日本の大学生の2人に1人は、大学に通うために何らかの奨学金を利用している状態にあるという。大学費用の値上げもあり、平均して300万円以上を返済する必要があり、卒業後も長期間、奨学金の返済に苦しむケースが少なくない。本人たちも「借りたものは返すのが当然」と思い込み、声を上げづらいのも改善が進まない一因だろう。
どうすれば借金を自己責任に矮小化させないかー。それをテーマにした卒業制作で学生ローンを全額返済し、いまは他人の借金返済を支援するための作品制作を進めるオランダ人のイラストレーターのストーリーを紹介しよう。
奨学金の不安が頭から離れなかった美大時代
オランダ人のイラストレーター、マート・フェルデュースは、借金をテーマにした卒業制作がニュースで話題になり、作品を売ったお金で自身の学生ローンを返済することができた。それをきっかけに、現在は経済苦にある人の借金返済を支援する作品制作を進めている。
ユトレヒトの美術学校で学んでいたフェルデュースは、いつも奨学金のことが頭から離れない日々を送っていた。いつかこの多額の負債を返済できる日は来るのだろうか? 将来、自分の家を持てるのだろうか? 「そんな不安が頭の中をグルグル回っていて、なんとかしなければとずっと思っていました」と振り返る。そうした重圧を表現する作品をつくってみようと思い立ったフェルデュースは、卒業制作として巨大なタペストリーを形にした。「この作品を負債額とぴったり同額で販売することで、ひとつのメッセージになればと思ったんです」
制作物がタペストリーだったのは偶然ではない。昔から権力と富を象徴するタペストリーはさまざまな物語を伝えてきた。作品タイトル「自分の借金」については、「言葉遊びです。オランダ語では“自分の借金”と“自分の過失”の二つの意味があるので」と説明する。金の糸で織られたタペストリー、両端には刀を手にした大きなライオンの姿、真ん中には借金を抱えた学生が描かれている。昔からオランダの紋章に用いられてきたライオンは、ここでは、借金返済を要求している状態を表している。

作品がニュースで話題になり、借りた奨学金と同額で売却
作品に関する記事が掲載されると、状況が一変した。作品に大きな注目が集まり、ある美術館長からは展示のオファーがあった。「その一本の電話で状況が様変わり、ジェットコースターに乗ってるようでした。自分の作品がいろんなところで紹介され、とにかく驚きました」

2週間後、作品は負債額と同額の4万6千ユーロ(約760万円)で売れた。作品購入に関心を示した人が複数人現れ、こちらの希望額を上回る額を提示する人もいた。だがフェルデュースにとっては、負債額と同額で売ることに大きな意味があった。
ニュースは、アート・社会事業・教育の分野で活動するプロジェクトマネジャーのヨブ・クールカンプにも届いた。この発想に触発された彼はフェルデュースに連絡を取り、他の人の借金返済を支援する取り組みを提案した。
二人は共同で「誰かの借金」というプロジェクトを立ち上げた。借金を抱えている人たちにインタビューし、その人たちの経済苦を伝える作品をこれまでに5作品制作した。
そのひとつがウェズリーの物語だ。18歳のときに母親に家を追い出された彼は、部屋を借り、仕事に就いたが、アルコール依存症を悪化させて失職、まもなく家も失った。「路上生活という厳しい状況に陥った彼は、お酒を飲んで気持ちを紛らわせたけれど、そのことがさらなる状況悪化を招いたのです」とクールカンプが説明する。
借金は膨らむばかりだったが、自治体で受けられる支援はわずかだった。そこで、フェルデュースがそんな実情を伝えるアート作品を制作したところ、借金額1万4,800ユーロ(約250万円)の約半分を返済することができた。「多くの人が支援を申し出てくれたので、お金を集めやすいよう金額を細かく設定したんです」とフェルデュース。
学費高騰、親の収入減ー借金は個人の責任なのか
借金返済だけが活動の目的ではない。「借金を抱えている人たちのストーリーを伝える、そのこと自体にも社会的価値があるんです。そうすることで自分の苦境を話し、支援を求めることに前向きになる人もいますから。それにアートを通して、お金持ちと貧しい人たちという普通ならほとんど交わる機会のない人たちの間を橋渡しすることができます」とフェルデュース。「借金にまつわるタブーを破り、借金はその人の責任なのか否かを社会に問うていきたいんです」
目下、制作中の作品がある。今回の救済対象は、子どもの頃に父親から虐待を受けていたサスキアだ。心に傷を負いながら生きてきた彼女は、学校でも仕事でも人一倍苦労した。経済的にも苦しく、借金を抱えた。「こんな状況に陥ったのは彼女だけのせいではありませんよね? 責任を負うべき人は他のだれかかもしれないのに、彼女は苦しい生活を送り続けなくてはならない。この活動を通して、そんな状況にある人たちがやり直すチャンスを提供できればと思っています」とフェルデュースは語った。

マート・フェルデュースの公式サイト
https://www.martveldhuis.com/
マート・フェルデュースのInstagram
https://www.instagram.com/martveldhuis/
Translated from Swedish via Translators Without Borders
Courtesy of Faktum / INSP.ngo
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