近年、フィンランドではアジア諸国からの留学生が増加傾向にあるが、経済的苦境に陥り、フードバンクに頼る生活を送る者が何百人も発生しているという。フィンランドのストリーペーパー『イソ・ヌメロ』誌のレポートを紹介する。

学びながら仕事もできる、のウソ
「家族からは『どうするの? 留学費用をどうやって払うの?』と迫られているのですが、どうしたらよいのか。不安とストレスで夜もよく眠れません」と話すマニタ(24歳、仮名)は、母国ネパールでは病院やクリニックで働く放射線技師だったが、友人からフィンランドで看護師になる勉強ができるという話を聞き、心機一転のチャンスに心魅かれた。ネパールの留学斡旋企業からは、フィンランドでは学びながら仕事も簡単に見つけられる、夫も一緒にフィンランドに行けばフルタイムで働ける、フィンランドは失業者や学生への経済支援もしっかりしていると聞かされた。
ところが来てみたら、看護師になるための学びではなく、技術系専門学校での園芸学の学びだった。抗議すると、会社側からは6ヶ月経てば専攻を変更できると言われたが、これは嘘だった。弊誌はこの会社に取材を申し込んだが、返答はない。
技術系専門学校の学費は年間約1万ユーロ(約170万円)で、園芸学の勉強は4年かかる。初年度の費用は貯蓄と両親の支援で支払ったが、次年度以降の学費はフィンランドで稼ぐ予定だった。夫婦でフィンランドに来たのは2024年8月のことだが、まだ仕事は見つかっていない。「仕事にはフィンランド語のスキルが求められます。少し書いたり単語は分かりますが、とてもさっとは質問に答えられません」と苦笑するマニタ。温室作業の見習いにも応募してはいるが、働くには至っていない。

フィンランドの社会保険庁によると、EU圏外からの留学生は奨学金の受給資格がないという(斡旋会社の案内とは食い違っている)。夫が失業手当を受けられるかもしれないが時間がかかりそうだし、現在はフィンランド語講座の空き待ちだ。夫婦だと大学の寮に入れないため、マニタと夫は中規模の町の賃貸アパートで生活している。大学まではバスで1時間半。家賃は700ユーロ(約12万円)、交通費は月50ユーロ(約8,500円)。フィンランド政府から住宅手当が200ユーロ(約3万4千円)出ているが、その他の収入はない。
次学期の授業料約5千ユーロ(約85万円)を数ヶ月以内に納めなければならない。専攻も変えたい。他の高等教育機関の看護師コースにもあたってみたが、その場合は再び初年度の約1万ユーロの学費を自己負担しなければならず、とてもそんな貯蓄はない。夫の居住許可証を申請するにも、フィンランド国内での労働契約が必要だ。
事態打開のメドは立っていないものの、「じきに仕事が見つかるとよいのですが」とマニタは前向きさを失っていない。貯蓄が減っていく中、教会が実施するフードバンクを利用したことも何度かある。「牛乳、パン、サラダの材料をいただきました。食べ物の提供は本当にありがたいです。長い列ができていて、スリランカやネパールの学生もたくさんいました」
マニタだけではないのだ。EU圏外からフィンランドへの留学生の数は、この3年で急増している。2023〜2024年の1年間で1万2千人もの学生に居住許可証が付与されているが、コロナ禍以前はその半分だった。近年多いのが、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、インド、中国、パキスタンなど、アジアからの留学生だ。配偶者や子ども連れの学生も多い。
フードバンクに姿を見せるようになった留学生たち
最新の統計によると、2023年、フィンランドの大学生の7.4%(およそ1万2千人)がEU圏外からの留学生で、その数が増えるにつれ、深刻な経済難に見舞われる学生が出てきているのだ。フードバンクを頼りにしている留学生のニュースが、タンペレやヨエンスーといった都市からも聞こえてくるようになった。12月にはフィンランド国営放送が、ヨエンスーやピルカンマーの留学生家族がワンルームアパートや共同アパートに当たらざるをえない状況について報じた。日刊紙Hufvudstadsbladetも昨夏、バングラデシュの学生たちが配達の仕事に殺到しているため、時給が2ユーロ(約340円)と破格になっているケースもあると報じた。
ヘルシンキ市内でも問題が顕在化し始めている。「2023年春頃から留学生がフードバンクに姿を現すようになり、2024年の春にはそんな風景が常態化するようになりました」とヘルシンキ市の食料支援アウトリーチに携わるソーシャルワーカー、マルクス・ホンコネンが話す。ホンコネンは週に2〜3回市内のフードバンクを訪れては、利用者の声を聞くようにしている。留学生からよく聞かれるのは、仕事探しの支援を求める声だ。「学びながら仕事ができる、またはパートナーが働けることを当てにしてやって来た留学生がたくさんいて、いまだ仕事にありつけていない状況に大きな驚きとショックを隠せないようです。仕事があったとしても語学の問題が立ちはだかり、とても希望を持てない状況なのです」
近年、ヘルシンキ市内のいろんなフードバンクで数百人の留学生の姿を目にしたとホンコネンは言う。多いのがスリランカ人で、その次にバングラデシュやネパールからの留学生だ。30〜40代で子連れも多い。だが、食糧配布時間が授業時間とぶつかることも多く、支援を必要とする人全員がフードバンクを利用できるわけではない、とホンコネンは指摘する。
数万人いる留学生の全員がこのような状況にあるわけではないが、ホンコネンが話した学生のほとんどは、母国で学位を取得し、職務実績も十分にある人たちだ。大多数が応用科学大学(学術的な研究を重視する大学に対し、実践的な職業教育に重点を置いた高等教育機関)で看護学やIT技術を学んでいる。フィンランドで労働力が足りていない分野で仕事がしたいとの思いから、自分に大きな投資をしようと決めた人たちなのに、非常に厳しい現実にぶつかっているのだ。
フィンランドで学位を取得した外国人のうち、フィンランドで仕事が見つかる人は55%との統計がある。賃金もフィンランド人より低い。この2年で約70人の留学生に対応してきた教会スタッフいわく、「苦境に陥っている学生たちの背景はさまざまです」。家族や親戚、地域の人たちの援助をかき集めてなんとか留学費を工面したという者もいれば、母国で十分な教育を受けて仕事をし、子どもを私学に通わせていた者もいるのだと。
ネパール出身夫妻のストーリー
ネパール出身で、2024年夏にフィンランド南部にやって来たプラニシャも、マニタとよく似た状況で支援を必要としている。母国で中等教育を終え、学校の経理として働いていた。ビジネスを学びたくてフィンランドへの留学を決めた。技術系専門学校での英語での学びは3年半かかり、年間学費は1万ユーロだ。あっせん料、居住許可証、旅費、生活費も含めると、およそ7万ユーロ(約1,100万円)かかる。
そんな貯蓄はなかったが、フィンランドに来ようと思ったのは、仲介業者(マニタが利用したのとは別の業者)に簡単に仕事を見つけられると聞かされたから。夫も一緒に来てフルタイムで働く予定だったが、「しばらくして、仕事がなかなか見つからず、生活費にも苦労することになった」とプラニシャは言う。かろうじて夫が失業手当を受けながら、フィンランド語の語学クラスを受講している。このクラスを終えたら、仕事が見つかりやすくなればと希望を持っている。プラニシャ自身はこの夏、ようやく清掃の仕事にありつくことができた。だが現実は厳しく、次学期の学費5千ユーロ(約85万円)を数ヶ月以内に納めなければならない。「ネパールに戻ることはできません。自分の貯蓄も両親の貯蓄も使い果たしてしまいましたから。そんな大金をどこから用意すればよいのか……」
フィンランドへの留学を考えている親戚もいるようだが、プラニシャは思いとどまらせた。「今来るのはやめて。フィンランドは教育も、いろんな規則が遵守されていることも、人々も気さくで素晴らしいところだけど、とにかく仕事を見つけるのが大変なので、生活が立ち行かなくなる恐れがあると伝えました」
留学生を取り巻くお金事情
フィンランドの1人あたりの生活費は3年間でおよそ3万ユーロ(約510万円)。それに学費が加わると、最低でも6万ユーロ(約1,020万円)は必要だ。ほぼすべてのケースで、ほとんどの学生はそんな大金の持ち合わせはなく、勉強しながら働くつもりだった。到着後すぐに仕事に応募し、数百件応募した者も少なくない、と教会スタッフは言う。仕事が見つかったとしても、十分な収入は期待できない。
留学生同士でも自分の苦境については語りたがらず、母国の家族にも事情を話せていないケースも多い。支援を求めることへの恥ずかしさがじゃまをする。フィンランドから送金すると約束した母国の親戚たちにお金を送ってほしいと頼まざるをえない者もいる。「本当にどうしたらよいのでしょう。私が助けられることなんてほんの少しです。彼らを支えるシステムがないのですから」と教会スタッフ。教会は食料引換券を配ることはできるが、所詮「急場しのぎで人工呼吸を行っているようなもの」とこぼすスタッフもいる。
話を聞いた二人とも、これは社会的な問題だと言った。資金繰りが苦しい大学は留学生を受け入れることで助かっているが、大学組織としても社会としても留学生を取り巻く問題から目を背けていると。それに、教会やフードバンクの運営予算も厳しくなる一方だ。
EU圏外からフィンランドにやって来る留学生が在留許可証を取得するには、貯金額9,600ユーロ(約165万円)が義務付けられている。月額約800ユーロ(約13万円)があれば1年間生活できるとされているのだ。配偶者もいる場合、さらに7,320ユーロ(約125万円)の貯蓄が必要だ。子ども1人につき数千ユーロの貯蓄も証明しなければならない。だが、全員が在留許可証を申請するときにそんな額を証明できるわけではない。2024年夏、Hufvudstadsbladet 紙が報じたところによると、バングラデシュの学生向けの仲介業者はローンやスポンサー契約をすると謳っているが、それらの費用は居住許可の申請に使われ、学生たち自身はお金を受け取っていないという。
状況を複雑化しているのが、フィンランドでは基本、留学生は社会給付の対象にならないことだ。社会保険庁がフィンランドへの移住を永続的なものとみなせば、EU圏外からの留学生が傷病手当金や社会保障カードが付与される可能性はあるが、住宅手当は受けられない。場合によっては、配偶者が失業手当を受けられたり、子どもがいる場合は児童手当を受けられることがある。フィンランドの憲法ではまともな生活をする権利を保障しているため、どうしようもない状況に陥った学生は所得補助金や、食料品・医薬品のサービス券を申請できる。しかし、その判断はケースバイケースで、教会スタッフいわく、うまくいかないケースも多いという。というのも、申請時に過去数ヶ月の所得や支出記録を提出しなければならず、移民局からの要件である手持ち資金がないことが判明すると、居住許可が失効するリスクがあるのだ。
今後の留学生の見込み
2025年春、フィンランドの高等教育機関に出願したEU圏外からの留学生の数は、2024年の5万人から2万超へと半分以下に減少した。バングラデシュからの留学生の数だけでも5千人以上減少した。フィンランド国立教育研究所は、これは出願時にかかる100ユーロ(約1万7千円)の費用のせいだと見ているが、実際には仕事が見つからないという経験談が影響している可能性も高い。2024年、バングラデシュとネパールの留学生たちがフィンランドへの留学はやめた方がいいと訴える動画をSNSに投稿している。2月にネパール人留学生が生活苦について配信した1時間半のポッドキャストの視聴回数は3万2千回に達している。
とはいえ、2025年春、フィンランドの大学プログラム(英語)の願書の数は募集枠を大きく上回っているのも事実。国外からの応募は、ナイジェリア、バングラデシュ、パキスタン、ネパールが多い。フィンランド移民局では、学生ビザの申請者数は今後2年で若干増加すると見積もっている。
By Kati Pietarinen
Translated from Finnish via Translators Without Borders
Courtesy of Iso Numero/INSP.ngo
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