「レンタルオフィス」や「貸し倉庫」などの名目で人を集めて居住させる「脱法ハウス」問題が社会問題となった。国土交通省はこうした居室を建築基準法に基づく安全基準などに違反する「違法貸しルーム」と呼び、その規制に乗り出している。

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しかし、「脱法ハウス」に暮らす人々のほとんどは、ネットカフェなどに寝泊まりする人々と同様、アパートの初期費用(敷金・礼金等)や保証人を用意できない状況にあることがわかっており、入居者が適切な住居を確保できるための支援策を実施しないまま規制だけが進んでしまえば、多くの人々が路頭に迷うだけの結果になりかねない

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また、生活保護や高齢者福祉の分野でも、劣悪な居住環境とサービスしか提供していないにもかかわらず高額の家賃や利用料を徴収する「貧困ビジネス」施設の問題が、2000年以降、何度も社会問題化したが、抜本的な対策が取られることがないまま今日にまで至っている。

このように、過去20年もの間、不安定居住の問題はかたちを変えながらも、確実に日本社会に広がってきた。「住まい」と呼ぶには不適切な場所に寝泊まりをせざるをえない人々の数は、年齢や性別を問わず増えていると見られるが、その全体像を把握するための概数調査すらいまだ実施されたことはない。


私たちの社会では「自分の住まいを確保するのは自己責任である」という考えがあまりに根強いために、長年、低所得者向けの住宅政策を軽視してきた。今こそ、住まいの貧困を直視し、住宅政策の見直しについての議論を始めることを広く呼びかけたい。(稲葉)

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