「いないこと」にされがちなノンバイナリー

自分の性別は「男性」にも「女性」にも当てはまらないと考える性自認を「ノンバイナリー」という。電通グループの調査では、ノンバイナリーを自認する人は全回答者(57,500人)の1.38%を占めていた*が、日常生活においてはほぼ「いないこと」にされている。ノンバイナリーが日常的に味わっている差別について、ドイツ・シュトゥットガルトのストリート誌『トロット・ヴァー』のレポートを紹介する。

性自認の尊重がもたらす心身の健康

性自認が必ずしも「男性」「女性」に当てはまらない人たちがいるとの認識はずいぶんと広がってきたものの、性別は二つであるべきとの考えも依然健在だ。「それがノンバイナリーへの攻撃的な言動に現れるのです」と語るレネ・レイン・ホルスタインは2019年より、「内在化されたトランスフォビア(トランスジェンダーの人々に対する嫌悪、偏見、差別)」をテーマとした博士論文に取り組みながら、トランスジェンダー、インターセックス、ノンバイナリーの法的支援を行う団体TIN-Rechtshilfe でも、ボランティアとして当事者たちの支援活動に従事している。ホルスタインのファーストネームにあるアンダースコアの表記「レネ」は、ノンバイナリーであることを意味する。

日常生活で直面する試練や差別はいたるところにあり、落ち込まずに済むようにと、レストランやカフェの利用や、大学の授業を避けようとするトランスジェンダー(身体的な性別と自認する性別が一致していない人)も少なくない。ましてや、家族や近しい友人たち、職場で自分の性自認が尊重されていないと、大きなストレスになりうる。

その代表的な事例が、公共施設における性別表記だ。通常、トイレや更衣室のサインは「男性」「女性」のみで、「誰でもトイレ」「誰でも更衣室」はまだまだ数が少ないため、男性・女性の分類に当てはまらない、当てはめられたくない人たちは、その度に締め出された感を味わっているのだ。「言葉でののしられ、脅され、ときに身体的暴力をふるわれることもあるのです」とホルスタインは言う。嫌な思いをしたくないがために、トイレに行く回数を減らそうと、長時間飲み食いしないことを選択をする者たちもいるという。「これが精神的負担となり、健康まで害し、社会生活への参画を大幅に減らしかねません。他人との衝突や不快な思いをしたくないからと、スポーツ施設、スイミングプール、サウナなどに行くのを諦めることになるからです」

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ドイツでは2013年より公的書類の性別欄を空白のままにすることが認められ、2018年からは「男性」「女性」に加えて「ディバース(多様)」を選択できるようになった。だが、ディバースを選択した人たちは失業保険の給付に遅れが生じがちなことを、ホルスタインは法支援の実務経験から知っている。というのも、使用しているソフトウェアが適宜更新されていないと、スタッフはそのデータを手作業で入力しなければならないため、照会に遅延が発生しやすいのだ。

航空会社の予約システムで「Mx」選択を実現

各種予約システムもまだまだノンバイナリーのニーズに対応し切れていない。2021年10月、ホルスタインはアイルランドの航空会社ライアンエアー予約時に「Mr」「Mrs」「Miss」の中から選ばなければならなかった。「不本意でしたし、個人の権利を侵害され、インクルーシブ化が進む社会においてもなお障壁があることを痛感しました」。ホルスタインは弁護士の助けを得て、これはドイツの法律 General Equal Treatment Act の下では差別にあたると航空会社に申し入れを行い、公的個人情報調査を要望したが、航空会社側は適切な措置を取ることも差別と認めることも謝罪することもなかった。

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2022年3月中旬、ホルスタインは訴訟を起こし、「企業は、性自認に限らず、あらゆる人々の状況を考慮に入れた予約システムを再設計すべき」と訴えた。「企業の姿勢に変化を促すことで、社会全体に“私たちのような人が存在する”というメッセージを発信し、ノンバイナリーの背中を押したいのです」とホルスタイン。それが実現すれば、画期的な結果をもたらしうる。だが訴訟を起こして以来、ホルスタインの元にはヘイトメールがひっきりなしに届く。「右派系の人たちが私の動きを追っているようです」

ベルリン地方裁判所の前で。レネ・レイン・ホルスタインは左から3番目。
Photo: TIN Legal Assistance

でも、ホルスタインらの活動は大きなインパクトをもたらしてもいる。ドイツでは2024年に「自己決定法(Selt-Determination Act)」が施行され、トランスジェンダー、インターセックス、ノンバイナリーが自分の性自認を選択できるようになった。これは、当事者たちの権利を大きく強化する決定的な一歩となるだろう。

2025年4月中旬、ライアンエアーからホルスタインの元に連絡があり、ウェブサイトを変更するとの申し出があった。そして5月からは、中立的な性別を意味する「Mx」が選択できるようになった。「今回の事例により、妥当な時間と努力を重ねれば、抜本的な仕様変更が実現できることが示されました」とホルスタインは喜びの声を上げた。

By Klaus Schöffler
Translated from German via Translators Without Borders
Courtesy of Trott-war / INSP.ngo

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