57頭「ゾウの大移動プロジェクト」- セスナ、ヘリコプター、獣医、レンジャー50人が奔走

ケニアのマサイマラ保護区(※1)で小型飛行機を自ら操縦し、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬とともに、ゾウ密猟対策活動や野生動物の保護に奔走する滝田明日香さん。2023年、ケニア政府から麻酔銃の所持許可書を得て、野生動物治療が可能になった。57頭の「ゾウの大移動プロジェクト」に見習いとして参加する4人のレンジャーたちの付き添いとして、滝田さんも同行……。

※1 ケニア南西部の国立保護区。タンザニア側のセレンゲティ国立公園と生態系は同じ。

ブッシュの中で17日間の生活
午前4時起床、6時ミーティング

ひさしぶりに参加した壮大な野生動物移動プロジェクト。学生の時はゾウ、サイ、キリンという大型の野生動物からインパラやシマウマなどの動物まで運ぶ移動プロジェクトに参加したことはあるが、マサイマラで働き始めてから移動プロジェクトのすべての日数に参加するのは初めてである。

今回は見習いレンジャーたち4人に同行して、テントを立ち上げる日からの参加となった。朝からナイロビのケニア野生動物公社の本部で50人分のテントとキャンプ用具、そしてゾウの捕獲と移動に使われる器具を巨大なローリー(トラック)の荷台に積み込むことから始まった。それが終わったらナイロビからムエアまで3時間の移動、そして現場でのテント立ち上げだ。最後の大きなテントが立ち上がったのは夜中の2時過ぎ。50人のメンバーがブッシュ(茂み)の中で2週間以上生活するベースキャンプを作るのはかなり大変な作業で、終わった時点でレンジャーたちは寝袋に入り込んで爆睡していた。そして、この後17日間、彼らが今まで味わったことのない疲れを感じる生活が始まったのである。

50人分のキャンプ用具と機材を荷台に詰め込んで、キャンプ場に向かうトラック

野生動物移動プロジェクトの朝は、レンジャー育成キャンプと同じく、午前4時にキャンプ中に響き渡る笛の音で始まる。当番のレンジャーが笛を吹きながらキャンプ中を歩き回って、チーム全員を起こす。朝ご飯を作るキッチンスタッフはすでに3時起きで1日がスタートしている。笛が鳴ってから30分以内に朝食が始まり、1時間後には出発になる。

6時前には、滑走路にチーム全員が集まって朝のミーティングが始まる。その間にセスナパイロットは機体のチェックをして、朝焼けが見え始めた途端に離陸。その日に捕獲するゾウの群れを探しに上空に飛びたつ。地上チームはセスナパイロットから連絡が入るまで、捕獲器具などの確認や麻酔薬のダート(矢)を作ったりして準備に忙しい。

早朝一番のフライトの前に、セスナの機体をチェックする

ゾウのファミリーすべてが対象
セスナが目を離さず見張る

セスナが群れを見つけ出すと、次はヘリコプターがレンジャーと獣医を乗せて離陸する。彼らの役目はゾウのファミリーすべてを麻酔銃で撃つこと。一頭も残すことは許されない。まずパイロットは獣医が麻酔銃で打ちやすい地形まで、ゾウの群れをヘリコプターの騒音や爆風を使って誘導する。麻酔銃は木の枝に触っただけで中の薬が飛び出てしまうので、木の下にゾウがいると撃つことができず、ゾウの背丈より高い木がある場所でのダーティング(※2)は困難である。さらに、ダーティングして麻酔がかかったゾウが倒れた場所に、地上チームが車でたどり着くことができる地形を選ばないといけない。ゾウが麻酔ダートによって撃たれてから地面に倒れ込む6~7分の間に移動できる距離をパイロットが計算し、地形が開けたところに倒れるように誘導する。

 ※2 麻酔銃で麻酔ダートを撃つこと。

その間、ヘリコプターは地上に比較的近いレベルを飛んでいて、さらに上空ではセスナが円を描くように飛び、群れから離れてしまった個体がいないかを確認する。万が一、群れから個体が離れてしまった場合は、セスナが空の目となって、ゾウを誘導できるヘリコプターが来るまでゾウから目を離さないように見張っていなければならない。

ファミリー単位でゾウを移動させる時は、一度に4頭ほどに麻酔銃を撃つので、あちらこちらでゾウが倒れ込んでいく。ゾウが倒れた場所に地上チームを誘導するのも、空路(セスナ)チームの役目である。一方で、陸路チームはパイロットからの指示によって、倒れたゾウの場所までたどり着かないといけない。けれど多くの場合、車がその場所まで行けないので、獣医とレンジャーは車を降りて、機材を持ってゾウのいる場所まで走っていくことになる。

機材の他にも、ゾウの体温コントロールに必須の20ℓの水を肩に抱えて、レンジャーは全速力で走る。獣医も酸素ボンベのシリンダーを担いで走る。そしてその場に麻酔のかかっていないゾウが徘徊している時は、パイロットが徘徊しているゾウがいる場所を地上チームに無線で知らせないと、地上チームの命取りになることもある。
 ケニアで起こったことではなく、10年以上前のことだが、パイロットからの無線が地上チームとうまくつながらず、麻酔の効いて寝ているゾウの処置をしていた獣医が、麻酔のかかっていないゾウに潰されてしまったと聞いている。パイロットと地上チームの連絡は、このオペレーションの中で一番大切なことなのだ。

麻酔を打ち、クレーンで吊り下げ
クレートに入れ、麻酔を覚ます

 寝ているゾウのいる場所まで、死に物狂いで走ってたどり着くと、ゾウの体温を下げるため耳の裏と体に水をかける。心拍数をチェックする獣医インターン、血液採集や糞採集をするラボのメンバー、クレーンでゾウを逆さ吊りにするためのスリング(巨大な布のロープ)を足に保定するレンジャーたち。荷台にクレーンがついたローリーがやって来た際に、その荷台の上にゾウを乗せるための用意である。

荷台に縛りつけられたゾウの心拍数や体温を測る、獣医学部の生徒たち

小柄でも5tはある雄ゾウなどの足を、スリングを使ってクレーンで逆さに吊り上げる様子は、見たことのない人がびっくりしてしまう光景である。そして、荷台に寝ているゾウを縛りつけて、滑走路に駐車している巨大なクレート(ゾウを入れる荷台車)のスライディングドアを開けて、ゾウの寝ている荷台をその真横につける。そして、ゾウが寝ている荷台のゴムのプレートを反対側からウインチで引っ張って荷台の中に移動する。

麻酔で寝ているゾウをクレーンでトラックの荷台に乗せる。このゾウは6トンの雄

ゾウがクレートの中に入ったら、両側のドアを閉めて、獣医が最後まで中に残ってリバース剤を使ってゾウを起こす。リバース剤が耳の動脈に投与されると、獣医がクレートから出て、レンジャーたちが重たい鉄格子のスライディングドアを閉める。こうして1頭のゾウを収容すると、ローリーは他のゾウを回収するためにフィールドに戻る。そして、ブッシュでは獣医とレンジャーが麻酔のかかったゾウの様子をチェックしながら、ローリーが戻るのを待っている。1時間以上も待つ場合には、途中で麻酔が切れて起き上がる様子を見せるゾウもいる。その時は、麻酔を足してコントロールする。そして、朝の11時頃までに、ゾウのファミリーすべてをクレートの中に移動してゾウの麻酔を覚まして起こし、最後のゾウのクレートのドアを閉める。その後すぐに、獣医とレンジャーたちによって、アバディア国立公園へ移動するため3時間の運転が始まるのである。 (文と写真 滝田明日香/10月15日号に続く)

たきた・あすか
1975年生まれ。米国の大学で動物学を学んだ後、ケニアのナイロビ大学獣医学科に編入、2005年獣医に。現在はマサイマラ国立保護区の「マラコンサーバンシー」に勤務。追跡犬・象牙探知犬ユニットの運営など、密猟対策に力を入れている。南ア育ちの友人、山脇愛理さんとともにNPO法人「アフリカゾウの涙」を立ち上げた。


(「アフリカゾウの涙」寄付のお願い)
「アフリカゾウの涙」では、みなさまからの募金のおかげで、ゾウ密猟対策や保護活動のための、象牙・銃器の探知犬、密猟者の追跡犬の訓練、小型飛行機(バットホーク機)の購入、機体のメンテナンスや免許の維持などが可能になっています。本当にありがとうございます。引き続きのご支援をどうぞよろしくお願いします。寄付いただいた方はお手数ですが、メールでadmin@taelephants.org(アフリカゾウの涙)まで、その旨お知らせください。
山脇愛理(アフリカゾウの涙 代表理事)

(寄付振込先)
三菱UFJ銀行 渋谷支店 普通 1108896
トクヒ)アフリカゾウノナミダ
https://www.taelephants.org/futuresupport/index.html


※この記事は2025年9月15日発売の『ビッグイシュー日本版』511号からの転載です。