前編を読む

イケダ: なるほど。この方法ですと、匿名性が担保されている状態でコミュニケーションをとっているということですよね?

伊藤: そこが一番大事のポイントですね。やはり日本は建前とかもありますし、匿名性の担保は重要な点なのかなと考えています。

わずか150円で自殺ハイリスク者一人にリーチ




イケダ: この手法は非常に安いコストで行えますよね?

伊藤: これまで使った広告費は2万円以下ですね。だいたい相談者1人が相談するまでにかかる広告費が150円程度となっています。150円で自殺ハイリスク者を1人にリーチできるということです。ネットを利用して相談者から連絡をもらうという手法は、費用対効果の面から見てもかなり合理的だと思います。

ダイレクトにリーチしていくのは難しいこともあり、自殺未遂をした方で精神医療のケアが受けられるような方に対してリーチしていく研究はありました。しかし、未遂の前にリーチしたいと考えています。

いのちの電話などはありますが、つながりにくい場合もあり、自殺ハイリスク者が何回も電話をかけるパワーがあるかは疑問です。そのため、心理的経済的なコストを徹底的に下げるというのが一番重要なことだと思います。

イケダ: この取り組みがまさに先日WHOの会議で発表されたとのことでしたね。

伊藤: 協力者であり、和光大学にて臨床心理学と自殺予防を専門に研究されている末木新先生がWHOで発表してくれました。世界中を見てみると、これまでに検索と自殺の相関関係についての研究などはありましたが、実際に介入した事例というのは私たちの取り組みをのぞいてはゼロです。

イケダ: この取り組みで、どれくらいの人が救われると思いますか?

伊藤: 7月のスタート以来、エリアを限定して5ヵ月間で広告が30万回くらい表示されています。となると、さらに広告にお金をかけて、相談体制を整えたら、どれだけくるのか想像もつきませんね。現状、精神科・心療内科に通っていない人を限定していますし、集める部分を洗練していない段階で今の状況なので、可能性のある手法だと思っています。来年からは複数人による相談体制を構築し、さらに活動を拡大していく予定です。

「蛇口をひねるように」心理相談が受けられる



イケダ: 素晴らしいですね。他にもプロジェクトも考えられているんですか?

伊藤: 自殺防止の相談に来る人は複雑な問題を抱えています。そうなると、支援する側もかなりのリソースを割くことになるんです。なので、私は「ココロのインフラ」と言っているんですが、蛇口をひねると水が出るみたいに、誰もが受けられるような心理相談サービスをつくって、もっと上流の部分の支援ができたらと考えています。

現状ですと、いのちの電話も精神科も多くの人が来るのでパンパンな状態です。そのため、必要な人がアクセスできていません。一方で、臨床心理士さんは仕事が少ないという声もよく聞きます。そこでメンタルヘルスに苦しむ方と臨床心理士のマッチングシステムを作りたいとも思っているところです。

イケダ: それはすごくインターネット的なやり方ですね。もう少し具体的に言うとどのようなことなんでしょうか?

伊藤: いわゆる「カウンセリング」と呼ばれているものが、価格が高く、ユーザー側はどのカウンセラーが優れているのかが分からない状況です。そこで、カウンセリングレベルではない一般の方が、低価格で気軽に利用できるCtoCモデルのプラットフォームを構想しています。

イケダ: NPOとしての活動も行いつつ、ソーシャルビジネスも展開していくということですね。さきほど臨床心理士の仕事が少ないという話もありましたが、メンタルヘルスの市場にはどういう課題があるんですか?

伊藤: 例えば、いのちの電話で言えば、相談を受ける人が足りないです。無料でボランティアでやっているので、どうしても多くの件数に対応できていません。また、精神科もパンパンな状況で、先生も5分診療とかになってしまい、話が聞いてもらえず不満が残ってしまいます。

そうなると、臨床心理士のもとに行こうと思っても非常にコストがかかります。そのような現状があるので、ミスマッチは埋めて、本当に必要な人たちがサービスを受けられるようにコストを削減することが大事ですね。低価格にすることはユーザー側に立つことですが、一方で業界から反発は来ると思いますね。覚悟はしています。

イケダ: ソーシャルワーカーとして不合理を合理に変えていくのは大変な道だと思いますが、どのような体制で活動を行っているんですか?

伊藤: 相談自体は私一人で行っています。もう1人ソーシャルワーカーがいて、協力者の末木先生がいるという体制で非営利の活動を行っています。ITに強い創業メンバーがほしいなと思っているところです。

(*WHO世界自殺レポート会議及び関連行事にて「インターネットゲートキーパー」活動が紹介された際のスライドは以下のものです。ぜひご覧ください。)





伊藤次郎(いとう・じろう)
インターネット・ソーシャルワーカー。OVA(オーヴァ)代表。「SCA(Social Change Agency)」参画。学習院大学法学科卒業。EAP企業(従業員支援プログラム)を経て、精神保健福祉士、産業カウンセラー等の資格を取得後、精神科クリニックにて勤務。新しい復職支援のプログラムの開発・実施し、主にうつ病のビジネスパーソンの支援を行った。2013年6月に若者のジサツが増えていることに問題意識が芽生え、現在、ネットマーケティングによる自殺予防システム「夜回り2.0」(インターネット・ゲートキーパー)を日本で初めて開発、実施している。Twitter:@110Jiro ブログ:壁と卵