路上生活者だけでなく「ホームレスを生みだす構造的問題」を可視化するプロジェクト『Faces of Homelessness』

 「ホームレス問題」と聞くと、路上生活者があたりをウロウロすることと捉える人が多いが、そこが問題なのではない。路上生活者が生まれる構造上の問題こそが「ホームレス問題」の本丸である。米国の写真家ジェフリーA・ウォーリンは、このホームレス問題を生み出す多様な背景を映し出し、一般の人々の根強いステレオタイプを解消したいと考えている。このプロジェクトについて、本人が語ってくれた。


社会的セーフティーネットが切り詰められ、最も弱い立場に置かれた市民の暮らしがますます苦しくなる中、ホームレス問題への意識も高まっている。

『Faces of Homelessness(ホームレスの顔ぶれ)』という作品では、今現在ホームレス状態にある、または、過去にそんな経験をした人たちのリアルな顔ぶれを、写真とテキストで伝える。被写体にインタビューし、彼/彼女たちが語った言葉をそのままポートレート写真に添え、被写体の「顔」と「ストーリー」を合わせて知ってもらえるようにした。

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by Jeffrey A. Wolin

ローズ” V., ベニスビーチ/2019
“いろいろ問題の多い子ども時代で、非行に走り、薬物に手を染め、自殺未遂もした。両親にこれ以上迷惑をかけたくなくて、9歳で家出。ギャングの一味となり、路上で暮らしていた。でも、18歳で子どもができたのを機に暴力団からは足を洗った。ホームレスの状態はずっと続くものではない。人として生きていれば、良いときも苦しいときもある。ホームレス事情について伝えていきたい。

こうした人たちを被写体にするには特に配慮が必要だ。私は被写体を求めて外を歩き回ることはしない。路上の通気口そばで寝ている人の姿などは、すでに他の人によって多く撮られているからだ。

私は、ホームレス支援に取り組んでいる団体と協力してプロジェクトを進めていくことにした。協力してくれたのは、この分野では全米でも有数の非営利団体「シカゴ・ホームレス連合(Chicago Coalition for the Homeless、以下CCH)」だ。CCHが、撮影とインタビューに応じてくれる人たちを紹介してくれた。おかげで、プロジェクトの要である被写体の同意を得るステップもスムーズに進められた。被写体と信頼関係を築き、敬意を持って撮影することを常々心がけている。

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by Jeffrey A. Wolin
デビッド B., ベニスビーチ/2019
“車の整備士として20年働いた後、家業を手伝っていたけど、37歳の時にそのビジネスが失敗し、車上生活が始まった。国からの援助を受けたくないから、食糧の8割方はゴミ箱から頂戴する生活を続けて、もう20年になる。正直、普通に働いてスーパーで買ってた頃より、富裕層御用達の高級スーパーでゴミあさりしている今の方が健康的な食生活だ。

CCHをはじめとする諸団体の活動から教わったのは、「ホームレス問題」とは路上生活だけをいうのでではなく、もっと多様なかたちを取っているということだ。「ホームレス」は精神疾患や薬物依存症の人が陥るものと思われがちだが、そんなステレオタイプな捉え方をしている限り、この問題は解決しないだろう。

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by Jeffrey A. Wolin
トーマス G., シカゴ/2018
最初にホームレス状態になったのは14歳。幼い頃に両親を亡くし、叔父に引き取られましたが、折り合いが悪くて家を飛び出したんです。ピザ屋で働き、アパート暮らしに。高校は1年で中退、どんどん道を踏み外し、20〜28歳までは刑務所生活でした。出所後は土建屋の仕事に就いたけど、椎間板ヘルニアを痛めてしまった。今はシカゴ市内のテント村で暮らしている。テント村の代表にも選ばれた。ホームレスだけど、ここに暮らす人たちと助け合いながら、それなりに楽しくやってる。

実際、ホームレス状態にある人のほとんどが、世間からは「ホームレス」と認識されていない。友人や親戚の家を転々とする人(シカゴの公立学校に通う生徒のおよそ1万6000人が住所不定だ)、安宿やシェルターに出入りする人たちが相当数いる。退役軍人、家賃が払えず強制退去となった家族、突然の医療負担がのしかかってホームレス状態に陥る人たちもいる。

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by Jeffrey A. Wolin
メロディ S., シカゴ/2019
軍人家系に育ち、私も湾岸戦争や98年のハイチ紛争に従軍しました。あるとき別の隊員にレイプされたことで厄介者扱いされ、除隊に。息子を授かりましたが、酒びたりの夫に虐待され、殺されそうになったこともあります。今の恋人もDVのきらいがあり、ホームレス状態になることも間々あります。非営利団体の支援で最近住まいを手に入れました。資格を生かした仕事に就きたいです。

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by Jeffrey A. Wolin
ヴィンセント・ディガエターノ, ベニスビーチ/2019
“9.11をきっかけにニューヨークを離れ、今はベニスビーチで絵描きをしている。路地、駐車場、歩道、どこでも寝れる。街の人は「外に住む人」と思ってるだろうね。でも、俺はアーティストだ。絵を描いて、ちゃんと稼いでいる。「ホームレス」は下品な言葉になってしまった。俺はそこいらのホームレスとは違う。ひとくくりにホームレスと呼ぶのは、一種のヘイトクライムじゃないかと思うよ。

失業、離婚、配偶者や親の死、家庭内暴力(DV)、性的マイノリティへの差別、里親制度の終了、アフォーダブル住宅(手頃な価格の住居)の不足なども、すべて住まいを失う要因だ。私の被写体となった人の中にも、フルタイムで働きながら車やテントで暮らしている“ワーキングプア”たちがいた。

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by Jeffrey A. Wolin
セシリア M., シカゴ/2020
“2人の息子(4歳と2歳)がいるシングルマザーです。6年間、夫からDVを受けていました。2020年1月に夫の元を逃れ、住まいを失いました。2ヶ月前から実家に身を寄せ、リビングで寝ています。毎晩マットレスに空気を入れ、毎朝たたまなくてはなりません。
今の目標は仕事を得ることと、長男が軽度の自閉症なので子どもの発達についても学びたい。ゆくゆくはデイケア施設で働き、お金を貯めて、自分たちだけのアパートに移れるように。ママはこんなこともできるのよ、という姿を子どもに見せていきたい。”

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by Jeffrey A. Wolin
ニコラス W. H., シカゴ/2020
“15歳で家を出て、児童養護施設に入りました。太っていたので自分に自信がなく、なかなか人を信用できなかった。2018年にホルモン療法を受けて、女性から男性になりました。今はステップハウスで生活しながら、ミュージシャンを目指してトリトン・カレッジで学んでいます。

この長期プロジェクトに取り組んでいる最中に、新型コロナウイルスのパンデミックに突入した。言うまでもなく、弱者たちはさらに厳しい状況に追い込まれた。この作品には、実際に感染した人たちのポートレートとストーリーも含めた。

世界的に深刻化しているホームレス問題。この作品が、事態改善に向けた議論が深まる一助になればと願っている。

Faces of Homelessness,

Jeffrey A. Wolin – Faces of Homelessness from Kehrer Verlag Heidelberg on Vimeo.

By Jeffrey A. Wolin
Courtesy of International Network of Street Papers
All photos by Jeffrey A. Wolin

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